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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #30
153/206

Part 30-5 Ambush 待ち伏せ

29 Clamshell Rd.(Road) Clinton Leominster, MA. 15:06


15:06 マサチューセッツ州レミンスター クリントン クラムシェル・ロード29番地



 一目しただけだと普通のガレージでとても自動車整備工場に思えない白い民家を通り過ぎると60ヤードほどでパトリシアが言う貯水タンクともサイロとも見れるつたで覆われた円筒のものがあり、その道向かいの古い平小屋にカエデス・コーニングが逃走に使っていたシルバー・メタリックのGMビュイック・ラクロスが突っ込んで止まっていた。



 セダンの横にアリシアは自分がハンドルを握るフォード・スーパーデューティーを止め少女に尋ねるようにつぶやいた。



「あいつがこの近くにいるのね?」



 すぐに返事をしないパティを振り向き見たアリシアは少女が眉間にしわを刻み吐いた言葉に怪訝な面もちになった。





「起きて、フランカ──フランカ・ファン・フェーン!」





 起きて? フランカって連続殺人鬼(シリアルキラー)を追って森に入り込んでいる女性警官じゃないの!? アリシアはパティを問い詰めた。



「どうなってるの!?」



 急くように助手席側のドアを開いてクルーザーから下りかかった少女が早口で説明した。



「フランカが何かのトラップ(わな)にかかって気を失ってるの! 急がないとあの男が────起きて、フランカ! 彼女が眼を覚まさないと森のどこにいるのかわからないわ!」



 保安官補はダッシュボードからクイックドロウ・ホルスターに入れたグロック21を取り出し、車から下りるなり右腰のやや後ろの革ベルトにホルスターのクリップを差し込みドアを閉じた。



 アリシアがボンネットを回り込むとローラ・ステージも車から下りて森を見回していた。



 別れ手分けしてもその女警官がどこにいるかを探れるのは少女1人。時間の無駄と狡猾こうかつなカエデスに襲われる危険性が増すだけで意味がなかった。3人が互いに見える範囲で森を探るしかない。



「一緒に行き──」



 アリシアは言いかけている刹那せつな、FBI警部が小屋の先にある壊れ掛けた木の柵に向かってさっさと歩き始めるのを唖然と見つめ悪態をついた。



"Damn FEDS..."

(:くそったれのFBI──)



 その後にパティがついて行き、アリシアも小走りになって追いかけた。



 先を行くFBI警部は塞ぐ柵の上の段の1枚を蹴り折りまたいで乗り越え、パティが跳び越えた。アリシアはそこがそばに見えている家の敷地ではないのかと、銃を向けられた時のためにポケットから保安官補のバッジを取り出し左手に握りしめて柵を乗り越えた。



 少女が言うように女警官が気絶してるならどうしてローラ・ステージは知ったようにどんどんと歩いて行くのだと、追いついたアリシアは苛つきながらパティに尋ねた。



「そのフランカという人をもっと──ショックを与えて気が付かせられないの?」



「そうするのは簡単だけど、いきなり犬の前に差しだされた子猫がどうなるかアリシアさん想像してみて」



 そんなもの考えるまでもなかった。



 そのフランカ・ファン・フェーンはパニクって事態対処ができないのはわかりきっていた。そば連続殺人鬼(シリアルキラー)がいるならなおさら避けなければならない。



「パティ、その警官って銃を持って追いかけてたのよね」



「ショートバレルのイサカM37」



杭打ち(ステークアウト)じゃないの!?」



 アリシアは顔をしかめた。女警官が手にするショットガンが長ものだとばかりに思っていた。だったら森ややぶでも自在に振り回せる。出合い頭に散弾を浴びせられるのは御免こうむりたかった。アリシアはホルスターから21を引き抜き右手の人さし指はトリガーガードの外に伸ばし両手で胸の前にホールドし歩いた。



 一瞬、保安官補は先を急ぐローラ・ステージがカエデスから撃たれればいいと思いつき、馬鹿な事だと考えをてた。



 森が長く続くと思っていたアリシアは先で向きを変えたローラが開けた野原のような場所に出たので心臓をあおられた。



 300ヤード(:約274m)ほど先まで開けた細長い野原だった。



 開けて見晴らしが良いのは、カエデスからも丸見えだった。ショートバレルのM37では有効レンジはシェルの種類にもるがせいぜい100ヤードほどで、弾幕が開ききってしまい軽傷しか負わないとわかりながらもアリシアは気分の良いものではなかった。野原は縦長で横の森から狙われたら十分に射程圏だった。それにもしダブルオーバックなら短銃身でも200ヤード近くがレンジになる。



