Part 32-2 Thin Thread 細い糸
USS Maryland SSBN-738 Ohio-Class Sixth Fleet Silent-Service U.S.Navy, Middle of the Atlantic Local Time 18:50 GT-19:50/
NDC-SSN001 DEPTH ORCA(/National Datalink Corporation Sub Surface Nuclear), Same Time and Same Area/
F/A-18F Super Hornet CVW-11(/Carrier Air Wing Eleven) Over San Andres Mountains New Mexico, USA 12:25
グリニッジ標準時19:50 現地時刻18:50 大西洋中央 合衆国海軍所属第6艦隊潜水艦 オハイオ級戦略ミサイル原子力潜水艦メリーランド/
同刻同地域 NDCーSSN001型原子力潜水艦ディプスオルカ/
12:50 ニューメキシコ州サン・アンドレス山脈上空 合衆国海軍第11空母航空団F/Aー18Fスーパーホーネット
多数の着弾音。
まるで対潜兵器のヘッジホッグ。
ヘッドフォンで耳にした瞬間ロシア海軍水兵のマルコワ・カバエワ・ジャニベコフ少尉はRBUー6000のを、アメリカ海軍水兵のベイクリック伍長はヘッジホッグの乱打する着水音だと思い顔を見合わせ競うように上下二連のソナーモニタを見比べ方位と距離を見定めた。
レンジゼロ!
発令所へ警報を発する余裕もなく弾道ミサイル打ち上げ深度100フィート(:約30m)の無防備状態にあったアメリカ海軍戦略原潜メリーランドに多数のミサイルが一瞬で襲いかかった。
数え切れないほどの爆轟にソナールームはマグネチュード7クラスの直下型地震に見舞われた様に上下左右に揺さぶられ、マルコワは椅子の肘掛けをつかんだまま椅子ごと床に横倒しになり、ベイクリックはソナー卓の端にあるメンテ用ハンドルに左腕を強打し、彼の部下の水兵1人も背後のシステムラックへ後頭部をぶつけ崩れ落ち皆が互いに呻き声を溢した。
開いたままの2つの水密ハッチを通し発令所で鳴り響く警報がソナールームまで聞こえ部屋とハッチ外の隣室の照明が1度全消灯し赤い非常灯に切り替わった。
左手首を右手で押さえさすりながら立ち上がったベイクリックは発令所でバートラム・パーネル少佐が大声で出水停止処理と消火を命じているのを耳にしながら遠方でまた爆雷が連爆する音を耳にした。
外したにしては爆轟が遠すぎる。他の艦艇に対しての攻撃だろうとベイクリックは思った。という事は攻撃してきた敵は本艦が戦闘不能もしくは航行不能とみなしたと思って良くしばらくは安全だった。
聞こえたのは対潜迫撃弾でも爆雷でもない。多数の着水音に続き一瞬れいのシュクバルの様な数十のキャビテーションを確かに耳にした。
伍長が敵の攻撃手段が何だったのかを思案しているとソナールーム前の第1外部ハッチ昇降室を通り消火班の数名が階段を駆け下層デッキへと向かう慌ただしい足音が通り過ぎた。
ベイクリックは倒れたマルコワに手を貸し起こすと、システムラック前でぐったりしている部下に声をかけた。
「しっかりしろコンラッド」
「あぁ────伍長どの──」
部下の意識が戻ると伍長はソナー・システムの異常がないか検査を始めた。潜水艦にとって眼であり耳であるソナーの不備は、即作戦行動の中断を意味したが、繊細な精密機器であるウエットエンドからドライエンドまでのソナー統合システムは厳密には戦闘に脆弱で外部応力に気を使う必要があった。
ベイクリックは統合システムのAN/BQQー10(V4)OS──サン・ソラリスがスタックしており再立ち上げを行った。起動シークエンスでマルチチェックが21枚のサブボードと全データバスのチェック、ウインドシステムズのVXワークスが独立型の各QQBシステムへテストを投げ海水に近い4種のソナー・トランスデューサーのテストからセンサーインターフェイス、中間処理システムなどを調べる。マルチプロセッサのマルチタスク処理なので一斉に結果が統合システムに返され伍長は値を見て唸った。
