Part 35-3 Outer edge of the Universe 最外縁
The farthest place from Forest near 29 Clamshell Rd.(Road) Clinton Leominster, MA. 15:33
15:33 マサチューセッツ州レミンスター クリントン クラムシェル・ロード29番地近傍の森から最も遠い場所
風に吹かれた灰の様にカエデス・コーニングの創造した霧の森が消散してゆくのを見つめていたパトリシア・クレウーザはこれで終わったのだと安堵が心に染みるままに任せた。
意識の異物感がなくなり夢を見てる様な感覚になり、それが境界線の曖昧な状態からもうすぐ目覚めるのだといつもの様に思った。
足の裏の土の感触がなくなり、入れ代わってきたのはもっと硬質な不確かな何か────。
少女は困惑し視線を下げ足元を見つめた。
艶のない黒い硬質ゴムの様なものが足下に広がってゆきものの焼ける様々な匂いが周囲から押し寄せてくると、その硬質ゴムの車道3車線ほどの外に暗い波が打ちつけていた。
何なのよ! 連続殺人鬼はもうこの世にいないのに、自分が何に捕まって引き摺られているのだと視線を上げると霧の森が消えゆく後にその暗い光景が広がってゆく。
いいや暗くはなかった。
硬質ゴムの地面は広い長方形でその周りが湾曲して波の押し寄せてくる水面に接触している。
ここはどこなのだろう!? 誰の心象結界に入り込んだのだろうとパティは判断の材料を探った。
足場の周りにあるのがプールかと一瞬考えた。
だが両側にあるのは変だと気づくと周囲の視界が急激に開け離れた遠くに燃え盛る何かが見えた。その焔の照らすものの形が船なのだとすぐに理解した。
焼け焦げる匂いの原因はあれらだったのだ。そう理解した寸秒音が押し寄せてきた。
波の音。
何艘もの大きな船が燃えている。
旅客船でないのは明白だった。
軍艦だわ! ここは仮想空間の洋上! いったい誰に引き込まれたのだろう!?
少女が見回すと遠くのものも含め10隻近くが燃えている。
桟橋だろうかとなおも見回しながら1度思ったものを投げ捨てた。
いいや、違う!
後ろへ振り向くと燃える軍艦の見えない範囲があり、月明かりに照らし出され仄かに見える黒いバスの長さほどもある幅のある何かが立っているのがわかった。
その台形の家の2階建ての屋根ほどの高さのものが潜水艦のセイルだと気づいたのは、ルナに頼まれ合衆国海軍の潜水艦を占拠した男達の意識に潜り込んだ経験からだった。
50ヤード先にセイルがある!
ここは潜水艦の甲板の上だわ。
それじゃあ水兵の誰かの意識の中に入り込んだのかと思ったが少女は思い当たる人がいなかった。それどころか誰かの意識下にいる時特有の朧気な覚醒感覚がない。完全に眼を覚ましている時と同じものを感じている。
意識下のリアリティは完全でなく視点の外は外周部へゆくほど曖昧になる。人の脳が完全な全周世界を構築するには限界があるからだった。
だけどここは一分の隙もない完全な世界。
誰がこれほどの精神空間を構築してるの!?
本当に誰かの意識の中なのかと少女が超空間越しの精神リンクのピックを延伸すると様々なロシア人の意識が見つかった。
────Наш флот уничтожен.
(:我々の艦隊が負けるなど有り得ない)
──Что это за чертов ? Какое оружие использовал ВМС США ?
(:何なんだ!? アメリカ海軍はどんな兵器で襲ってきたのだ!?)
────Помоги мне, помогите мне ! Я не хочу утонуть ! Пожалуйста, дайте мне спасательный буй !
(:助けてくれ! 溺れ死にしたくない! 誰か救命ブイを投げてくれ!)
──────Tонет ! Все тонут ! Все умирают !
(:沈む! みんな沈むんだ! みんな死ぬんだ!)
悲痛な意識ばかりにパトリシアは目眩を覚えた。これって第二次世界大戦? 大戦終了後にこんなに多くの軍艦が焔に焼かれたなんてニュースを1度も見聞きしたことがなかった。
彼らはアメリカ軍がやったのだと信じている。でもアメリカ海軍がこれほどの敵艦を攻撃したら世の中は大騒ぎになり物凄いニュースで見逃しているはずがない!