 ローラは数十ヤード歩いて顔を右に向け見つめるといきなり右手の森へ入り込んだ。道先案内のはずの少女が後に続いている。



「ローラ! 闇雲に歩くのは止めなさい!」



 アリシアは離れかかったFBI警部へできるだけ声を潜め警告すると警部がとんでもない事を返した。



「こっちよ。ゲス(・・)の臭いがするから」



 臭いですって!? それは臭いなんかじゃなくてあんたのかんでしょう! そう思いながらアリシアは眼の前の少女を追い抜いてローラ・ステージの斜め後ろを歩いた。



 森は落ち葉や小枝が多数落ちていて静かに歩くのは不可能に近かった。



 警察の訓練施設で屋内突入や有効射程射撃はけっこうやらされたが、森での対処など生まれてこの方1度もなかった。



 そう言えばカエデスに殺され遺棄いきされた女性達の遺体も森かその近辺にあった。



 あの男は皮膚をいだ女性達をどうやって運んだのだろうか。森は木陰が多くけっこう歩き辛い。全裸の女性をそのままかついで運ぶと血だらけになる。かといってビニールなどに包むと持ち難かっただろう。



 あの男の本質が森を選ばせるのだろうか。



 身を隠すものが無数にある森。



 実家の農作業小屋で隠れるように趣味に高じて犯罪に走った異常者。



 アリシアはあの夜、農作業小屋の出入り口袖壁に身を寄せて中の様子を探っていて、奴からいきなり木製の薄板越しにピッチフォークで刺された事を思いだした。



 あの時はあいつの脇腹や太腿ふとももを撃ち抜いた。





 だが次は最後にしたいとアリシアは願った。





 今度は迷わず額を撃つ。





 ショットガンを向けられればそれがゆるされる。



「できるもんですか──お前はまたあいつを捕らえるのよ」



 木の幹を回り込みながら背姿でローラ・ステージがそう告げアリシアは眼を丸くした。自分は知らずして声に出していたのだろうか。そんなに困惑していたのだろうか。



 いきなりFBI警部が立ち止まり右手の平を開いて肩の上にあげた。



 それを眼にして同時にアリシアとパティは無言で立ち止まった。



 ローラは右手の人さし指と中指を伸ばしそろえ右に振ったので、アリシアは右手に回り込めと了承し足音を殺し前方の木立の先を見つめながらどこにカエデスがいるのだと注視しながらゆっくりと脚を運んだ。



 ローラ・ステージとパトリシア・クレウーザが左手に回り込んでゆくのがアリシアは視野のすみに見えていた。それが大きくは離れてゆかない。



 ならカエデス・コーニングはこの数十ヤード以内にいるはずだと保安官補は想定した。



 だが見えるのは不規則に立ち並ぶ幹と枝葉の間から差し込んだ明かりで幾ばくかの影の合間だった。



 アリシアは木の幹と次の幹との間の移動時間をできるだけ減らし身をさらすのを避けた。いきなりカエデスから撃たれても広がる散弾をいくらか幹でかわせたら即応で撃ち返せる。無傷で帰れるなど甘い事を考えはしなかった。



 少し進むと40ヤード先の木の根元に人が座り込んでいるのが見えた。座り込んでいる? いいや、後ろ手に座らされてる。タンクトップ姿でパティの言っていた女警官らしかった。気を取り戻していてチャコールグレイのポニーテールを揺すり周囲を見回していたが猿ぐつわをされ口を塞がれている。ローラ達かこちらに気づき何か伝えようとしてるがうなり声しか出せずにいた。



 何を伝えようとしてるの?



 そうアリシアが思った矢先にうなじ逆撫さかなでされ、いきなりパトリシア・クレウーザの声が聞こえてアリシアはそばに少女が来たのかと顔を振り向けた。





────アリシアさん、気をつけて奴が近くに隠れているわ! フランカさんをおとりにしてるの!





 かたわらにパティはいなかった。まだ首筋が鳥肌立っていた。思考に入り込まれるのがこんなにも違和感をともなうのだとアリシアは初めて知った。



 女警官も同じように少女が入り込み眼を覚まさせたのだと保安官補は思った。



 カエデスが女警官をおとりにしてるとしても男の姿はどこにもなかった。60ヤードほど先の木の幹をローラ達の姿が見え隠れしていた。



 アリシアはふと悪寒が走りグロック21のセーフアクション・トリガーに指を載せ銃口と視線を振り上げた。





 頭上ががら空きだったと危機感に鷲掴わしづかみにされた。











────起きてフランカさん! 起きて!!



