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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #30
151/206

Part 30-3 Absolute Death Area 絶対死滅領域

Central Park, Manhattan 15:18/

Crossing 930 5th Ave, Manhattan 15:21


15:18 マンハッタン セントラルパーク

15:21マンハッタン5番街930番地交差点



 まるで漆黒の猛禽もうきんにらみ据えられているようだ。



 天をつらぬ連峰れんぽうの様に膨れ上がる邪悪なる魔力の増大にシルフィー・リッツアは鳥肌立ってしまった。



 ベルセキアがこの地に魔王を呼び込んだのか──まさか、召還術で組み伏せる事のできる相手ではない。



「何を感じてるの?」



 スージー・モネットに尋ねられ、ハイエルフはしげる緑の上に連なる東側のビル群を見つめながら上の空で応えた。



「ベルセキア──だと思うんだが、魔力が────違い過ぎる。大魔王クラスの────」



 魔力が大きすぎて場所の把握が大雑把おおざっぱでしかわからないとシルフィーは困惑した。山のふもとに近づき過ぎると山の全体像がつかめないのと同じだった。すぐ近くにあるとしか言い様がない。



「あのクリーチャーが貴女あなたの世界から何かを呼び込んだの!?」



 ドクがかたわらの異界人へ硬質な口調で問うた。



「違う──もしかしたらあいつが────そんな馬鹿な────こんな短時間で────」



 つぶやいていたシルフィーがみなへ振り向き警告した。





「逃げた方がいい。ベルセキアがさらに力を増している。お前達の火力ではあれ(・・)に小石を投げつけるほども意味がない」





「あぁあ!? 尻尾巻けだぁ!? あの化け物女が今更いまさらパワーアップしてもどう違うと言うんだよぉ!?」





 ずぶ濡れのジェシカ・ミラーが水没して使い物になるかわからぬ大口径狙撃銃を胸に抱いてアン・プリストリの様な巻き舌で言い返した。



 別な話し声が聞こえ5人のものが振り向くとセルラーで話しながらマーサ・サブリングスとダニエル・キースが歩いて来た。



「──ですから、知事、非常事態宣言をお願いします。もう州兵や、ましてや市警の力でなんとかできるレヴェルではなく──お願いいたします。私どもは現場にとどまり打開策を探ります」



 通話を切った国家安全保障局(N S A)ニューヨーク支局長は眼の前のもの達が陰鬱な表情を浮かべていることに不安になり誰ともなく尋ねた。



「どうしたの? ヴェロニカ・ダーシーはどこに行ったの?」



 キメラを乗っ取られた部下の名で呼び続けるマーサへスージー・モネットが冷静に告げた。



「もうあなたの部下ではないのよ。我々に逃げるべきだと彼女が勧告してくれてたところなの。あの怪物がさらに力を増したそうよ」



 ドクが軽く顔を振って斜め後ろの異界人を指し示すとマーサ・サブリングスは1度唇を固く引き結びハイエルフに問いかけた。



「ヴェロニカや市民を見捨てて? 力を増したって!? どこからそんなに次々に引っ張って来れるの?」



ベルセキア(・・・・・)は自然淘汰の産物ではない。我々のうかがいしれぬ闇の王道を歩む唯一の極限戦闘体だ。もう君らが用意できる──核爆弾を持ってしても倒せないかもしれない」



 核爆弾を使い殺せぬ生き物がいるものかとその場の数人は感じたが、この数時間あらゆる常識をくつがえしている化け物に言い知れぬ暗雲の遠雷を確かに眼にしていた。



「まもなく州兵により市民の退避が始まるわ。それまで我々があのヴェロニカをきつけ時間を稼ぎます」



 マーサがそう告げるとシルフィーが冷ややかにみなの末路を吐き捨てた。





"You're going to choose to annihilate. It's called barbaric."

(:全滅を選ぶのだな。それを蛮勇という)





"When you come to a roadblock, take a detour."

