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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #34
169/206

Part 34-1 Last Chance 残されし希望

The Lake Central Park Manhattan, Box-Counting 7.8th-Dimensional 15:47


15:47 ボックスカウンティング7・8次元上のマンハッタン セントラルパーク ザ・レイク



 白銀のリボンがうなねじれ曲率の変化する弧を描き一瞬にすれ違い自分に向かってくる。



 それを身体をひねらせかわした直後、一気に振り戻し相手握るハンドルを蹴り上げ急激に引き戻す自分の(ブレード)を喉元へ振り上げる。



 華奢きゃしゃな身体を振り上げた脚で蹴り上げられそうになりねじり除け戦闘服(B U)わきをかすったひざを裏から蹴り上げった相手の喉元に刃物(ブレード)を送り込んだ。



 皆から軍曹と呼ばれているボズウェル上級兵曹長4(C W O 4)の喉元で寸止めした直後、見ていた仲間にはやし立てられ相手をした上級兵曹長4(C W O 4)に呆れられ問われた。



「おじょう、軽量級でなんでそこまでマシェットを振り回せるんだ!? お前の腕の細さは見せかけか?」



 ボズウェル上級兵曹長4(C W O 4)から離れマシェットを下ろし少女は彼に教えた。



「簡単だよ。止めたものを動かす。動いているもの止めようとする。すると大きな力がいるけど絶えず向きを変え動きを偏向させればいいの。わずかに力をかけ続ければ速さを維持できるわ」



「さあ、おじょうは5連勝中だ。誰が泥をつける?」



 ドールズ中佐(C D R)が次の挑戦者を募ると屈強なアザラシどもが我先にと名乗りを上げた。







 その時の事が妙に心の隅に居座っているのをマリア・ガーランドは寸秒意識した。







 ジェシカらの攻撃を受けロケットランチャーで対装甲兵器まで使われたベルセキアは消火器の中に詰められていた苛性かせいカリウムらしきものを浴び苦しめられてなおモルセサターナス────サタンの持つ三叉戟さんさげきはがね2口(ふたふり)(ソード)を振り上げた。



 こいつを倒そうと思うのなら思う存分能力を行使しなければならないとマリーは思った。



 ほのお立ち上らせる神族の宝刀マルミアドワーズを振り上げその力も知らずに駆けだした。



 漆黒しっこくの顔をゆがめクリーチャーが踏みだしてくる。



 間合いの数歩前でマリーはステップを交差させ大剣(クレイモア)を斜めに振り下ろしながら急激に横にひねり流れ加速する刃口(ポイント)を眼に止まらぬ速さに追い込んだ。



 腕の振りは速いが力は弱い。



 長ものの得物えものを振り回す時は大振りして当てにゆくのはそのため。腕のリーチと得物えものの長さを利用し速さという力に乗せようとする。



 軽量級の女性はそれでも威力が劣る。だがそこにさらなる角運動を送り込みブーストする手立てがありそれを手に入れる努力が結実したのなら重量のある大剣(クレイモア)すら自在になる。



 十代前半に必要にして本能のように身体が求めた摂理せつりは10年経っても色褪いろあせやしない。





 マリア・ガーランドは氷上にも関わらず眼にも止まらぬ速さでステップを踏み換えスピンし宝刀マルミアドワーズの(ブレード)に凄まじいエネルギーを追い込んだ。





 先に振り回し向けた視線で怪物(キメラ)の振り出す2口(ふたふり)の暗い帯が急激に伸びてくるのが見えていた。



 押し負ければ、2手目でチェックメイトされるのがわかっていた。賭ではない。殺し合いは命奪う事に極限化したものが最後に立つ。







 ネイヴィシールズを舐めるな。







 やいばのフレアが一面の赤い筋に豹変し黒い刀剣に出会った瞬間、甲高い轟音が広がり氷床ひょうしょうが陥没しベルセキアが火焔に飲み込まれた。怪物のベータ・カーボン・ナァィトゥラァィドゥという特異な表皮が裏目に出た。まるでデトネーターコードの様に爆発のごとほのおが伝染してゆく。だが宝刀マルミアドワーズの能力はそればかりではなかった。