 少女の呼び掛け声がはっきりと聞こえてフランカ・ファン・フェーンは眼を覚ました。顔が激しく痛み鼻が折れていないか手を上げようとして後ろ手に縛られている事に気づいた。



 そうだわ! 森で男の臭いをぎとって見つけ出し銃口を向けたら男が身をひねりいきなり落ち葉の上に倒れ込んだんだ。



 その男を飛び越えなわを巻き付けられたバスケットボールほどの黒い塊がかなりの勢いで迫ってきた。



 そこから記憶が飛んでいた。



 縛られているという事は男にステイクアウトを奪われた事に他ならなかった。その男の臭いがまだ強く感じられた。散弾銃を手にした男も近くにいるのだとフランカは焦った。



 女警官はそばにいる少女の身の危険を感じて逃げるように警告しようとして口に布で猿ぐつわをされている事に気づいた。



 せめて口枷くちかせだけでも少女にほどいてもらおうとフランカはうなった。



────心配しないでフランカさん。今、3人で助けに向かっているから。



 フランカは銃を手にした男がそばにいるのだと少女にだけでも伝えようとうなりながら顔を左右に振り向けた。





 3人で助けに向かっているから(・・・・・・・・)!?





 まるで少女が遠くから話し掛けているようだとフランカは困惑した。



 辺りを見回して縛りつけられている木の後ろ以外に男どころか声の聞こえる少女の姿もなかった。



────フランカさん、おどろかないで。あなたの意識に直接語りかけているの。私はパトリシア・クレウーザ。そばにFBI警部と保安官補もいるわ。



 意識に直接!? それをフランカは素直に受け入れた。疑う理由はなかった。自分だって人の数万倍の臭覚を持っているのだ。人に言葉をかいさず直接脳に話しかける術があってもおかしくない。



────そばにカエデス・コーニングはいるの?



 カエデス・コーニング? フランカはたぶんあの男の事だと思いうなりながら声にならない返事をした。





 見える範囲にいないけれど近くにいるわ! 臭いがするの!





────わかったわ。用心して近づく。場所を教えて。私達は平小屋にシルバーのセダンが突っ込んだ場所から柵を越えてわずかな木々を抜けた場所に広がる野原の中間から右へ森に入り込んで真っ直ぐ歩いてあなたを探しているの。



 フランカは少女達の足取りがわかった。自分が歩いて来たのとほぼ近い場所を歩いている。





 右手に大きな池か、左手に住宅地が見えてる? 森に覆われた小道を横切った?





 そうフランカが意識するとすぐにパティの声が聞こえた。



────左右ともずっと森が続いていて池も住宅地も見えないわ。小道も見てない。



 なら真っ直ぐにこちらへ向かっている。300ヤードも離れていないとフランカは思った。





 真っ直ぐに。300ヤード以内に私は木の根元に縛り付けられて座らされてるわ。気をつけて。カエデスという男は私のショットガンを手に待ち構えているのよ。





────了解(コピィ)。すぐに行くわ。



 その声を最後にフランカは少女の声が聞こえなくなり意識を臭覚に集中した。微風は9時から10時の方向から吹いている。カエデスという男の臭いがするという事は少なくとも8時から11時の範疇はんちゅうにいるのだ。臭いの強さから50ヤード以内に間違いなくいるはずだった。



 だがおかしい。見えている木々の間にそのカエデスという男の姿が見えない。フランカは木の幹に男が隠れているのかと眼を凝らしていると奥の木陰からスーツ姿の肩までのウエーヴがかったブロンドの髪の女性とチャコールブラウンのショート・ヘアの女性が姿を見せた。ブロンドの方の女の斜め後ろにティーンの女の子が見え、フランカはその子がパティだと思った。なら服装から紺に近いダークカラー・スーツの方がFBI警部。オリーブドラブのジャンパーを着てる方が保安官補。



 3人はこちらに気づいておらず、ブロンド髪のスーツの女とパティが右に回り込みだし、チャコールグレーの髪の女の方はグロックを握りしめ左手を回り込み近づいてくる。



 彼女達からもカエデスが見えていないとなるといったい男はどこに潜んでいるのだとフランカは不安を膨らませた。



 顔立ちまでわかるほど保安官補の方が回り込み近づくといきなり立ち止まり銃口を振り上げ生いしげる枝葉の方を見上げたのでフランカ・ファン・フェーンも顔を上げかかった寸秒彼女は盛り上がりかかった落ち葉に顔を引きらせた。











