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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #32
159/206

Part 32-1 Full Frontal 最戦線

The Lake Central Park Manhattan, Box-Counting 7.8th-Dimensional 15:39


15:39 ボックスカウンティング7・8次元上のマンハッタン セントラルパーク ザ・レイク



 速すぎて間合いに入れない!



 眼に映る銀髪とベルセキアの繰り広げる近接格闘戦に加勢しようとを見計らっているシルフィー・リッツアはそのあまりにもの速さに圧倒され右手のファイティングナイフを握りしめたまま立ち尽くしていた。



 2人が瞬時に次々と立ち位置を変え様々な姿勢で繰り出しているそれぞれの刃物(ブレード)がものの形状でなく残像の繋がりのおびにしか見えない驚異。



 どうやってあの長剣(ロングソード)をそこまで素早く操れるんだ!?



 進化しもはや自分で倒すことかなわぬスオメタルの生みだした怪物に互角で渡り合う人間の存在にハイエルフは心打たれた。



 連続して聞こえるやいばぶつかるリズミカルな音が金属の打楽器の連打に聞こえ、不規則に銀髪が間合いを詰めては(ナックル)で殴り、伸ばし振り回す脚で蹴り入れそれを対魔族用戦闘兵がひじで受け足で弾き流し、また(ブレード)ぶつかる甲高い音が続いた直後、跳び退しりぞいたベルセキアの残像に銀髪が高い位置からかかとを落とし氷床ひょうしょうが砕けた。



 その脚をすぐに下げた時には銀髪はすでに右手に飛び戻った長剣(ロングソード)を握りしめて双方が互いに有利な方へと回り込みながらにらみ合った。



 あれほど激しく動きながら、そもそもからだの仕組みが通常の生き物と異なるベルセキアが息乱さずいる事より、右に回り込む銀髪が肩で呼吸していないのをシルフィーは驚いた。



 だが互角に見えて銀髪の方が不利だとハイエルフは思った。



 ベルセキアは戦闘に特化したからだの仕組みを持ち持久力では人間の比ではない。いずれ銀髪に疲労が見え押され始める。



 そうなる前にベルセキアを倒すべく回り込む銀髪の利き手(ストロングハンド)と逆側に着き加わろうとシルフィーは一歩踏みだすためにかかとから力抜き脚を上げかかった瞬間、背を向けている銀髪から鋭く怒鳴られ唖然となった。





「来るな、シルフィー! 攻めにくくなる!」



 なっ! 何で見もせずに重心をずらした事を気づいたんだ!?



 だがそれよりもハイエルフは銀髪の(ソード)を握る右手小指球の外側に血が滲んでいる事に気づき顔をこわばらせた。



 (ソード)を振り回していたのではない! 弾き戻る(ブレード)を銀髪は身体で直に打ち返し攻め続けていたのをエルフ族の戦士は初めて知った。



 流す血──銀髪が人なのだとシルフィー・リッツアにあらためて思い起こさせた寸秒、対魔族用戦闘兵が凄まじい猛速で踏み込んだ。











 両の手に10のロングナイフを持ち、えさの16倍の筋力がありながら、攻め落とせぬ事が苛立ちとなった。



 えさの女が動きについてくる事自体が尋常でなくそれ(・・)はこれまでに喰らったえさの肉体構造に熟達していながら銀髪の女がついて来れる理由に思い当たった。



 筋肉構造やエネルギー処理の読み誤りではない。





 こいつ、魔法による肉体強化をほどこしている。





 跳び上がりかかとを落としてきた銀髪が素足に近いかかと氷床ひょうしょうを砕いたのをそれ(・・)は素早く退しりぞきつつ見てそう確信した。相手が(ソード)持たぬ右に足を運びながら、えさごときにできておのれに出来ぬわけがないとそれ(・・)は術式を口ずさみ始めた。





"Skerpa og hraði eins og elding, Hratt fætur eins og Talaria með vængjum,, Styrkur og hraði hecant-cail með hundrað handleggjum, Komdu með hraðann sem ekki er hægt að fanga eins og Leshy, Svarti konungurinn Belial..."