 1度触れ着火した対象が燃え尽きるまで焼き滅ぼす。





 そのあまりにもの火力にマリア・ガーランドは引いてしまいそうになった。



 この(ソード)はシルフィー・リッツアの持つビームサーベルのごとしディスタント・テスティモニィ──隔絶かくぜつされしあかしと同等、いやそれ以上に物騒で危険な武具なのだと初めて理解した。



 こんなものを迂闊うかつに使った自分の愚かさに焦った。



 叫び声を上げ氷床ひょうしょうひざを落とした怪物(キメラ)が、からだ中に広がった爆炎をなんとかしようと(ソード)にしていた手首から先を見捨て新たな手のひらを火消しのために構成させようと足掻いた。その形ならない手のひらが、指が、からだをこすりつけほのおを消し去ろうとかきむしった。



 激しく立ち上るほのおの奥に見えたのは(ビースト)の無垢な瞳。真っ黒だった目に白目がさし火炎のベール越しに訴えかけている事にマリーは捕らわれた。







 それがまるで幼子の様なつぶらさ。







 何なの!? こいつは他の命を奪い続けるしか知らぬ怪物クリーチャーではなかったのか!? 引き裂き、喰らい、取り込み、なりすます────それが微塵にも感じ取れない。フェイクだと感じはしなかった。



 自分の母性本能に突き動かされたのではない。



「くそったれ!」



 ののしりを吐き捨て取り返しのつかない後悔を怖れた瞬間、宝刀を投げ捨て暴爆のほのおへ駆け込みマリア・ガーランドは両の手を火焔に差し入れその火の暴力の中でベルセキアの顔をつかむと一気におのれの額を相手の額に押しつけた。







 火炎のトンネルが瞬時に後ろへ遠ざかり見えてきたのは行ったことも見たこともない場所。







 アマゾンでも見られない様な多種多様なサイズの大きすぎる葉の交差するジャングル。そこに殺戮さつりくの獣の原初があった。











「さっさとお行きなさい!」



 厳しく言われ戸惑った横顔を向けた子供がいた。



 密林を歩かせるにはまだ年端としはもゆかない少年。



 ブロンドの短い髪をした子供。



 その後ろに歩く女が尖った耳からシルフィー・リッツアとそっくりな顔立ちをしたエルフだとマリーは思った。だがシルフィーの様な格好でなく魔女の様なで立ちをしているのが大きな差違さいだった。



 ジャングルは静かではなく、時折何かしらの鳥や獣の声が聞こえた。その都度に子供は辺りに視線をおよがせ少しでも危害を加えそうなものを見逃すまいとした。



 子供が掻き分けたシダよりも広い葉の先にベースボールグラウンドほどの開けた空間があった。





 だがそこには先に場所を独り占めしているものがいた。





 その大きな獣とも爬虫類とも定かにできぬ尾の長い大きな生き物がいた。うろこに被われ3つの長くり上がった角を持ち、その付け根から尾の先へ尖った背鰭せびれが立ち並ぶ生き物が横たわった象の様な動物の腹に顔を押しつけ臓物ぞうもつをあさっていた。





 それを眼にした瞬間、子供は固まった様に立ち止まり後ろを歩いてきた女が間を詰め立ち止まると鼻を鳴らした。



「ふん! 密林の大食らい(グーラ・デ・サルト)か────あいつも魔族のはしくれ。お前の度胸試しに丁度良い」





 度胸試しと言われ子供がビクついた。





「行ってあいつを倒してこい!」



 そう告げ女が片腕を振り上げ草地の中央にいるその長距離バスよりも大きな獣を指さした。



「────」



 一向に子供が動こうとせず女が眉根を寄せ唇をひずませ舌打ちした。



「ちっ! 何をしておるか! さっさと倒しに行け!」



 子供が横顔で女を見上げ震えた声であらがった。



「いやだよ──あんな大きなやつ────倒せやしないよ──」



 女は一気にきつい表情になるといきなり子供の背を蹴りつけ子供は前に倒れ腕をついて上半身を起こし顔を女へ振り向け訴えかけた。





「むりだよ、おかあさん──ぼく死んじゃうよ────」





 とたんに女が怒りだした。



「お前に母親呼ばわりはさせぬ! お前はシリカ鉱石から構成した対魔族用戦闘兵だ! 使役(しえき)ホムンクルス! 母親などおらぬわ! 他の魔物を切り裂き喰らった様に倒しに行け!」