(:先を塞がれたなら、回り道すればいいわ)



 マーサは挑むようにハイエルフを見つめ応え、みなに命じた。



「全員残弾と武器が使用可能かを確認。凍った湖では対応できないわ。東岸へ行きましょう」



 武器や弾薬を確認しながら歩き出すとマーサはドクに尋ねた。



「ドクター、あのレーザー兵器はあなた達の装備なの?」



「ええ、我々の狙撃銃よ」



「狙撃銃? 銃? まるで大砲の様な威力があったわ。ヴェロニカ・ダーシーがきりきり舞いしてたわね。でも狙撃手は無事だったかしら? ヴェロニカもビームの様な魔術で反撃していたから」



「うちの連中は簡単には死なないわ。心配ご無用よ」



 マーサは思うところがあってドクターにもう少し尋ねようとした寸秒、彼女のセルラーの呼び出し音が鳴りだした。



「はい、マーサ・サブリングスです」



 返事をした彼女がいきなり歩み止まったので他のもの達も気になり止まり振り向いた。



「──良かった。来てくれて──はいそうです。実戦演習ではないんです。敵は人の姿をしてますがこの世界の生き物ではなく武器の代わりに魔術を使い高度な攻防をします──ええ、からかっていません。本物の魔法なんです。対装甲兵器を用意願ったのはそのためですが効果を期待できるか目下のところとても危惧しています。数千発の銃弾にもひるみません────ええ、最後に確認した外観は全身タールまみれのショートヘアの女性姿ですのであなた方にも見間違いようがありません────はい、セントラルパーク東側で火線が開いていればそこが前線で敵の居場所です────お願いいたします。十分に用心されて下さい」



 マーサが通話を切ると数人がハモるように尋ねた。



「何を呼んだんだ!?」





「デルタフォースよ」



 その名を知っているものは顔を強ばらせジェシカ・ミラーが殺し屋連中だと抗議しようと口を開いたが、それを割って入る様にシルフィー・リッツアが警告した。





「逆側へ逃げろ。見ろ木立が軒並み命を失ってゆく! あいつ(・・・)の方から来たぞ! 命を吸い取られるな!」





 顔を振り向けた全員が東側の木々が一斉に枯れてゆくのを眼にして後退あとずさり始めた。











 清々しい。



 えさどもの言葉を借りるなら、心澄み渡る朝日を浴びている様だと感じた。



 弱い生き物はより上位の生存のためにある。



 踏みつぶ蹂躙じゅうりんするのが生きるという事だとベルセキアは思った。



 人間の肉体的器官である脳を吹き飛ばし居座っていた前任者の存在を霧消させ、新たな頭部を生み出す素材を得るためにもう口で喰らう必要もなかった。



 70ヤード足らずだが、生きとし生けるものすべてからマナと生命力を奪い取れると気づいた。大は生い茂る樹木から小はひねり潰せる虫以下の微生物まで、何もかもから奪い取れるこの力にどうして気づかなかったのだろう。



 今はまだその絶対死の領域が狭いが問題ではなかったが、やがてその略奪の効果及およぶ範囲は見渡す地平への先にまで伸びるだろう。



 ハイエルフ族の魔導師(ソーサラー)スオメタル・リッツアは実によく考え我を作り出してくれたとベルセキアは感心した。生命力(バイタル)吸収(ドレイン)さえあれば物理攻撃や魔力攻撃など恐るるに足らなかった。



 触れずとも近寄るだけで勝利を手にできる。



 これこそ魔王たるステイタス──絶対君主の能力(スキル)



 ベルセキアはセントラルパーク東沿道の五番アヴェニューの4車線ある中央で横を振り向いた。



 遠巻きに見ていた野次馬の前列にいた数十人が倒れミイラ化しており、辛うじて生き延びたものはすでに蜘蛛の子を散らす様に通りからいなくなっていた。



 だが力はあふれる様に内にあり、不安は微塵みじんにも感じない。



 だが不満はあった。



 あのハイエルフ族魔導師(ソーサラー)スオメタル・リッツアの血筋であるハイエルフ族唯一の生き残りと、姿を自在に消せるこの世界のえさどもの兵士──黒の戦闘服(バトルスーツ)を着込んだものらを生かしておいてはならない。



 ねずみ数匹は取るに足らなくとも、膨大な群になると巨大な肉食獣も喰い殺す事ができる。



 それ(・・)は連中がまだセントラルパークの湖周囲にいると思った。



 歩道に向かい足を繰り出し始めると、左から軽い連続した発砲音が聞こえ、幾つもの金属のスピッツアーが皮膚に当たり滑り跳弾ちょうだんとなって様々な方へ跳び消えた。



 ベルセキアは顔を振り向ける事もせず左耳の前に第2の上下組の目を生み開くと、100ヤード余り先の路上停止した数台の車の陰からわずかに身を乗りだしたNY市警警官(ブルースチール)どもがカービンを撃っているのを見た。