(:雷光のごとき鋭さと素速さ、翼もつタラリアのごと駿足しゅんそく百腕の巨人(ヘカントケイル)ごとし力と速さ、レーシーのごとき捉えがたき敏捷びんしょうさを我にもたらせ、漆黒の王ベリアル────)



 詠唱(チャンティング)に合わせベルセキアの足下に64文字のキリル文字の様な古代エルフ語と象形文字による5重の黒き輝きを放つ魔法陣(マジックサークル)が広がり、それ(・・)は威光に包まれ能力が各段に上がるのを待った。



 その刹那せつな、銀髪の女が魔法陣(マジックサークル)外の氷床ひょうしょう長剣(ロングソード)を打ち込み起発した現象にそれ(・・)は顔を引きらせた。











 正しきものは何だろう、そう夜空に問うても暗闇は見つめ返すだけで答を授けはしない。



 この相似空間を創生するときにただ直情的に取り込んだすべてを有りのままに構築しようとはマリア・ガーランドは思わなかった。



 高次空間の限られた狭い世界を生みだす時に意識した幾つかの1つは、術式に頼るすべての魔法を封じること。





 敵と対峙する時には、その武具や防具を封じるのがセオリー。





 麻布を被せられ袋叩きにされる恐怖が抵抗心を奪い去る。





 マリア・ガーランドは左手に回り込んでいたベルセキアが歩み緩め詠唱(チャンティング)を始めた瞬間、敵が射程圏(レンジ)に踏み込んだのを知った。



 できるかできないかと逡巡しゅんじゅんする前にやってみると彼女は胸に誓った。



 殺戮さつりくの怪物よ知るがよい。



 魔法などという他力本願なものに依存し行使するものすべてに最大の弱点がある事を。





"Töfrum uppskrift, endurritun kjarna. Framkvæmd !"

(:魔法術式言語転換────実装!)





 そう宣言しマリアはおのれ持つ長剣(ロングソード)刃口きっさきを氷ついた湖面に突き立てた。



 一閃いっせん、人造戦闘生命体の足下に拡張していた黒き魔法陣(マジックサークル)が本質から甲高い金属音を響かせ変異した。



 唖然とした表情で自分が広げた魔法の法則行使術式を記述した魔法陣(マジックサークル)を見下ろすベルセキアが恐れを吐いた。





「何を──何をやりやがった貴様!?」



 文字すべて、リングや幾何学的紋様が吸い込む様な漆黒の輝きを失いマーブル模様に様変わりしていた。





「お前が乗っているのは、ただの薄い大理石よ」



 マリーに言われ対魔族用戦闘兵はおのれのスパイクを突き出した足裏で魔法陣を踏みつけると硬質な音が響き、最内側のリングに傷が入った。



「嘘だ──うそだ────こんな事ができるなんて────嘘だ!!」



 氷床ひょうしょうからやいば引き抜きマリーは長剣(ロングソード)刃口(ポイント)をキメラに向け宣言した。



「ベス! お前は私の世界で魔法1つ使えずに損耗そんもうし最後を迎えるしか道は残されていない」


 直後、ベルセキアは足を振り上げおのれ魔法陣(マジックサークル)だったものを蹴りくだき叫んだ。





「受け入れぬ────受け入れぬぞ人間の女め!!」





 直後、怪物はありったけの速さで高速(ファースト・)詠唱(チャンティング)を唱えた。



Svörtu dauðans Konungur myrkurs, Vinsamlegast svaraðu þessari rödd.Valdi þínu, Dýfðu yfirborðið með Hersveitir Sliver. Ég grét...Refsa fólki með krafti þínum !!"

(:闇の王にして死の漆黒よ、この声に応え求む。汝の力、レギオンススライヴァ(軍 団 の 暴 威)を持ってこの地のものを灰燼と化せ。我は叫ぶ──汝の力による処罰を!)


 一瞬に近い数十マイクロ秒で25フィート径の7重の光吸い込む178文字のエルフ語とルーン文字で示された魔法陣(マジックサークル)が対魔族用戦闘兵の足下に拡張出現しそれを中心に足下の光景が歪み流れ吸い込まれ始めた刹那せつな、マリア・ガーランドは又しても(ソード)氷床ひょうしょうに突き立て、ベルセキアはその音に後退あとずさってしまった。





 化け物が見下ろしたのは大きな揺るぎなき大理石の円盤。





 ただの石が魔法効力を持つわけがなかった。





 魔法攻撃を断念した対魔族用戦闘兵が周囲を閉鎖空間のリングでおおわれ逃げる術なくこの戦いを諦めるわけにはゆかなかった。



 ベルセキアが軽く頭を一振りすると漆黒のショートヘアが急激に伸び始めた。











少佐(MAJ)、あれモーションピクチャーですよね」



 ジェフリー・ドゥルイット中尉(1LT)がバレットM107アンチマテリアルライフルにマウントしたナイトフォース・ベンチレストスコープで見ながら隣で双眼鏡(ビノキュラー)で湖の中央を観測し続けているダッドリー・マンスフィールド少佐(MAJ)に問いかけた。



