Part 32-1 Full Frontal 最戦線
The Lake Central Park Manhattan, Box-Counting 7.8th-Dimensional 15:39
15:39 ボックスカウンティング7・8次元上のマンハッタン セントラルパーク ザ・レイク
速すぎて間合いに入れない!
眼に映る銀髪とベルセキアの繰り広げる近接格闘戦に加勢しようと間を見計らっているシルフィー・リッツアはそのあまりにもの速さに圧倒され右手のファイティングナイフを握りしめたまま立ち尽くしていた。
2人が瞬時に次々と立ち位置を変え様々な姿勢で繰り出しているそれぞれの刃物がものの形状でなく残像の繋がりの帯にしか見えない驚異。
どうやってあの長剣をそこまで素早く操れるんだ!?
進化しもはや自分で倒すこと叶わぬスオメタルの生みだした怪物に互角で渡り合う人間の存在にハイエルフは心打たれた。
連続して聞こえる刃ぶつかるリズミカルな音が金属の打楽器の連打に聞こえ、不規則に銀髪が間合いを詰めては拳で殴り、伸ばし振り回す脚で蹴り入れそれを対魔族用戦闘兵が肘で受け足で弾き流し、また刃ぶつかる甲高い音が続いた直後、跳び退いたベルセキアの残像に銀髪が高い位置から踵を落とし氷床が砕けた。
その脚をすぐに下げた時には銀髪はすでに右手に飛び戻った長剣を握りしめて双方が互いに有利な方へと回り込みながら睨み合った。
あれほど激しく動きながら、そもそも躰の仕組みが通常の生き物と異なるベルセキアが息乱さずいる事より、右に回り込む銀髪が肩で呼吸していないのをシルフィーは驚いた。
だが互角に見えて銀髪の方が不利だとハイエルフは思った。
ベルセキアは戦闘に特化した躰の仕組みを持ち持久力では人間の比ではない。いずれ銀髪に疲労が見え押され始める。
そうなる前にベルセキアを倒すべく回り込む銀髪の利き手と逆側に着き加わろうとシルフィーは一歩踏みだすために踵から力抜き脚を上げかかった瞬間、背を向けている銀髪から鋭く怒鳴られ唖然となった。
「来るな、シルフィー! 攻め難くなる!」
なっ! 何で見もせずに重心をずらした事を気づいたんだ!?
だがそれよりもハイエルフは銀髪の剣を握る右手小指球の外側に血が滲んでいる事に気づき顔を強ばらせた。
剣を振り回していたのではない! 弾き戻る刃を銀髪は身体で直に打ち返し攻め続けていたのをエルフ族の戦士は初めて知った。
流す血──銀髪が人なのだとシルフィー・リッツアにあらためて思い起こさせた寸秒、対魔族用戦闘兵が凄まじい猛速で踏み込んだ。
両の手に10のロングナイフを持ち、人の16倍の筋力がありながら、攻め落とせぬ事が苛立ちとなった。
人の女が動きについてくる事自体が尋常でなくそれはこれまでに喰らった人の肉体構造に熟達していながら銀髪の女がついて来れる理由に思い当たった。
筋肉構造やエネルギー処理の読み誤りではない。
こいつ、魔法による肉体強化を施している。
跳び上がり踵を落としてきた銀髪が素足に近い踵で氷床を砕いたのをそれは素早く退きつつ見てそう確信した。相手が剣持たぬ右に足を運びながら、人に如きにできて己に出来ぬわけがないとそれは術式を口ずさみ始めた。
"Skerpa og hraði eins og elding, Hratt fætur eins og Talaria með vængjum,, Styrkur og hraði hecant-cail með hundrað handleggjum, Komdu með hraðann sem ekki er hægt að fanga eins og Leshy, Svarti konungurinn Belial..."