 その方へそれ(・・)は左手を伸ばし指を鳴らすと津波のごとき爆風が吹き抜けトランク側から浮き上がった乗用車がひっくり返り数人の警官らを押しつぶし、かわした警官らも暴風に脚を浮かせ飛ばされた。



 そうして漆黒のベルセキアは歩道へ歩き公園敷地外縁のブロック塀の手前に置いてあるベンチを踏み塀を乗り越えた。



 それ(・・)が近づいた人の胴よりも太い木々は自重を支えきらずに次々に粉砕しくずれ落ち多量の粉塵ふんじんが舞い上げた。



 跳び上がり一瞬でハイエルフらの場所に行くのもよかったが、空中におどり出た瞬間あの姿消す兵士らの武装で撃たれる可能性があった。



 それに歩きながら様々な生き物が乾燥しきった落ち葉の様にバラバラになるのを見回しながら歩いて行くのも悪くないとベルセキアは感じた。



 20ヤードほどで1度(くず)れ灰の山になった木々の名残りの間を抜けると小さな赤煉瓦の壁をした若葉色の屋根をした小さな家の裏に出た。



 右へ回り込み行くと『屋台』のそばに服を着たミイラが3体倒れていた。用心する必要もない。生き物として完全に干からびた絞りかすが脅威のはずがなかった。



 石畳を歩き4段の薄段を下りると立った歩道の左右にも数体のミイラ化したえさどものむくろが転がっている。



 ベルセキアはふと気づいた。



 木々や草は灰になるほどくずれるのに、人はミイラ化で止まっている。粉砕するまで干からびたものをまだ目にしていなかった。どうして動物と植物とでは生命力(バイタル)吸収(ドレイン)の影響に差がでるのだろうか。



 命の構成要素の違いからか。



 それ(・・)は遊歩道を隔て正面にある2.8エーカー(:約11330平方m)の池に2つの低い柵を押しのけ入り込んだ。池は浅く胸までもない水溜まりのようものだった。



 喰らったえさの記憶のどれかが、この池は暑い時期は幼少のえさらが模型の『船』を浮かべ遊び、最も寒い時期に凍りつけば『スケートリンク』に使われているだけなので貯水量は問題でないとわかった。



 模型の『船』を浮かべ遊ぶとはどういう事か? ベルセキアは遊ぶ(・・)という概念が理解できなかった。



 生き物が生命の維持に最低限必要な食事や睡眠、望まぬ労働とは違う。己の自己満足やストレス解消のためなら、もはや生命維持に必要でもない生命力(バイタル)吸収(ドレイン)は遊んでいるという事なのか。



 摂取せっしゅという行為が生き物の食事を意味するなら遊びではないはずだが、大いなる自己満足とストレスの解消となっていた。



 70ヤード余りの池を渡り終え、遊歩道へ上がると周囲の木々ややぶの植物が急激にしおち落ちる。



 えさを模したブロンズ像のかたわらを抜け真っ直ぐに凍りつかせた湖を目指した。ハイエルフの気配が濃厚に感じられ始めた。



 ベルセキアは他のハイエルフを襲った時には感じなかった気配を、生み出したスオメタル・リッツアの様に感じるのは同じ血筋だからだろうと思った。



 だがこちらから見ているということは、向こうからも見えている。



 それなのにあのハイエルフの生き残りが移動している様子を感じ取れない。





 正面切って雌雄を決するつもりなら、無駄だった。





 ハイエルフとはいえ絶対死圏内に入ればひとたまりもなく命をしぼり取られるだろう。その事をあいつはまだ知らぬ。気づいた瞬間にどんな表情を浮かべるか見物だとそれ(・・)は思った。





 これこそが愉悦────遊びの感覚なのかもしれぬ。











 空中を自分の方へ向かい降下してくる艶消し黒(マッドブラック)の女をスコープのヘアラインで捉えきれずにいた一閃いっせん、誰かがビームを照射し化け物の降下率が急激に変わった。



 それでも万が一屋上に落ちて来たら、あのとんでもない女と近接戦闘をする羽目になる。



 デイビッド・ムーアはビームライフルとパワーサプライを下げ屋上出入り口へ全速力で駆けた。



 背後でコンクリートを粉砕する轟音が聞こえ、屋内に走り込んだスナイパーは袖壁に隠れ耳を立てた。遠くから車にクラッシュする音が聞こえ、彼は扉を開いたままの出入り口からわずかに顔をのぞかせ屋上の様子を探った。



 車が事故っているということは、あの化け物が地上に墜ちた可能性が大きかった。ビルの縁まで動くものは見えず、それでもデイビッドはスナイパーの素質から動かずに観察を続けた。