「ジェフ、お前は氷上にスクリーンが設置されている様に見えているのか? ──くそっ、あいつら人なのか!?」



 少佐(MAJ)の反対側でHKー416エンハンスドカービンを肩付けしトリジコン・アキュポイント1ー8x28ライフルスコープで見ているクレメント・ブラドル大尉(CPT)が落ち着いた声で控えめに伝えた。



「ダット、タール女の方ですが最初10本のダガーを広げ持っていると思いましたがシザーハンズに見えるんです。眼がおかしくなったのでなければですが」



 ダッドリーは自分も眼が変だと思っていた。



「クレム、あの白髪のミニドレスの女──タール女と大剣(クレイモア)を素手や足で打ち返してる。あんな(ソード)の使い方尋常じゃないぞ。(ブレード)の回転を見てみろハーキュリーズ(MCー130)のペラ並みに回転している。150ヤード(:約137m)離れているから辛うじて眼で追えるが、あいつらあの間合いでどうやって(ブレード)を見切っているんだ!?」



 (ソード)で斬り合うだけでなく合間に双方が蹴りを入れ(ナックル)や手刀を繰り出し応戦していた。



 スパンコールのタイトドレスの女がテコンドーのかかと落としの大技を外し双方が間合いを取るとあれほど飛び交っていた長剣(ロングソード)を右手に握りしめ刃口(ポイント)を下げタール女の方も指の延長に見えるロングナイフを両脇に下げ互いに利き腕を避ける様に右側へ回りだした直後だった。



 タール女の足下の氷床ひょうしょうに突然にまるで土の地面を掘削した様な円形の穴に見えるものが広がった。だがダッドリーは離れ距離をおいた横から見てるのでそれが開い穴とは言えなかった。ましてやタール女はそこに立ってスパンコールの女と争うべく右に回り込み続けている。



 じゃあ穴でなければあれは何だと少佐(MAJ)が思った寸秒、タイトドレスの女が氷上に(ソード)を突き立てた瞬間、タール女の足下の黒い円盤が薄い灰色に豹変した。



 氷床ひょうしょうに何かを塗っているとか、何かをいて色を変えたのではない。



 一瞬で乗用車の載りそうな広さの円盤が出現したり色を変えた。



 タール女が片足でその灰色の円盤を蹴りつけると割れた破片が飛び上がったのでダッドリーは氷だったのかと一瞬考えたが、色がこの距離でもわかるほど違っており彼はそれを否定した。



 直後、タール女とタイトドレスの女が何か言い争っている様に見え、前よりも大きな円盤が一瞬で広がりまるで中東で見かけた蜃気楼の様にそこに立つタール女の足首から下がゆがみだした。女の背後に見える乱立する大小の氷柱すらゆがみ揺れていた。



 それらがまたしてもタイトドレスの女が大剣(クレイモア)を氷に突き立てた瞬間消え失せ普通に見える様になった。



少佐(MAJ)、俺が見てるのが魔法陣(マジックサークル)に見えたんですけど」



 それが魔法陣(マジックサークル)と判別できるほどに軍人のお前はその手の事に詳しいのかとダッドリーは眉根を寄せた寸秒、その大きな灰色の円盤もタール女が蹴りつけ粉砕した。



 双眼鏡(ビノキュラー)を振るとその2人の近くに狩人(イエーガー)の様な服装のブロンドストレートヘアの長身の女が立っており右手にファイティングナイフを握りしめていた。他にもいるかもと少佐(MAJ)は左へ双眼鏡(ビノキュラー)をずらそうとした矢先に違和感に気づき振り戻した。



 その長身のハンティングガイドの様な女の顔の側面──ブロンドの髪から細長い耳のようなものが伸びていた。



 耳なのか!? いよいよ俺は眼が壊れかかっていると、あまりにも馬鹿馬鹿しく仲間にすら話せずにダッドリーはの西側の50ヤードばかり離れた場所に別な集団を見つけ、さらに変な奴がいるかもとつぶさに見ると不揃いの火器と装備を持った──1人フリッツを被ったブルネットのポニーテール女が複数のM4A1とベネリショットガンをぶら下げ肩に────ありゃぁ!?。



「クレム、10時方向の一団、フリッツを被ったブルネットのポニーテール、右肩にイスラエルのマタドール(MATADOR)かついでいないか?」



 すぐに大尉(CPT)がスコープで確認した。



「ええ? ビンゴ。よく気づかれましたねダッド。あのメインとバーチカルグリップの近さはイスラエル製のロケット弾発射機です。でもあのブルネット酷いで立ちだ。何ですかアフガンの民兵みたくジャラジャラとぶら下げて。腰の左右に消火器を2本も下げてマッチポンプですか」