 その大声に草地中央の魔物が顔を振り向けた。



 女は十数歩後退(あとず)さりながら高速(ファースト・)詠唱(チャンティング)し足元を中心に青くかがや魔法陣(マジックサークル)が現出すると寸秒その外縁から青の半透明ドームが立ち上がりおおった。



 外に取り残された子供はあわててドームにいよりひざで立ち精霊障壁を両手で必死にたたいた。





「いれてかあさん! いれて! ぼく死んじゃう! いれて!!!」





 後ろからゆっくりと響く足音が大きくなり子供は怯え顔で振り向いた。



 牙の立ち並ぶ怪物の開いた口が見える。







 そう────見えているのは知らない人の脚のきわからだった。



 真っ青なスパンコールの極端に裾の短いタイトドレスを着たその人が腰に両手を当て魔獣との間に立ちはだかっていた。その人がプラチナブロンドのショートヘアを振り、向けた横顔で微笑んで子供に言い聞かせた。





「心配いらないわベス。あなたを使役(しえき)から解放してあげる」





 その頼もしい言葉の後に女の人が両手を振り出し宣言した。



「対装甲兵装フル装備自立型AHー64Dのアパッチ・ロングボウ2機左右に現出展開! それにジャベリン対戦車ミサイルシステムを我が手に実装!」



 直後、子供が見上げた女の人の左右頭上に金色の輝きを放つポリゴン粒子が集まりだし子供(ベス)の見たこともない空飛ぶ金属のかたまりが急激に形をなし、わずまばたき1つの間に爆風を浴びせその回転する翼もつものが広場左右に回り込み始めた。



 唖然とした面もちの子供(ベス)が顔を下ろすとその青い服の女の人が先ほどまで何もなかった右肩に筒の様なものを担いでいた。



「私の足元においでベス!」





 立ち上がったベルセキアがすがる様に駆け寄った須臾しゅゆ、女の肩の筒からバックブラストを広げFMGー148ジャベリンが魔獣へと飛び立った瞬間、左右に飛び分かれた対戦車ヘリコプターがAGMー114Lヘルファイア対戦車ミサイル16発を連射し始め広場中央の密林の大食らい(グーラ・デ・サルト)が爆裂魔術のごとき凄まじい爆炎と爆轟に飲み込まれた。



 だがそのほのおの海に焼かれるなどベルセキアは微塵にも感じなかった。





 後ろに自分だけ逃げ込んだ魔導師──スオメタル・リッツアの魔法障壁(マジックウォール)よりも遥かに厚い澄み渡った空色の防壁がそばに立つ女の人共々覆い込んでいた。











────ベス! ベルセキア!



 名前を呼ばれ焼かれながら記憶の中に見た女が誰なのかベルセキアはすぐに思い当たった。



 おのれがこの世界で散々り合った屈強な兵士だった。





────いい!? よくお聞きなさい! あなたは犯した殺戮さつりくの罪でこれから途方もない痛みを知り1度滅ぶ! だけど私を信じるなら、あなたに再生の道を用意する! 必ず再生させるから!





 ほのおの中で意識に直接聞こえる声にベスはうろたえそうになった。だが火炎を吸い込む事なく意思の疎通そつうをはかっているのだとすぐに気づいた。



────私を信じる事ができる!?



 信じるもなにも一緒に焼かれる相手をわずかにも疑う事などできなかった。







 ラピスラズリの瞳見つめベスはうなづいた。







────それじゃあ奥歯を噛み締め覚悟なさい!



 そう告げられ両の肩を手で押さえ込まれ身を焼かれるに任せた。直後、銀髪の女がハイエルフの生き残りに声をかけ始めるのまでは知ることができ目を閉じて表皮のほとんどが発火する状況に最後の審判を静かに待った。







────シルフィー! シルフィー・リッツア!