球形のバウアレイ944個のトランスデューサーの内、28個に散見した不具合が見つかった。
ベイクリックは一覧のトランスデューサーナンバーをマニュアルを呼び出し確かめると球形アレイの2時側中間から上に向かっての一列だとわかり、バウアレイに一定の間隔を置いて覆う音響通過外殻を支えるチタン製の縦フレームの1本が接触しているものと判明した。
恐らくは受けた攻撃により艦首外殻の一部が陥没している可能性があった。
数にしては3パーセントと低いが位置が問題だった艦首2時方向のルックアップの機能が一部制限される事になり、数百フィートの近距離では周囲の探知範囲が重複し問題とならなくともミドルレンジより先ではパッシヴ受音の死角が広くなる。
戦略原潜の対潜戦でセオリーの海水中深部に潜んでの不意打ちに支障がでる可能性が大きかった。
幸いに他のシステムにはトラブルはなく、ベイクリック伍長はインカムの受話器を取り発令所へとコールした。
『こちらソナーのアストリー、報告、人員被害なし、バウアレイに軽微な損壊。2時方向0.5度、仰角27から78にかけ不感範囲』
「ソナー伍長、ジャニベコフ少尉と替われ」
ベイクリックはロシア人の大佐の声だとすぐに受話器をマルコワへ差しだした。
"Да, Товарищ полковник. Что я могу сделать для тебя ?"
(:はい、同志大佐何でありますか?)
"Александр будет в безопасности ?"
(:S123は無事か?)
"Я не могу поймать его, потому что есть много подводного шума...Подождите ! Удар ! На глубине 440 метров из бака течет большое количество воздуха !"
(:水中ノイズが多く──お待ち下さい! ブロー! 水深440(m)でタンクから多量のエアが漏れだしています!)
"Маркова, Скажи мне, если ты уничтожишь его под давлением."
(:マルコワ、圧壊したら教えてくれ)
上官が珍しく声に感情を見せていると少尉は思って受話器をベイクリックへ返しヘッドフォンを片耳に当てている敵国の伍長に尋ねた。
「ブローが聞こえるか?」
「エアー量が多いし長く続いてるな。おそらくメインだと思う。お前達が乗ってきた艦だろ」
「──同志15名が乗っている」
発令所に入る損害報告にバートラム・パーネル少佐は青ざめながら矢継ぎ早に対応策を指示していた。
原潜では緊急時に備えた対応マニュアルが詳細に作成されており、士官乗員はそれに精通する事を要求されていた。
船殻の多くの部分に損害が発生して、中でも発射寸前であった3番のミサイル管ハッチに大きな損壊が発生しており辛うじてサステーナ点火は食い止めたものの、活性されたトライデントⅡが外部に曝されたまま解除できないでいた。
発令所の出水は食い止め赤色灯の明かりと一部コンソールの計器類の明かりの中でパーネル少佐はロシア人の大佐と睨み合っていた。
「お前達の企みは破綻したんだ。諦めろバクリン大佐!」
「今の攻撃──対潜迫撃砲はお前達の国の攻撃型──シーウルフかヴァージニアだと思うかね、パーネル少佐?」
「水上艦のいない状況で爆雷攻撃だと言うのか? 我が国のSSNにその様な攻撃力はない!」
少佐の発言を無視しバクリン大佐はシエラ1がアメリカ海軍の新型原潜なのかと勘ぐった。シュクバルの如き水中ミサイルを多量に放ちロシア原潜を少なくとも7艦も沈めている謎の艦の意図が見えなかくともメリーランドの行動を妨害しているのは目に見えていた。
このメリーランドも沈めようと思えば造作なく出来ようが、対抗策を取れる雷撃でなく対潜迫撃砲を使ってきたのはミサイル魚雷の保有数が尽きたからか?