(:雷光の如き鋭さと素速さ、翼もつタラリアの如し駿足、百腕の巨人の如し力と速さ、レーシーの如き捉えがたき敏捷さを我に齎せ、漆黒の王ベリアル────)
詠唱に合わせベルセキアの足下に64文字のキリル文字の様な古代エルフ語と象形文字による5重の黒き輝きを放つ魔法陣が広がり、それは威光に包まれ能力が各段に上がるのを待った。
その刹那、銀髪の女が魔法陣外の氷床に長剣を打ち込み起発した現象にそれは顔を引き攣らせた。
正しきものは何だろう、そう夜空に問うても暗闇は見つめ返すだけで答を授けはしない。
この相似空間を創生するときにただ直情的に取り込んだすべてを有りの侭に構築しようとはマリア・ガーランドは思わなかった。
高次空間の限られた狭い世界を生みだす時に意識した幾つかの1つは、術式に頼るすべての魔法を封じること。
敵と対峙する時には、その武具や防具を封じるのがセオリー。
麻布を被せられ袋叩きにされる恐怖が抵抗心を奪い去る。
マリア・ガーランドは左手に回り込んでいたベルセキアが歩み緩め詠唱を始めた瞬間、敵が射程圏に踏み込んだのを知った。
できるかできないかと逡巡する前にやってみると彼女は胸に誓った。
殺戮の怪物よ知るがよい。
魔法などという他力本願なものに依存し行使するものすべてに最大の弱点がある事を。
"Töfrum uppskrift, endurritun kjarna. Framkvæmd !"
(:魔法術式言語転換────実装!)
そう宣言しマリアは己持つ長剣の刃口を氷ついた湖面に突き立てた。
一閃、人造戦闘生命体の足下に拡張していた黒き魔法陣が本質から甲高い金属音を響かせ変異した。
唖然とした表情で自分が広げた魔法の法則行使術式を記述した魔法陣を見下ろすベルセキアが恐れを吐いた。
「何を──何をやりやがった貴様!?」
文字すべて、リングや幾何学的紋様が吸い込む様な漆黒の輝きを失いマーブル模様に様変わりしていた。
「お前が乗っているのは、ただの薄い大理石よ」
マリーに言われ対魔族用戦闘兵は己のスパイクを突き出した足裏で魔法陣を踏みつけると硬質な音が響き、最内側のリングに傷が入った。
「嘘だ──うそだ────こんな事ができるなんて────嘘だ!!」
氷床から刃引き抜きマリーは長剣の刃口をキメラに向け宣言した。
「ベス! お前は私の世界で魔法1つ使えずに損耗し最後を迎えるしか道は残されていない」
直後、ベルセキアは足を振り上げ己の魔法陣だったものを蹴り砕き叫んだ。
「受け入れぬ────受け入れぬぞ人間の女め!!」
直後、怪物はありったけの速さで高速詠唱を唱えた。
Svörtu dauðans Konungur myrkurs, Vinsamlegast svaraðu þessari rödd.Valdi þínu, Dýfðu yfirborðið með Hersveitir Sliver. Ég grét...Refsa fólki með krafti þínum !!"
(:闇の王にして死の漆黒よ、この声に応え求む。汝の力、レギオンススライヴァを持ってこの地のものを灰燼と化せ。我は叫ぶ──汝の力による処罰を!)