 月白げっぱくの双(ソード)からほのお上げる(ソード)変貌へんぼうさせた能力がもはや銀髪の女指揮官の能力に疑い様がなく、ベルセキアと戦うその女との間に自分の手にするファイティングナイフで加わる事などできずに見守るしかなかった。



 双方が(ブレード)激突させ氷床ひょうしょうが大きく陥没しひびが足下へ広がり揺さぶられた直後、全身が燃えだした両膝りょうひざを氷に落とした怪物の背姿にシルフィー・リッツアは眼の前で滅ぼうとしているのだとうらみ晴らさずに敵が最後を迎えるのをにらみつけていた。



 まさかその爆炎に包まれ燃え盛るベルセキアに銀髪が(ソード)を捨て歩み寄るなど信じられぬ光景にシルフィーは女を助けようと近づこうとして突き刺さるほのおはばまれた。





 銀髪と宿敵の間に何があったのかと感じるほどにはがなかった。





 刹那せつな銀髪の意識が入り込んできた!





────シルフィー! シルフィー・リッツア!



 な、何だ!? 早くそいつから離れろ! 何を共倒れしようとしているんだ!



────聞きなさいハイエルフ! ベスはバルカンの宝刀マルミアドワーズで焼け灰になるわ。







────その前に貴女あなたはフェンリルの剣でこのもののコアを打ち抜き私怨しえんを晴らしなさい!







 ベス(・・)このもの(・・・・)? ──シルフィーは何かしらの違和感を抱いたがもっと重要な事に気づいた。



 お前がそんなに間近いとコアをつらぬけない。出来るわけがない!







────私がこのものを押さえ込んでいるこれが最後のチャンス。私(もろ)とも刺し殺しなさい。







 お前も一緒に刺し殺せだと!? シルフィー・リッツアは銀髪が授けたファイティングナイフに震える手で指を食い込ませた。



 なぜ、あんたはそこまでするんだ!? そんな(ビースト)と死のうだなんて!







────早く! もう時間がない!







 無茶苦茶だ!



 その超空間の意識に切羽詰まった感情があふれ返っていた。見つめる宝玉の双眸そうぼう────ラピスラズリの輝き────どこまでも蒼い天空の瞳が意識に張り付き訴えていた。



 チャンスはこれで最後なのだと天空人てんくうびとそそのかされた。



 銀髪のファイティングナイフを氷床ひょうしょうに落としその右腕を真横に振り上げ異空間の(スキャバード)に手を伸ばしながらハイエルフは詠唱(チャンティング)つぶやいた。



"Slepptu síðan, Læðingr þvingun...Hróðvitnir innsiglað til jarðar...Rísa upp og verða sverðið mitt..."

(:されば解くレージングの拘束──大地に封印しフローズヴィトニル──蘇り我の刃とならん────)



 空間という(スキャバード)から引き抜き虹色の色合いを放つ(ブレード)が波打つ白銀へと変貌しそのみねに一瞬(たけ)り狂う狼の形相が流れ銀色の駆ける帯となり触れるものをすべからず喰らい滅ぼす長剣(ロングソード)を回転させハンドルを逆手さかてにし両手で右の耳のそばに引き上げ駆けだす。



 故郷ベルンフォートで同袍すべてを奪い去った怨敵おんてきの背がなぜにそんなに狭く小さいのだと、シルフィー・リッツアは意識を──ベルセキアのコアがあるべき一点に集中させ狙い────────。







 つらぬいた一閃いっせん、姉の最後の作品がり燃えながら膨大な魔力エナすべてを放出し分解してゆくのを見つめ、押さえているはずだった銀髪がそいつ(・・・)を抱きしめて共に消滅するさまにハイエルフは眼を奪われ気づいた。





 殺したのではない。





 姉オスメタルが命を与え生みし傑作が完成し昇華したのだと。







 いきなりシルフィー・リッツアは横へ殴り倒され上げた顔で相手を茫然と見つめ返した。



 『冥途(メイド)服』を身にまとう魔物が地獄の魔王さながらの形相でこぶし握りしめにらみ下ろして怒鳴りつけた。





「おェ、俺様の少佐(LCDR)をォ! よくも殺したなァ!」





 シルフィー・リッツアはその時思った。



 そうだ。自分はあの少佐(LCDR)と呼ばれていた銀髪を1度も名で呼んだ事がないのだ。



 そしてこの巻き舌だらけの魔物も名で呼んだ事がない。





 アン・プリストリの顔の背後で輝きの壁(シマー)が次々に欠け始め見えだした青空が故郷のものに劣らぬ蒼さなのだとハイエルフは思った。












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