 もしかしたらあの鳥が飛ぶような高さまでハイジャンプができる艶消し黒(マッドブラック)の女が地上から跳び上がって来るかもしれなかった。



 5番アヴェニューの方が騒がしかった。



 地上で騒ぎが起きている。



 デイビッドは携行型小型原子炉パックを階段上の踊場の床に下ろしビームライフルへと繋がるハーネスのカプラを回し引き抜くとその先端をウエストパウチに入れてある小型充電パックに接続した。そうしてエネルギー兵器が使用可能かセーフティをテストに切り替え確かめた。



 4度の細いレーザーしか撃てないが、原子炉パックを持ち運ぶ不便さはなくなる。



 彼は出入り口から出て次に身を隠せる貯水タンクを囲った壁を確かめ足音を忍ばせながら屋上に出た。



 5番アヴェニューからの車が走る音が聞こえてこない。聞こえるのは離れた別の通りの喧騒だけだった。あの艶消し黒(マッドブラック)の女は道にいるのだ。デイビッドはライフルのフォアエンドを支えていた左手を放し右手に近づけ右手の親指で左手首のソフトキーを押し込んでスロートマイクに小声で話しかけた。



通話回線確保(コール)中佐(LC)、デイビッドです。建物下の5番アヴェニューに標的がいます。西側からは見えないと思いますが西74番ストリートの交差点北です。攻撃継続すべきですか?」



『ロバートだ。デイビッド、上から狙撃できるか?』



 イヤープラグにロバート・バン・ローレンツの声が聞こえた。



「直下ですので屋上から身を乗り出さないと難しいです。肉眼で目視できても照準が────」



 地表の方で爆轟が響き火焔が吹き上がってきた。



『何の爆発音だ!?』



「確認取れません。こちらのビルぎりぎりに火焔が立ち上がりました」



『状況の確認を取れ』



 デイビッドが了解(コピィ)したと口を開きかけ声を失った。



 屋上に植樹された木々が突然枯れ始めデイビッドは顔を強ばらせた。5番アヴェニューに近い屋上縁に近いものから急激に朽ち果てボロボロになってゆく。



 彼は自分に近い木や花壇が枯れ始め急ぎ足で後退あとずさりながら報告を始めた。



中佐(LC)! 屋上にある植物が急激に死んで──」



 貯水塔外壁の角に飛んできた鳩2羽が急に屋上の床に落ちて来てしぼり取られる様に縮まると羽根が抜け落ちた。



中佐(LC)、植物だけではありません! 生き物すべてが死んでゆきます! その死神の範囲が急激に広がってきます!」



『撤退しろ。躊躇ちゅうちょするな! 撤退だ!』



 出入り口の中まで後退あとずさるといきなり地上から発砲音が聞こえ始めた。軽くサイクルレートの速い数挺のM4A1のフルオート射撃だった。それを確認しに行こうにも死神の領地に踏み込まなければならない。デイビッドが躊躇ためらっていると、無線でロバートが報せてきた。



『デイビッド、セントラルパーク東側の西74番ストリート辺りから木々が枯れ落ち始めている。お前は大丈夫か!?』



 自分は無事だったが、屋上出入り口近くまで木々が枯れ幹の下の部分まで粉々になっていた。



「今のところ異常なしですが、アパートメント屋上の木々や花壇が見える範疇はんちゅうで死滅してます。鳩もミイラの様になり転がっています」



『木々の枯れる場所が人の歩く速さで西へ移動している。枯れる範囲があるようだ。半径で80ヤードに満たない』



 それじゃあ死神の領域が遠ざかったのだとデイビッドは胸をなで下ろした。彼はパワーサプライをつかみ上げ急ぎ足で屋上の縁を目指した。





 見えてきたセントラルパークの樹木が彼の前から西へ向かい左右80ヤードほどの幅で焼け野原の様に変貌へんぼうし人の背丈より高い幹は1本も残っていなかった。





 デイビッド・ムーアは焦土しょうどの先に黒い人物が見え急いでパウチのバッテリーパックから原子炉パックへケーブルを接続を切り替えた。











 湖の入江にあるボートハウス周囲の木々が腐れ落ち、建物の赤煉瓦のかたわらから姿を表した女を氷上から見つめていたシルフィー・リッツアはベルセキアの新たな顔を見つめ何という皮肉だと舌打ちした。







 姉────スオメタル・リッツアとそっくりの顔立ちだった。












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