一瞬に近い数十マイクロ秒で25フィート径の7重の光吸い込む178文字のエルフ語とルーン文字で示された魔法陣が対魔族用戦闘兵の足下に拡張出現しそれを中心に足下の光景が歪み流れ吸い込まれ始めた刹那、マリア・ガーランドは又しても剣を氷床に突き立て、ベルセキアはその音に後退さってしまった。
化け物が見下ろしたのは大きな揺るぎなき大理石の円盤。
ただの石が魔法効力を持つわけがなかった。
魔法攻撃を断念した対魔族用戦闘兵が周囲を閉鎖空間のリングで覆われ逃げる術なくこの戦いを諦めるわけにはゆかなかった。
ベルセキアが軽く頭を一振りすると漆黒のショートヘアが急激に伸び始めた。
「少佐、あれモーションピクチャーですよね」
ジェフリー・ドゥルイット中尉がバレットM107アンチマテリアルライフルにマウントしたナイトフォース・ベンチレストスコープで見ながら隣で双眼鏡で湖の中央を観測し続けているダッドリー・マンスフィールド少佐に問いかけた。
「ジェフ、お前は氷上にスクリーンが設置されている様に見えているのか? ──くそっ、あいつら人なのか!?」
少佐の反対側でHKー416エンハンスドカービンを肩付けしトリジコン・アキュポイント1ー8x28ライフルスコープで見ているクレメント・ブラドル大尉が落ち着いた声で控えめに伝えた。
「ダット、タール女の方ですが最初10本のダガーを広げ持っていると思いましたがシザーハンズに見えるんです。眼がおかしくなったのでなければですが」
ダッドリーは自分も眼が変だと思っていた。
「クレム、あの白髪のミニドレスの女──タール女と大剣を素手や足で打ち返してる。あんな剣の使い方尋常じゃないぞ。刃の回転を見てみろハーキュリーズのペラ並みに回転している。150ヤード(:約137m)離れているから辛うじて眼で追えるが、あいつらあの間合いでどうやって刃を見切っているんだ!?」
剣で斬り合うだけでなく合間に双方が蹴りを入れ拳や手刀を繰り出し応戦していた。
スパンコールのタイトドレスの女がテコンドーの踵落としの大技を外し双方が間合いを取るとあれほど飛び交っていた長剣を右手に握りしめ刃口を下げタール女の方も指の延長に見えるロングナイフを両脇に下げ互いに利き腕を避ける様に右側へ回りだした直後だった。
タール女の足下の氷床に突然にまるで土の地面を掘削した様な円形の穴に見えるものが広がった。だがダッドリーは離れ距離をおいた横から見てるのでそれが開い穴とは言えなかった。ましてやタール女はそこに立ってスパンコールの女と争うべく右に回り込み続けている。
じゃあ穴でなければあれは何だと少佐が思った寸秒、タイトドレスの女が氷上に剣を突き立てた瞬間、タール女の足下の黒い円盤が薄い灰色に豹変した。
氷床に何かを塗っているとか、何かを撒いて色を変えたのではない。
一瞬で乗用車の載りそうな広さの円盤が出現したり色を変えた。
タール女が片足でその灰色の円盤を蹴りつけると割れた破片が飛び上がったのでダッドリーは氷だったのかと一瞬考えたが、色がこの距離でもわかるほど違っており彼はそれを否定した。
直後、タール女とタイトドレスの女が何か言い争っている様に見え、前よりも大きな円盤が一瞬で広がりまるで中東で見かけた蜃気楼の様にそこに立つタール女の足首から下が歪みだした。女の背後に見える乱立する大小の氷柱すら歪み揺れていた。
それらがまたしてもタイトドレスの女が大剣を氷に突き立てた瞬間消え失せ普通に見える様になった。
「少佐、俺が見てるのが魔法陣に見えたんですけど」
それが魔法陣と判別できるほどに軍人のお前はその手の事に詳しいのかとダッドリーは眉根を寄せた寸秒、その大きな灰色の円盤もタール女が蹴りつけ粉砕した。
双眼鏡を振るとその2人の近くに狩人の様な服装のブロンドストレートヘアの長身の女が立っており右手にファイティングナイフを握りしめていた。他にもいるかもと少佐は左へ双眼鏡をずらそうとした矢先に違和感に気づき振り戻した。
その長身のハンティングガイドの様な女の顔の側面──ブロンドの髪から細長い耳のようなものが伸びていた。
耳なのか!? いよいよ俺は眼が壊れかかっていると、あまりにも馬鹿馬鹿しく仲間にすら話せずにダッドリーはの西側の50ヤードばかり離れた場所に別な集団を見つけ、さらに変な奴がいるかもとつぶさに見ると不揃いの火器と装備を持った──1人フリッツを被ったブルネットのポニーテール女が複数のM4A1とベネリショットガンをぶら下げ肩に────ありゃぁ!?。