波の砕ける音の合間に人の呟きが聞こえた。
誰か流されて来たんだわとパトリシアは暗い海面を見まわした。助けないといけないと少女が漂流者を探しているとまた呟きが聞こえた。
"...It's my fault...Everything's my fault...."
(:私のせい──何もかも私のせいだわ────)
聞き覚えのある声にパトリシアは振り向きセイルを眼を凝らして見つめると瞳が闇に慣れセイルに背を預け立つその人が見えた。
「マリー!」
だが思い詰めたマリア・ガーランドは気づかずに俯いて両手を顔に当て呟き続けていた。
パトリシアはマリアへと駆けもう1度名を呼んだ。
「マリー! マリア!」
覆っていた手から顔を上げ彼女が視線を向けたのが暗がりに辛うじて見えた。
「パトリシア──どうして!? なぜあなたがここに────!?」
マリア・ガーランドの驚いた顔がはっきりと見えた瞬間、見えているものすべてがトンネルの奥に引っ張られ伸びた様に見えた寸秒、殴りつける様に視界が戻り少女は躓きそうになり立ち止まった。
いきなり燃えている戦艦が消え去りその洋上に一点の焔が膨らみそれが揺れながら星空へと弧を描き駆け上ってゆく。
ミサイル!? もしかして潜水艦弾道ミサイル!?
追いかける様に2つ、3つと水中から現れたミサイルが飛び始めた。
遅れて洋上を幾つもの爆炎の鼓動が重なり伝わってきた。
パトリシアは空高く駆け上ったミサイルを追いかける様にいきなり自分の立っている近くからミサイルが次々に火炎を吹き広げ立ち上り轟音に揺すられるとむせかえる様な刺激臭と突風を受けた。その中で少女は遠くにある別な船からもミサイルが追いかけ打ち上げられる光景を唖然となり見つめた。
あの弾道ミサイルを食い止めようとしている!
嫌な予感に鷲掴みにされた。
火炎が照らし暗くなっていく光景の中に戦艦の前の甲板に自分がいるのが見えた!
おかしい!? 変だわ!?
あれほどあった燃える軍艦が海上に1隻もいない!?
答えは2つしか思い当たらない。異なる意識下の精神空間を飛び越えたか、誰かが世界を一瞬にして構築し直したか。
それともこの後に戦艦同士が撃ち合うのだろうか!?
でも──。
でも────。
このリアル感は何なの!
鼻を突く強烈な燃焼材の匂いに喉が痛くなる。
不確かなものが何一つ感じられない。
戸惑いこの場にも知っているものがいるかも知れないとパトリシアは暗くなった甲板を見回すが揺れる艦に知っているものどころか人影すらいなかった。
暗がりで重いモーター音が聞こえ何かの影が動いているのが見えた刹那爆轟と火炎が膨らみ横を向いた砲塔が照らしだされパトリシアは後退さった。
一瞬に甲板が遠ざかり火を噴いた砲塔が遙か先に消え去ると背後からまったく違う光景が追いかけ入れ替わる様に広がった。
何十人もの兵士が倒れている有り様に唖然となりながら少女はその場に立っている3体を眼にし後退さった。
女────一瞬そう見えたのは引き締まり胴のくびれた甲冑のボディラインからだった。
だがよく見ると甲冑ではなかった。
躰のいたるところが大小の形違う鱗に覆われ顔には左右の目を横断する様に暗いブロンズ硝子じみたプロテクターが人工物ぽさを強調していたが、それよりもその女どもの額中央から長く立ち上がった一角に少女は悪魔に思えた。
それぞれの手には見たこともない長く複雑に反った刃物を握りしめており、こいつらが兵士達を倒したのはまず間違いないとパティは決めつけた。
後退さったパトリシアの背に何かが当たり少女はうかつだった事に顔を引き攣らせ瞳だけを横へ振り向けると知っている顔から見つめ返された。
「こんなとこにまで来たのね、パトリシア。下がってなさい」
少女を躱す様に前に進み出てきた見たこともないタイトなモルフォ蝶の鮮やかな青い色合いの戦闘服に身を包んだマリア・ガーランドが両手を左右に振り下ろすと焔の剣が地面近くまで伸び、瞬間3体の敵が彼女へ突進した。
その寸秒、パトリシア・クレウーザはマリア・ガーランドがこの精神空間を転々としている状況を知っているのだと気づいた。
互いに剣をぶつけ合った須臾、一角の女兵士の1人が火焔に包まれ爆発する様に燃え上がり叫び声すら上げず崩れ落ちた。それと同時にマリーは剣一1振りを空中に投げ上げ空いた手でエメラルドの様な輝く鞭を振り回し残りの1体の足を断ち切り戦闘不能にするなりその胸を火焔の刃口で貫き燃え上がらせると、回転し落ちてきた燃え盛る剣ともう1振りりの同じ剣を横に振り回しフィギュアスケーターのスピン並みに凄まじい勢いで回転し最後に突っ込んできた一角の兵士のぶつけてきた剣を砕き相手の胴を両断すると倒れかけたその上半身と腰から下が燃え上がった。
パトリシアはマリア・ガーランドが躊躇なく相手を殺している事に戸惑いを覚えた寸秒後退さりしてきたマリア・ガーランドが背姿で声をかけた。
「あなたがわたしの残虐さに愕いたと昔話してくれたけれど、あの時私自身がこの場を未経験だったから答えようが無かったの。心配いらないわ。こいつらは生き物じゃない軍団。ナノマシンの群生体──物なのよ」
ナノマシンの群生体!?