なら邪魔者を排除し、しかる後に残った弾道ミサイルを飛ばせばすむ。
幸いにオハイオ級には雷管があり魚雷も搭載されている。
「パーネル少佐、ミサイルハッチの開いた状況でどこまで潜れる?」
「ミサイルチューブは深度450(フィート:約137m)止まりだ。何を考えているんだ?」
「浅いな。だがシャドーゾーンを利用できるだろう。パーネル少佐、音響魚雷の用意を」
それを聞いて少佐はバクリン大佐を指さしロシア人は押し殺した声で再度命じた。
「音響魚雷の用意をしろ」
内殻と外殻の広範囲の間に設けられているメインバラストタンクと同じ機構で燃料と海水を混在できる燃料バラストタンクそれに艦首側の潜行時の過重となるネガティブタンクの3つに亀裂が入り見るみる内に浮力をなくし非常灯の赤い灯りが照らす深度計の数値が1640フィート(:約500m)を越えた。
Uー214型S123カトソニスの発令所でアレクサンドル・イリイチ・ギダスポフ中佐は為す術もなく潜望鏡シャフト上部ガイド外輪をつかみ発令所の5名の部下達を見つめていた。
直上から加速し迫ってきたものは自国海軍の対潜迫撃砲無誘導爆雷RGBー60の沈降速度の20倍近い速度で一気に襲いかかった。
直前に弾道ミサイルの発射音にも似たものをソナーマンのマカーフ・ポレジャエフ准尉が耳にしたが、仮にそれが対潜ミサイルの様な対潜兵器だったとしても既存の雷撃で垂直に襲いかかれるものなど存在しなかった。
思いを打ち破る様に金属の軋みが発令所を襲った。
公表値400メートルが設計理論限界値だったが多くの兵器同様それが嘘だとギダスポフ中佐は幾つかの軍事情報から知っていた。だが優秀なドイツ製工業製品であれど現界深度が近かった。
次に大きな軋みが起きた瞬間に圧壊が訪れる。一瞬にして何もかも押しつぶしされる。
神をも恐れぬ行為の行き着く先がこれなのかと中佐は思った。潜水艦乗りを志した時から心の片隅にいつかこの様な終幕が訪れると彼は思っていた。
発令所が大きく揺れ、船殻が金切り声を上げた。
「エド──Uー214は────!?」
三次元作戦電子海図台に両手つきうなだれていたダイアナ・イラスコ・ロリンズが絞り出す様に問いかけた。
「着低! 圧壊音なし!」
ソナーマンチーフのエドガー・フェルトンがコンソールの半球体の液晶モニタに映るブルードバンド帯域レイフォールを見つめながら報告した。
視線を持ち上げ見つめたレーザーフィログラムのS123アイコンが傾き動かなくなった海底の色をサンプルカラーチャートと見比べ1750フィート弱だと知り船殻設計強度限界値をとうに越えてるとルナは不思議な気がした。
──If it’s God’s will to keep them alive, You should guide our way to save more lives──.
(:もしも連中を生かしているのが主の意志なら、より多くの命を救おうとする私達の道を貴方が照らさぬはずがない)
「エド、メリーランドの損壊状況は!?」
傾いた注意喚起の黄色いアイコンから赤に変わっているSSBNー738メリーランドへルナは視線を振り向けソナーに尋ねた。
「エリナチェウスの矢──推定値で8発命中。現在中央海嶺から方位75へ深度400(:約122m)6ノットで移動中」
メリーランドの電気系をすべて殺してしまうと艦奪回に兵士を送り込めなくなる。だが、機動を奪うだけなら手は残されているとルナは思った。
「追い討ちをかける! キャス、魚雷対抗近接防衛兵器アクティヴ、1、2番雷管に非殺傷弾頭ミサイル装填、3から6番雷管に────ゴルゴーナル弾頭ミサイル装填! ミサイル命中座標追って指示する!」
命じられた兵装担当カッサンドラ・アダーニはルナが惜しげもなく次々に秘蔵の兵器を使わせる事に歓喜を抱いた。
しかし、3カ所の雷室要員が大変だと彼女は思いながらうきうきとヴァーチャル・キーボードを叩いた。