 あの押し入った家でショットガンで発砲してきた女が森の中を追いかけてくるとの予感がカエデス・コーニングにはあった。



 だが押し入った家で手斧ておのは銃弾で撃ち砕かれ素手で逃げて来てるので銃を手にしたものを相手にするには厳しかった。



 森の中で偶然見つけたこけだらけのなわを使い、バスケットボールほどの岩を土から起こし上げなわで縛り顔の高さで木に吊しそれを別な木に引っ張った。



 岩を横様にぶつけるつもりだった。その方が気づかれずにうまくいく。そのために木の幹に背を預け前からあのタンクトップ姿の女が来るのを待ち構えた。



 だが、まさか横から来るとは思いもしなかった。



 いきなり左側から怒鳴られ命じられた事に驚いた。



「動くな! 動いたら撃つ!」



 強ばらせた視線を横へ向けると濃紺のスタジアムジャンパーを着込んだあのチャコールグレーのポニーテールの女がショットガンを構えていた。



「手をゆっくりと頭より上げろ! 手のひらを開いてだ!」



 女が来る方向は予想したのと違っていたが、位置は悪くなかった。カエデスは従順になる素振りで両腕をゆっくりと上げ始め女の方へ振り向いた。だが右手だけ握りしめていた。



 いきなり地面に倒れ込んだら女は視線と銃を振り下ろすだろう。そこが付け目だった。



 カエデス・コーニングはいきなりなわを握りしめた腕を女の方へ大きく振り下ろし、地面に伏せた。背後の木々の枝葉から岩が外れる音が聞こえ、岩のうなりまで耳にしたようだと連続殺人鬼(シリアルキラー)は思った。





 サンドバックをたたくような激しい音と共に落ち葉に重いものが落ちる連続した音が聞こえ、カエデスは顔を上げると仰向けに倒れ込んだ女とその先になわから外れた岩が落ちていた。



 きつく縛った岩が簡単に外れるとは思いもしなかった。カエデスは伏せた自分の上に岩が落ちてこなく助かったと思いながらつぶやき立ち上がった。



"Life is unexpectedly good..."

(:世の中、案外に思った以上に良い方へ転がり込むもんだな)



 カエデスはまずイサカのショットガンを拾い上げ倒れた女へ銃口を向けながら歩き寄った。女はどうやら岩をまともに顔で受けたようだった。片側の鼻孔から血を出して完全に気を失っていた。



 カエデスは女のそば両膝りょうひざをついて腰を下ろしスタジアムジャンパーを脱がせその上着の裏地の背中部分を引き破り広い布地を細長く丸めると横を向いている女の口に猿ぐつわとして回し後頭部できつく結んだ。



 そうして彼は立ち上がり枝に回し掛けているなわの片側を引っ張り引き抜くと、自分が立っていた太い幹の根元に女を引っ張ってゆき両腕を後ろに回させ手首を縛りつけそのなわの残りを木に数回しして手の届かない幹の背後で縛りつけた。



 女が1人で追ってきたとは思えなかった。



 きっと近隣住民か、警官を呼んでいるはずだった。



 何人相手にできるかは、ショットガンの残弾数によりけりだった。カエデスはショットガンを拾い上げ地面に片(ひざ)をついてショットガンのフォアエンドを左手でつかみ連続して前後にスライドさせ始めた。チューブマガジンから尾筒(ブリーチ)薬室(チェンバー)へ1度放り込まれたショットシェルが次々に下部から排莢はいきょうされ膝元ひざもとに5個のショットシェルが転がった。



 パッケージを見るとOが3つ並んで表記されている。トリプルオーバックだった。鹿撃ち用の散弾なので効果はあるが、同時に数人に当てるなぞ望めない。



 頑張ってみても撃ち合って2、3人しか倒せないだろう。



 カエデスは下部エジェクトポートからチューブマガジンに次々にショットシェルを押し込み途中で1度フォアエンドを引いて薬室(チェンバー)に1発装填し最後の1発をエジェクトポートからチューブマガジンへ装填した。







 その合間に思いついた事に彼は両の口角を吊り上げほくそ笑んだ。











 アリシアはふと危機感にグロック21のセーフアクション・トリガーに指を載せ銃口と視線を振り上げた。



 木の上に待ちかまえている事を失念していた。



 頭上から撃たれるだけでなく、飛びかかられる危険性もあったのだ。枝葉の間を木の幹に近い場所から視線と銃口を向けて異質なものを探ってゆく。



 顔と銃口を横に向けようとした刹那せつな、アリシア・キアは視野の右下で落ち葉が盛り上がるのを確かに眼にしてあわてて銃口を振り下ろそうとし視線が先にそれをとらえた。





 わずか10数ヤードという近さに地面に両膝りょうひざをついて上半身を起こしショットガンを構える連続殺人鬼(シリアルキラー)が見えた一閃いっせん────男の銃口が火花を吹いた。












☆いつもご覧くださりありがとうございます☆


 お陰様で累計PV10000を越えました。

  ありがとうございます(ФωФ)ω


  次話掲載予定のお知らせ。

 時刻未定で6月21日(日曜日)掲載を予定しております。

 また諸事情により変更いたします場合があります(ФωФ)ω


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