Part 32-3 Monstrum Immortalem 不死の魔物
The Lake Central Park Manhattan, Box-Counting 7.8th-Dimensional 15:42
15:42 ボックスカウンティング7・8次元上のマンハッタン セントラルパーク ザ・レイク
ゆっくりと脈動を繰り返していた。
敵が有らん限りの手法を用いて命を奪いにくる。
激しい動きにもかかわらず心の臓が緩やかにエネルギーを送りだしている。
数十の鋼引き裂く刃物を駆使して命を盗りにくる。
死にたくないという思いを心の隅に押しやり闘争本能を煽り立てた。
大型兵器での殲滅戦。
銃火器での戦端。
刀剣による渡り合い。
どんな時も同じ。
燃え上がらせた闘争心で相手を呑み込む。
呑まれた方は命を差しだすしか道は残されていない。
両手で左右斜めに振り下ろした長剣2口の寸秒、相手はもう13フィート(:約3.9m)まで爆侵していた。
同じ様に左右へ振り下げた片手長剣──エストック(:西洋の細身の長剣)の如き10枚のネイルナイフの使い方は同じだとマリア・ガーランドは思った。問題は駆ける後ろに靡かせた数十の鉤爪にも思えるカランビット──そのランダムな動きが不気味だった。
用心する気持ちが脚を鈍らせマリーを防ぎ手に回らせた。
────闘うという事は何なの?
接敵の寸前6フィートで漆黒の戦士が躰を左へ捻り回転させ一周させた左手のネイルナイフを太腿に襲いかからせた。
その伸びてくる煌めきの帯に気を取られるわけがなかった。ナイフファインティングは一瞬。長剣での鍔競り合いと違い次手を考える余裕はない。脚を逃がしたところでドレッドヘアの先にぶら下げたカランビットを振り回し頭部を狙い防戦した手を逆手に取り右手のネイルナイフで逃げの遅い胴のバイタルエリアを狙うのが動きの後からついてくる。
左手に握る長剣の刃口をベルセキアとの間の氷床に突き立てその刃に相手のネイルナイフが激突した瞬間には彼女はもう氷面を蹴り込み斜めに駆け上がる様に飛び上がっていた。
────命を奪い合うって何なの?
逆さまになり見上げた瞬時に頭上でドレッドヘア・カランビット数十枚と右手のネイルナイフすべてを躱し空中で身体を捻ったマリーは右手の長剣を敵戦士の背に斜めに斬り下ろしながら着氷した。
背後への視線もなく、瞬時にベルセキアは駆け続けマリーの振り下ろした刃口を紙一重で逃げ足を、すべてのネイルナイフを、氷上に滑らせながら半身振り向いた。
この状況で追い立てれば2手、3手と先手を維持し続ける事ができる。マリーが漆黒の戦士に間合いを取らせまいと駆けだした刹那、彼女は予想もしなかった事態に陥った。
ベルセキアが半身振り向き振り回したドレッドヘアが急激に伸び煌めきの帯が振り回す大鎌の様に間合いを越え横から襲いかかった。
その迫る凶器の一群が正確に視野の片隅に見えていたわけではなかった。
ネイヴィシールズで培った勘が警告のインパルスを身体に強要した。
────なぜ1つしかない命奪い合わなくてはならないの?
判断よりも速くマリア・ガーランドは両膝を氷床に落とし仰け反り鼻先を十数のカランビットのぶれた残像が凄まじい速さで飛び越えた。
両膝と向こう脛で敵へと滑る彼女は両手の長剣を1度氷に叩きつけその反動と膝までの筋力だけで後転しながら跳び上がった。
1度守勢に回ると形勢を逆転させるのは難しく防御一辺倒に傾く。
────相手を完膚なきまでに叩きのめしたくなるのはなぜ?
着氷する寸前にマリーは漆黒の戦士がすでに足を滑り止まらせ蹴り込んで左手のネイルナイフで防御を取りながら右腕を引き下げ飛び出して来るのが見えた。
その防戦に押される状況を裏返らせられるから白兵戦が好きなのだと不謹慎に思った。
突っ込んでくるからには敵が怖じ気づき防ぎながら退くと経験則で学んだのだろう。
だがお前のいた世界の人間とこの世界の人は違うんだよベルセキア!