まるで複数の爆撃機が航跡雲を曳くように目立っていても搭乗する機体の後部キャノピィガイドから見えるエンジン吸気口上部の前縁付け根延長から渦を巻き後方へ拡大する水蒸気が僅かに見えるばかりだった。
その震える白いカーテン越しにニューメキシコのサン・アンドレス山系が伸びていた。
音速巡航はシールズ兵にとっても馴染みあるものでなかったが、見下ろしても高度があるため地形はあまり劇的な変化を見せず思いのほか退屈だった。
ドール・ジョージア大佐はパイロットで緊急輸送任務を担う編成部隊リーダーのハーバート・セヴァリー大尉へ酸素マスクのマイクを通じ通信を申し出た。
「大尉、ペンタゴンと定時連絡を取りたい」
『了解です大佐殿。統合戦術情報伝達システムでリンクします。データバスをお使い下さい』
僅かに間をおいてオートマチック・リレー・エクステンションにより2つのアメリカ軍通信衛星を通じペンタゴンに繋がった。
「こちらリベレーション・オブ・アトランティック────オーシャン・イーグル」
僅かに遅れて海軍作戦本部のオペレーター音声がジェットヘルメットのスピーカーに聞こえた。
『こちらポセイドン・トリアイナ、LOAどうぞ』
「作戦の変更はあるか?」
『お待ち下さい』
20秒近く待たされイライアス・ネルソン海軍作戦次長が無線にでた。
「OE、状況は変わらずだ。ダブルドルフィンを沈める方向で上層部の判断に変更はなくローカライズエリアを絞りポセイドンを先行させるためトリトンが索敵を続けている。君らDZ到着時にはアベンジャー前衛のデストロン22がローカライズエリアで対潜戦闘を完了しているはずだ。何か事態が好転すれば即座に報せる」
ダブルドルフィンは戦略原潜オハイオ級メリーランドの符丁であり海軍作戦本部は統合参謀本部の指示に基づいてまずメリーランドを沈める。OPNAVはできればメリーランドを見捨てず可能であれば奪回するとの姿勢は変えていなかった。
だが無人哨戒機MQ-4Cトリトンが広域のエリア索敵をし、兆候を見つけ出したなら即P-8ポセイドンを送り込みローカライズエリアの狭い範囲にソノブイを打ち込んでターゲットモーション分析を行いマーク54短魚雷《L H T》をで止めを刺す。
仮にそれが失敗に終わっても第2空母打撃群の護衛艦隊第22駆逐艦隊が追い詰め、それに艦載機の対潜ヘリ部隊が加わる事になる。
戦略原潜とはいえ、追い詰められる事は眼に見えていた。
第11空母航空団6つの飛行隊からかき集めた18機のF/Aー18Fを使いサンディエゴから超音速巡航で駆けつけても2時間の差でメリーランド乗員150名余りを見捨てる事になる。
何か、メリーランド撃沈を止まらせる事態が起きれば良いが、とドール・ジョージア大佐は思った。
「了解しました」
無線を切ると、編隊長のハーバート・セヴァリー大尉が搭乗員有線でドールに声をかけてきた。
『大佐殿、1つお耳に入れたい事があります。この空域はホワイトサンズミサイル試射場です。陸軍管轄なので2、3機撃ち落とされても文句は言えません。それでも苦情をとお考えでしたらDoDへどうぞ』
原潜乗組員を救うために狭いコクピットに4時間も押し込められる海軍特殊部隊兵への編隊長の気遣いだとドールは思った。
「そうか。じゃあ、1つ聞かせよう。シリア軍機甲師団が迫るベカー高原に仲間を逃がすために陽動を買ってでた兵がいた。私が戻った時にその兵は一千の機械化歩兵と白兵戦をやっていた。君はロシア艦隊へ1機で旗艦を取りに行ってみるかい?」
『いやぁ大佐殿、その冗談きついですよ』
「冗談か────後にも先にも少佐やっていた冗談にするには惜しい逸材がいたんだ」
プレキシガラス越しにまだ海は見えないかと、ドール・ジョージア海軍ネイヴィシールズ大佐は陸地を見下ろし去年の暮れ近くにニューヨークで見たマリア・ガーランドの笑顔を思い浮かべ呟いた。
「相変わらず苦労してたな」