生き物にしか見えない動きに機械だというのかとパトリシアが驚いている目前、マリア・ガーランドの先周囲の空中が歪み同じ一角の女兵士擬き十数体が産み落とされる様に地面に飛び下りてきた。
「パトリシア! ちょっと派手にやるからあなたは自分の時空に戻りなさい!」
マリア・ガーランドがそう告げた直後、2振りの焔の長剣を一瞬にして1振り大剣に変貌させ鼻歌のようなメロディを口ずさみ彼女の横に突き出した手の指先から光放つ半透明の球体が急激に広がりマリーとパティを包み込んだ。
少女は驚きの眼をその光の球体の内面に向けると膨大な数の細かな文字が蠢き目眩を覚えた。
そのルーン文字の如き蠢く文字が反転し瞬く無数の光の粒に入れ替わった。
パトリシア・クレウーザは圧倒された。
光の粒子1つ1つが一瞬にして鏡の球体に急変した。その球体が上下左右の遙か先まで膨大な数で並んでいる光景に少女は見ているものが理解できずにいると、その合間に見たこともない星雲と沢山の星の瞬きが見えて────おかしい!? 上下左右!? 空に浮いている!!!
だが宙に浮いているのに足の裏には確かたる感触があり床に立っていると少女は足元を見たが見えるのは疎らな星の輝き。
「随分と会わなかったわねパトリシア。こんなに遠くにまで来られるなんて大したものだわ」
遠くには2つの意味合い。
振り向いた少女の前、離れた場所にマリア・ガーランドが2人────いいえ、違う! よく似てる別人がマリーの隣に立っている。マリーの着ている衣服のデザインが垢抜けし未来風にも思える反面、彼女の隣に立つ女性が古代ギリシャの女性の着衣ドーリス式キートンの様な白衣を身に包みマリーより僅かに上背があるが髪や瞳の色はマリーと瓜二つだった。
「マリー、ここはどこなの? この方は誰?」
応えたのはマリーの隣に立つ女性だった。
「ここはGNーz11銀河の端、地球から320億光年の宇宙の深淵。初めましてパトリシア・クレウーザ。わたくしはアストラル・マークⅢ────銀河団連合元老院所属の艦隊戦闘艦──対銀河団攻略クルーザーの最新ヴァージョンです。アストラと呼んで下さい」
銀河団連合? 戦闘艦? えっ!? この人も機械!? 疑問符が顔に出ていたのかマリーが突拍子もない事を言いだした。
「何を驚いているのパティ。あなたがどの年代からここへ来たのかわからないけれど、私達の傍にずっと前からヒューマンタイプのマシーンズはいたじゃない」
マリーに言われ少女は頭振った。こんな普通の人と見分けつかない自動人形をわたしは知らない。それにどの年代って決まっているじゃない。
「どの年代って──何を言ってるの!? 2018年よ、マリー!?」
「連合暦6731年──地球では西暦2197年。そう──2018年か──懐かしいわ。あなた随分と時代を駆け上がって来たのね」
連合暦6731年? ──西暦2197年! パトリシア・クレウーザは困惑した。人の意識を読む力はあるけれど、時間なんて渡り歩けない! そんな力は私にない!
179年も未来にどうやって!!!