一気にマリア・ガーランドはステップを踏み込みながら長剣の刃口を顔に引き寄せ身体を高速回転させ敵が間合いを詰めた須臾、腕を伸ばし2枚重ねの長剣を横様にベルセキアの左手のネイルナイフすべてに襲いかからせた。
甲高く重い響きが歪な不協和音を引き寄せる。
4枚のネイルナイフがジルコニウムダストを撒き散らし砕かれながら対魔族用戦闘兵は横へ弾き飛ばされ、その遠ざかる黒一色の眼差しが驚愕に見開かれているのを2口の剣を振り回し構えながらマリア・ガーランドは睨み据えた。
魔法を封じられても殺り方は幾らでもある。
人は圧倒する数の攻撃に防御の手を下ろし諦めるのをそれは幾つもの殺しから学んでいた。
髪の先端を絡ませ爪と同じジルコニウム異体の鉤爪の刃物に変えた瞬間それは銀髪の女へと猛然と駆けだした。
どうするかね、数にして40余りの刃物だぞ。
眼の前で急激に近づく銀髪の女が長剣の刃口に近い刃を左手でつかんだ瞬間、剣が長めの布に豹変した。
女がそれを両手で波打たせた直後、刃交差させた2口の武器に変貌した。
魔法が使えないんじゃないのかとそれは愕きながらも、それは駆け続け躰を左に振り回し素早く足を踏み替え一周させた左手指のナイフすべてを女へと襲いかからせた。
その伸びる一群の刃物を銀髪は氷に左手に握った剣を突き立て受けながら、まるで空を駆け上がる様に斜めに跳び上がった。
それは逆さまになった女へ顔を振り向け伸ばした髪先のナイフを襲いかからせたが低すぎ、振り上げた右腕が左腕にぶつかり右手指のナイフが女を追い切れなかった。
女が背後に飛び消えかかる須臾、それは怖気に一気に駆け間合いを取ろうとした。その背中に斜めに鋭い空気が走り下りた。
飛び下りる前に斬り込んできやがった!
幸いにも際どく斬られずにそれは半身振り向き大きくナイフ数十本の下がった髪を急激に伸ばし女へと振りまわした。
その不意を突く攻撃をあろう事か銀髪は駆けてくる途中両膝を氷に落とし上半身を仰け反らせ顔先で躱した。
完全に振り向いて両足を滑らせ止まったそれは氷床を蹴り込んで、両膝を氷についたまま滑り迫る女へと突進した。
その無様な格好では逃げる事も侭ならぬぞ!
左手で己を庇い、腰の横に引いた右手指のナイフを襲いかからせ様とした寸秒、銀髪は逃げるどころか氷に両手の長剣をぶつけ飛び上がり後方へ素早く回り着氷した。
何にせよ間合いはもうなくお前は俺様の刃に二度刺し貫かれるのだとそれは勝機をつかんだ。
目の前で女が脚を踏み替え双剣を身体に引き寄せ立て凄まじい速さで振り向いた須臾、横殴りに2口の長剣が同時に左手のネイルナイフに襲いかかった。
金属の剣より強靭だと信じ疑わなかったジルコニウム異体の刃4枚が一瞬で砕け煌めく破片が飛び散り腕ごとそれは押し切られ横へ飛ばされてしまった。
そんな戦い方があるのか!?
そんなにもお前の剣は強いのか!?
なぜ逃げずに押し返し続ける事ができるのだ!?
氷床に激突し滑るそれは形勢が優位にならぬ苛立ちと恐れから、相手の弱い部分を攻める事にスタンスを変えた。
己よりも弱きものを捕らえ楯とする。
目の前の銀髪の女は1度ならずとも人質を取られ攻撃を躊躇したのをそれは覚えていた。
戦いとは相手の弱点を潰し合う。
殺し合いにフェアプレイなどない。
顔を振り向けハイエルフの生き残りが30ヤード(:約27m)余り先の場所にいるのを目にした瞬間、ベルセキアは氷を抉るほど強烈に蹴り込み矢の様に飛びだした。
少佐のピンチだとばかりに駆けだしたアン・プリストリは、マリーがドレッドヘアにぶら下がったナイフに押されるどころか、タール女を軽々とあしらうのを眼にし呆れかえった。
少佐が身体をアイススケーターの様に回転させ振り回した長剣でタール女の片腕のネイルナイフを打ち砕き怪物を横へ弾き飛ばした。
もはやタール女に勝ち目はないとスターズのガンスミスは異界からの腐れ女の後ろに走り込んだ。その寸秒、タール女がこちらを振り向き凄まじい勢いで駆け迫った。
眼の前に立つ耳長の女は腰を落とし握りしめているファイティングナイフを身構えた。
「そんなんじゃ勝てねェだろうがァ!」
半身振り向き腐れ女が驚いた横顔で見つめた瞬間、異界からの異邦人の襟首をつかみ背後に投げ飛ばした。
両脚を浮かせ吹っ飛ばされた女の先に突撃してくるタール女が迫っていた。その前傾姿勢の怪物女の黒い表情が驚愕に歪むのがアンは心から嬉しかった。
表面の溶けだしている氷床は急に立ち止まったり進む向きを変えられない。
"Welcome Back-e ! Kitty !!"