「クレム、10時方向の一団、フリッツを被ったブルネットのポニーテール、右肩にイスラエルのマタドールを担いでいないか?」
すぐに大尉がスコープで確認した。
「ええ? ビンゴ。よく気づかれましたねダッド。あのメインとバーチカルグリップの近さはイスラエル製のロケット弾発射機です。でもあのブルネット酷い出で立ちだ。何ですかアフガンの民兵みたくジャラジャラとぶら下げて。腰の左右に消火器を2本も下げてマッチポンプですか」
国家安全保障局のマーサ・サブリングスが言っていた様にタール女があの三首の巨大な猛犬同様に危険な存在なら、それを警戒しての装備だとも考えられた。
少佐はマーサ・サブリングスと連絡をとる必要性を感じてリグのポーチからセリーを取り出し通知バーの電波強度のアイコンを確認するとまったく通信が取れていなかった。
恐らくは周囲と空を覆い隠してる輝くドームが基地局との電波通信を遮断ないし妨害してるのだ。
あの外野の連中は剣ぶつけ合う尋常じゃない2人に手を貸せずにいる。火器を持ちながら手出しを躊躇するには意味があった。
タイミングを失して手出しできぬか。
戦況が激しすぎ武力投入が即壊滅に繋がるか。
火力が敵防衛力に対し効力を持たないか。
「ジャベリンを2基用意しろ」
少佐の命にブラドル大尉がすぐに確認をした。
「ダッド、ジャベリンで人を狙うのか?」
「あのタール女は敵だ」
ダッドリー・マンスフィールド少佐がそう断言した刹那、双眼鏡の視界に映るタール女の黒髪が伸び始め絡まりドレッドの様になりそれぞれがシザーハンズのナイフの様に煌めき始め腰の横にまで達した。
「少佐、あのヘアスタイル、イケてませんか?」
バレットM107のナイトフォース・ベンチレストを覗いているジェフリー・ドゥルイット中尉が茶化した寸秒、ダッドリーはタール女がその数十本の凶器を振り回しタイトドレスの女へ突進したのを見て白髪の方が不利だと感じた。
「ははははぁ────」
魔法陣を物質化しやがったぁ────。
少佐がベルセキアと呼ぶ怪物が2度の高速詠唱で生みだした魔法陣を封じられアン・プリストリは引き攣った苦笑いを浮かべ掠れ声で笑い声を溢した。
アンダーリーイング・ランゲージ(:根底術式)の事は高等すぎて理解及ばないが、長剣片手にベルセキアと対峙するあんたがやってるんだとアンは決めつけた。
少佐──おめェ、ただの堕天使ぐらいに思っていたが、やってることは魔王と変わんねェじゃないか。この結界よりも強固な創出空間といい、マテリアル度外視の干渉術といい、暗黒の王と同じ様に次々に意表突く奥の手を引っ張り出してくるゥ。
裏煉獄の裁定者を俺様が名乗るのも恥ずかしいぐらいだァ。
おめェ、もしかしてルシファの親近者じゃないのか?
だが魔法を封じられた異界の怪物が大人しく────そうAPが思った矢先にベルセキアの髪がドレッド風に絡まり伸び始めそれの1本ずつがダイヤモンドの輝き放つ鋭利なナイフに変貌し始めた。
「あァ! やべェ、少佐ァ!」
数十本のロングナイフを振り回しマリア・ガーランドへベルセキアが突進したのを目の当たりにしたアーウェルサ・プールガートリウムは悪態をつきメイド服を翻し駆けだした。
10本の鋼断ち切れるナイフを操っていたベルセキアが、己の髪すべてを凶器に変えたのは、そこに打開する策を見いだしたからに他ならない。
だが追い込まれた駆逐艦が四方の空から駆け下りてくる対艦ミサイルに狂った様に弾幕を広げるのと変わりない。
10本のナイフが30になったところで瞬時に襲いかかられるのは大した差ではない。
大事なのは重圧に折れずに完徹する意志の強さ。
1000の銃剣に対し喧嘩売ったこの私にその程度で倒せると見切ったその愚かさ笑止。
顎を引きプラチナブロンドの間から覗く上目遣いのラピスラズリの三白眼が映したのは、合わせ40以上の異体ジルコニウム・ナイフを広げ迫る対魔族用戦闘兵。
マリア・ガーランドは敵を睨み据え右手に握る長剣の刃の先を左手でつかみいきなりタオルに戻した。
その布地を両手で波打たせた須臾、甲高い音を響かせ中央から交差し向かい合った2振りの剣に変換させ左右に振り下ろした。