 国家安全保障局(N S A)のマーサ・サブリングスが言っていた様にタール女があの三首みつくびの巨大な猛犬同様に危険な存在なら、それを警戒しての装備だとも考えられた。



 少佐(MAJ)はマーサ・サブリングスと連絡をとる必要性を感じてリグのポーチからセリーを取り出し通知バーの電波強度のアイコンを確認するとまったく通信が取れていなかった。



 恐らくは周囲と空を覆い隠してる輝くドーム(シーマ)が基地局との電波通信を遮断ないし妨害してるのだ。



 あの外野の連中は(ソード)ぶつけ合う尋常じゃない2人に手を貸せずにいる。火器を持ちながら手出しを躊躇ちゅうちょするには意味があった。



 タイミングを失して手出しできぬか。



 戦況が激しすぎ武力投入が即壊滅に繋がるか。



 火力が敵防衛力に対し効力を持たないか。



「ジャベリンを2基用意しろ」



 少佐(MAJ)めいにブラドル大尉(CPT)がすぐに確認をした。



「ダッド、ジャベリンで人をねらうのか?」





「あのタール女は(スレット)だ」





 ダッドリー・マンスフィールド少佐(MAJ)がそう断言した刹那せつな双眼鏡(ビノキュラー)の視界に映るタール女の黒髪が伸び始めからまりドレッドの様になりそれぞれがシザーハンズのナイフの様にきらめき始め腰の横にまで達した。







少佐(MAJ)、あのヘアスタイル、イケてませんか?」



 バレットM107のナイトフォース・ベンチレストをのぞいているジェフリー・ドゥルイット中尉(1LT)が茶化した寸秒、ダッドリーはタール女がその数十本の凶器を振り回しタイトドレスの女へ突進したのを見て白髪の方が不利だと感じた。











「ははははぁ────」



 魔法陣(マジックサークル)を物質化しやがったぁ────。



 少佐(LCDR)がベルセキアと呼ぶ怪物が2度の高速(ファースト・)詠唱(チャンティング)で生みだした魔法陣(マジックサークル)を封じられアン・プリストリは引きった苦笑いを浮かべかすれ声で笑い声をこぼした。



 アンダーリーイング・ランゲージ(:根底術式)の事は高等すぎて理解(およ)ばないが、長剣(ロングソード)片手にベルセキアと対峙たいじするあんたがやってるんだとアンは決めつけた。



 少佐(LCDR)──おめェ、ただの堕天使ぐらいに思っていたが、やってることは魔王と変わんねェじゃないか。この結界よりも強固な創出空間といい、マテリアル度外視の干渉術といい、暗黒の王と同じ様に次々に意表突く奥の手を引っ張り出してくるゥ。



 裏煉獄うられんごく裁定者(ルーラー)を俺様が名乗るのも恥ずかしいぐらいだァ。



 おめェ、もしかしてルシファの親近者じゃないのか?



 だが魔法を封じられた異界の怪物が大人しく────そうAPが思った矢先にベルセキアの髪がドレッド風にからまり伸び始めそれの1本ずつがダイヤモンドの輝き放つ鋭利なナイフに変貌へんぼうし始めた。





「あァ! やべェ、少佐(LCDR)ァ!」





 数十本のロングナイフを振り回しマリア・ガーランドへベルセキアが突進したのを目の当たりにしたアーウェルサ・プールガートリウムは悪態をつきメイド服をひるがえし駆けだした。











 10本のはがね断ち切れるナイフを操っていたベルセキアが、おのれの髪すべてを凶器に変えたのは、そこに打開する策を見いだしたからに他ならない。



 だが追い込まれた駆逐艦が四方の空から駆け下りてくる対艦ミサイルに狂った様に弾幕を広げるのと変わりない。





 10本のナイフが30になったところで瞬時に襲いかかられるのは大した差ではない。





 大事なのは重圧に折れずに完徹かんてつする意志の強さ。



 1000の銃剣(バヨネット)に対し喧嘩売ったこの私にその程度で倒せると見切ったその愚かさ笑止。



 あごを引きプラチナブロンドのあいからのぞ上目遣うわめづかいのラピスラズリの三白眼が映したのは、合わせ40以上の異体ジルコニウム・ナイフを広げ迫る対魔族用戦闘兵。



 マリア・ガーランドは敵をにらみ据え右手に握る長剣(ロングソード)(ブレード)の先を左手でつかみいきなりタオルに戻した。







 その布地を両手で波打たせた須臾しゅゆ、甲高い音を響かせ中央から交差し向かい合った2振りの(ソード)に変換させ左右に振り下ろした。












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