(:ようこそォ! お嬢ちゃん!)
皮肉った甘い声で出迎えた裏煉獄の裁定者は両手を広げ歓迎し相手が足を滑らせ目前で立ち止まり向きを変えようとした瞬間、メイド服のスカートをたくし上げ右の太腿のホルスターから大柄の彼女が持っていても大きすぎるソードオフを引き抜いた。
"Shit out of luck-e. I'll du it with no sweat-o."
(:運のねェ野郎だァ。遠慮なくゥ引き金を引かせてもらうぜェ)
巻き舌で宣告した刹那、アン・プリストリは両手で軽々とホーランド&ホーランドのロイヤル・ダブルライフルの銃身を切り詰めピストルグリップにした下手物を振り上げ2本の平行銃身中央をタール女の額に合わせた瞬間至近距離でトリガーを引き絞った。
.700ニトロエキスプレスのワイルドキャット──70口径ダブル・プラスが爆轟を放ち切り落とされた銃身先端に設けられた小指の入る大型ポートから派手に真上に火花と硝煙を吹き上げマズル先にバスケットボールよりも大きな火炎を生んで初活力2万4千余りのエネルギーで1550グレイン(:約100g)の劣化ウランフレシェト弾を弾き出した。
銃口から飛び出した銃弾は3条のテフロンコートされたサボが分離し劣化ウランのアーマーピアシングが1千分の5秒でタール女が顔の前に振り上げたネイルナイフを打ち砕き眉間から上を吹き飛ばした。
血飛沫を撒き散らし頭部を上半分失いながら後退さったその怪物女が仰向けに倒れるのかとアンが見つめる目前で欠損部分の細胞が蠢き競い合う様に盛り上がり修復を始めた。
"That’s kind of creepy,y,y,y !...Are you a slime,e !? "
(:きしょく悪ィいい────てめェスライムかァ!?)
巻き舌で罵りながらアンはその鼻下に照準し2度目の引き金を絞り込んだ。
一瞬で首から上を失った漆黒の女が片足を上げ、今度こそ倒れるとアンがソードオフの銃身を前に倒し空のカートリッジ2本を引き抜き眼を離した寸秒、タール女の両肩に黒い目が開くと上げた足を一気に下ろし反動の様に逆の足を振り上げアンの腹部を爆発する様に踵で蹴り込んだ。
その足首を真っ赤にマニュキアを塗られた右手指が鷲掴みにしていた。
""Don’t Give a F,A,C,K, with Me,e.e,e !! Arghhhhhhh !!!"
(:舐めんじゃねェえぞォ! おらァアアア!)
アーウェルサ・プールガートリウムの双眼がマリンブルーから一気に真っ赤な縦長の虹彩に豹変し、つかみ押さえたカートリッジを挟んだままの指に右手を回転させ銃身先を握りしめたソードオフのピストルグリップで叩きつけた。
両肩の目を引き攣らせもがきつかまれた手から足を引き抜こうとタール女が暴れだした直後、アンは2つのカートリッジが刺さった足を力任せに肩の上に振り上げタール女の胴体が遅れて振り上がり切った寸秒、氷床へ向け叩きつけた。
失った頭部を急速に蘇生させながらなお氷床に叩きつけられ、氷を粉砕し赤黒い血飛沫を撒き散らすそれが脹ら脛が分離し数本の触手が伸びアンの手首に巻きついた。
そのうねる半透明の触手が裏煉獄の裁定者の皮膚に張り付き広がり始めるとそれに気づいたアンは紫ざめ唇をねじ曲げつかんでいた足首を放し腕を振り回し喚いた。
"Wee,e,e,e !! You pervert,t,t !!!"