「ここまで長かったのよパティ。全宇宙を侵食する存在に対抗するために地球が中心となる銀河ユグドラシル複合企業が送りだしたアストラル級銀河団攻略クルーザーの姉妹艦1200万隻を用意するのに163年もかけたわ。それでも時間が足りなかったのよ。索敵できた敵勢力は少なくとも我々の3億倍。それが前衛じゃないことを祈るけれど」
パティはとんでもない状況なのだと薄々理解し始めたが、侵略者に抵抗するためにマリーの隣にいるアストラルのクローンを1200万体作るのに163年かかったと言っているらしい。
戦闘艦だと名乗ったアストラルは船の大きさの機械なのだ。ならクローンじゃなくて工業品の様に生産されたんだ。船は確かに大きいけれど地球はもっと沢山の自動車を造る。1200万隻がそう難しくもないと少女は思った。
自動車なら、だわ。
アストラルってどれほどの船なのだろう。海の戦艦ほどなのだろうか。銀河団攻略クルーザーと言ったわ。銀河団? 銀河の集まり。沢山の銀河を攻め落とせる!!!
「アストラさん────まさかあなたってもの凄く大きい?」
マリーの隣に立つ女が微笑んだ。
「私はシェイプアップの甲斐あって歴代のモデルよりコンパクトですよ。全長はどちら向きでも精確な真球10200フィート8インチ」
10200フィート!? ほとんど2マイル(:約3.2km)と少女は驚いた。
「でも幾つもの銀河を攻め落とせると────針の先の様な船が大陸を服従させるあなたが1200万人も!」
眼を細めたアストラがマリーに顔を寄せ呟いた。
「全然、対比が間違っていますマリア。この子に長年よく耳を貸していましたね。まだ惑星と針先の比率の方が────」
理屈っぽいアストラにマリーが両肩をすくめてみせた。
「いいのよ。人は扱いきれない数字を適当な大きさのものに当てはめるから」
そのいい加減さからゆえ自分はヒューマンの聖地──地球に関わる事にしたのだとアストラは過去の決意を思い起こした。
マリア・ガーランドに瓜二つのアストラル・マークⅢは右手を前に突きだし手指を広げた。
パトリシア・クレウーザの周りにニューヨーク・タイムズスクゥエアの雑踏が広がり少女は人の流れに孤立するとそれがズームアウトしマンハッタン島の全景になり、そのズームダウンの勢いでアメリカ大陸が少女の前に広がると一気に遠のいた地球が豆粒ほどの大きさにしか見えなくなった。
その遙か先にある輝く星が太陽だと気づいた寸秒、火星が遠のき急拡大した木星が点になり土星や冥王星が見えたのは一瞬で太陽の光が他の星々と見分けつかなくなった。
それが瞬く間に渦を巻く微細な光の点の群集となるとパティは遠のいたのが天の川銀河だと理解する刹那加速しながら遠のく渦を追いかけ見分けもつかぬ様々な銀河が矢のように遠のいてゆく。
「パトリシア、これが銀河団です。ですが私達が今、いる星系はさらに遠く光の速さで億年単位の外側──」
アストラが説明する中その集まりが仄かに光放つ局所恒星間雲となると、それがさらに遠のき個々の淡い輝き放つ超銀河団の光景が視界一杯に広がった。
「この銀河フィライメントを外側へ向かい飛びだした先に位置します。人が認識しうる宇宙の最遠端現界に地球から猛速で遠のく老齢のGNーz11銀河はあります。これで針先と大陸の尺度の間違いを理解しましたね」
その遠い星々の集まりから少女が顔を上げマリア・ガーランドに尋ねた。
「侵略してくる連中はどこから来たの?」
唇を開いた最も慕う人が告げた言葉を耳にした一閃、高い場所から落ちた様に目覚めた。
瞼開くと、見下ろしているローラ・ステージが微笑んだ。
「ローラさん──わたし────」
「カエデス・コーニングを倒しギフトの新たな使い方を手にしたのねパティ」
ギフト──授かりし能力。聖痕。この人が試練を乗り越えたなら褒美を与えると言っていた。未来──いえ──時間を自由に移動できる力。シュビラとしての能力解放。
パトリシア・クレウーザは天使の羽根に触れた左手のひらが焼け付くように熱いと思いながらFBI警部の膝枕で気づいたのだと理解した。そうしてマリア・ガーランドの言葉を思いだし一刻も早く彼女に報せる様々な事柄が意識を染め上げた。
敵は宇宙の外から攻めて来てるのよ。