(:キモッ! 変態めェ!!)
いきなり張りついていた触手が離れタール女が仰向けのまま肘と足で這いずり退きだすと顔を振り上げたアンがソードオフを手首のスナップで回転させピストルグリップを握りしめ怒鳴りながら追い始めた。
"Hey, U,u ! U,u think I'm not delicious,s,s !?"
(:てめェ! 俺様がァ不味いって言うのかァ!?)
アンが二発の70口径NEワイルドキャットを装填し銃身を上に振ってロックさせ銃口を這いずる怪物女へ振り下ろした。
タール女は新しい頭部の蘇生を終わりかかっていた。
だがアーウェルサ・プールガートリウムはいきなり立ち止まり仁王立ちで大型のソードオフの銃口を振り上げ上空に向けるとセーフティを掛けタール女を睨みつけ片側の口角を吊り上げた。
新たな顔の瞼を開き見つめメイド服を着た女が追って来なくなってもキメラ体の女は警戒し睨み返しながら後退さり続けていたが、唐突に両肩が何かにぶつかり顔を振り上げた。
氷床に突き立てた2口の長剣が両肩に当たっておりそのグリップを握りしめる銀髪から冷ややかに見下ろされた。
"Hvað eigum við að gera !? Ætlarðu samt að halda áfram ?"
(:どうする!? まだ続けるの?)
"Bloody Hell !!!"
(:こんちくしょう!)
罵りいきなり対魔族用戦闘兵が飛び離れ立ち上がりながら振り向くと指を揃え両腕を勢いつけて左右に振り下ろした。
その左右の手の踝から先が見る間に薄く尖った光沢を放つ暗灰色の2口の長剣に変貌するのを見るにつけマリア・ガーランドはため息の様に呟いた。
「ヴァージョンアップしたのね────」
髪先のカランビットを使わないとこを見ると、両手の長剣にたいそうな自信を持っているのが伺えた。
顎を退きすべてが黒檀の様な瞳で睨みつけるベルセキアの背後に立つアン・プリストリが怒鳴り知らせた。
「少佐気をつけろォ! そいつが生やしたのはモルセサターナス────サタンの持つ三叉戟の鋼だァ! 掠っただけで地獄に引き込まれるぞ!」
サタンのトライデント!?
どこからその様なものを、とマリーは僅かに眉根を寄せ対魔族用戦闘兵がアンの腕に巻きついたのを思いだした。
彼女から冥界の王──道を塞ぎしものの知識を盗んだのだわ。
対魔族用戦闘兵が云うに事及んで地獄の魔物になり果てた。
「────闘いが相手を殲滅する意志のぶつかり合いなら────覚悟はできていた」
マリア・ガーランドは呟きながら2口の長剣を氷から引き抜き刃を重ね合わせた。その刃口から爆発する様に焔がセントラル・リッジを、フラーを駆け上り、クロス鍔までの刃すべてが焔に包まれ膨大な数の火の粉を飛ばしだすと1口の燃え盛る大剣となった。
両手でつかんだグリップを持ち上げ焔神ヴァルカンの鍛えし長剣────マルミアドワーズを彼女は構えた。
☆付録解説☆
1【ME/Muzzle Energy】(:初活力/量)銃弾(/砲弾)のエネルギー量の事をマズルエナジーといいます。これは弾頭重量(単位はグレイン)x初速(単位はfps)二乗÷(重力加速度x2)という計算式で導かれ単位は ft-lbf (フィート重量ポンド)です。式の通り銃口初速に大きく左右され初速が同じで弾頭重量が倍になればMEは2倍、弾頭が倍の初速を持てばMEは4倍となります。
弾頭加速は銃身長に左右され装薬量(:Powder)が同じ程度でも短銃身の拳銃はライフル系のものより遅くなります。そのため拳銃弾では十分な加速度を得るために短時間で燃焼する高速燃焼系装薬が用いられています。
アンがイギリス高級ライフルメーカーであるホーランド&ホーランドに特注で作らせたソードオフは強度と靱性に富んだ肉厚銃身でライフリングなしのスムーズボア、短銃身でありながら劣化ウラン弾のフレシェト重量550grを4101fpsにまで加速します。




