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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #3
15/206

Part 3-4 Suppress 封殺

USS Maryland SSBN-738 Ohio-Class Sixth Fleet Silent-Service U.S.Navy Depth-1300ft., Mid-Atlantic Ridge Local Time 15:53 GT-16:53

グリニッジ標準時16:53 現地時刻15:53 大西洋中央海嶺(かいれい)深度1300ft(:約396m) 合衆国海軍所属第6艦隊潜水艦 オハイオ級戦略ミサイル原子力潜水艦メリーランド



「当艦の海嶺かいれい壁までの距離は?」



 ダリウス・マートランド艦長が問いかけるとバートラム・パーネル副艦長が電子海図台の方へ振り向き潜水航海士が電子海底図面にスケールカーソルを当て表示されたデジタル値を読み上げた。



「方位255、1.2(海里かいり:約2222m)、方位70、1.6(海里かいり:約2963m)であります」



 一瞬、マートランド艦長は思案し副長に命じた。



「この海域の変温層はどれくらいだ?」



 コマンダーに尋ねられパーネルXOは潜水航海士に問いかけた。



「シャドー・ゾーン上限値は、カニンズ?」



「おおよそ700(feet:約213m)であります」



「よし、ゆっくりと彼女(・・)の深度を上げバッフルチェックと海嶺かいれいの外を探るとしよう。深度800(:約244m)、微音ブロー」



 艦長に後方確認と周囲の脅威を探るように穏やかな口調で命じられたが、副艦長は引き締まった声で発令所当直士官(COD)のマイヤー指揮上級上等兵(CMDCS)曹に命じると曹長は大声で短く各要員に命じた。



「アイ・サー、深度800。アップトリム5。微音ブロー。エアー8分の1開け!」



 直後、CR(/コントロール・ルーム。発令所)前方左手にある操縦席に座る2人の操舵士がそれぞれのデジタルディスプレイのアングルゲージを見ながら小さな船蛇を微かに引き、デッキ前方がわずかずつ持ち上がり始めると、潜水航海士がコンディション・コントロール・パネルを操作したエアー解放により聞き取るには非常に努力を要する土砂降りの雨のような微かな音が発令所に響いてきた。それはブローというメイン・バラスト・タンクにエアーを注入する音ばかりでなく、時折発する深海の圧力から解放される船殻せんかくきしむ音も混じっていた。深度が1300から800に上昇した直後、左舷に急速回頭し後方を付ける潜水艦を探る事になる。



 非常にノイズが増える中でも発令所(CR)右舷側に4卓あるソナー要員のコンソールは忙しい。追尾する潜水艦が出すブローなどの音をはじめとする様々な人工的な音をモニターしようと全神経を張り詰める。



 発令所当直士(COD)官からバッフルチェックを命じられ曳航ソナーの聴音も重要になり、今はまだ船首と船体側面のソナーアレイが拾う音に集中していたが、いきなり聞こえた多量のキャビテーションに度肝を抜かれた。ソナーシステムが上げる金切り声の様な警報を発するのと同時にソナー要員主任の曹長は振り向いて艦長らへ声を荒げた。



S1!(シエラ・ワン)(敵艦!) 距離20ヤード!(:約17.2m) 真下にいます!!」











 まるでその先が見えると言わんがばかりに発令所(CR)の天井を見上げていた。艦長のソスラン・ミーシャ・バクリンは視線を動かさずに指示を出し続けていた。



"Какое расстояние?"

(:距離は?)



"15.5 м, капитан, при более близком приближении к противнику произойдет контакт с боевой рубкой."

(:15.5m、艦長、これ以上はセイルが接触します)



 副長のアレクサンドル・イリイチ・ギダスポフは忠告したが装置が機能するにはあと4ヤード(:約3.6m)接近する必要があった。



"Маркова, что они делают?"

(:マルコワ、連中(メリーランド)の動きは?)



 艦長が初めて顔を逸らしソナー制御卓に座るマルコワ・カバエワ・ジャニベコフへ視線を向けた。ソナー担当少尉(LT)は額に汗を浮かべ左耳だけに当てたへッドフォンに意識を集中しながらMBS(/ミドルバンド・ソース:狭帯域音)の600から1100ヘルツのより繊細な音に神経を張りつめスペクトラムモニタのわずかな位相から距離をつかみ合衆国弾道ミサイル原潜の動きを見切るのに必死だった。



"Класс Огайо, надуйте основной весовой бак и непрерывно отпускайте, увеличивайте шум винта, меняйте направление! Внезапно изменить направление налево!"

(:オハイオ級、メインバラストタンク(M B T)ブローさらに解放、スクリュウ・キャビテーション増加、転舵! 急速に取舵!)



”Не позволяйте противнику покинуть вас! Если расстояние увеличится, вы не сможете догнать! Аварийная мощность на полной скорости! Максимальный нагнетание воздуха в главный утяжеляющий бак! Максимальное изменение направления налево!”

(:遅れるな! 離されると追いつけなくなるぞ! 機関緊急全速! MBT最大ブロー! 取舵一杯!)



 もはや米艦に知られていると判断したソスランは千載一遇のチャンスを逃すつもりはなかった。失敗すればついて来た671RTM B448シチューカ・タンボフ乗組員全員が首をくくらねばならず地獄に落とされる以上の苦渋を味わう事になる。



"Хорошо, режим аварийного вывода инвертора топливных элементов! Максимальный нагнетание воздуха в главный утяжеляющий бак! Μаксимальный левый поворот!"

(:了解、燃料電池インバーター緊急出力モード! MBT最大ブロー! 最大角で取舵!)



 ギダスポフ副長(X.O.)の指示に操舵士と船体制御卓につくIC員それぞれが瞬時に反応するとSー123カトソニスの燃料電池ユニットとインバーターに緊急冷却がバイパスされ出力電圧を1・3倍に加圧した。船殻ギリギリの大きな主電動機は架台の上で大きく揺らぐと唸り声を上げプロペラ・シャフトに設計限界値の9割の力を加え7枚の狭く後退角の大きなスキュードプロペラが多量の海水を撹拌かくはんし一瞬で膨大なキャビテーションを生むと同時に水中排水量1980トンの鋼鉄の塊を一気に押し出した。操舵士は加速しだした瞬間に操縦桿を左に回し船蛇が左に張り出すと艦は急速に左へ回頭し始めた。



 様々なきしみが響き広がる発令所(CR)の床が前方に持ち上がり左に傾斜する中で畳んだ潜望鏡のハンドルをつかみソスランは耐えた。



"Какое расстояние?!"

(:距離は!?)



"Ηриближается снова! 15,14,13.5──"

(:再び接近! 15、14、13・5──)



"Все в порядке! Активируйте камеру командной башни!"

(:よし! セイル・カメラの画像を立ち上げろ!)



 ソスランはそう指示するなり滑り止めの施された床を傾斜に沿って下り指令室左舷に並ぶコンソール4卓の一番右の制御卓に手をかけた。その卓に座っている2等シーマンがモニタを切り替えサーチライトを入れると、液晶画面に多量の浮遊物の先に均一な暗い帯が縦に見えてきてその幅が急激に広がってゆくのを艦長は強張った目で見つめた。そうしてモニタ外部の左右に貼られた黄色のテープの内一杯に暗い黒色の帯が拡大すると彼は副長に命じた。



"Βытяните опорную ногу!"

(:シザー・リフト伸長!)



"Ηодъем стола! Ηодъем стола!"

(:テーブル・アップ! テーブル・アップ!)



 副長が指示するとコンディション・コントロール・パネルを担当する潜行航海士がトラックボールを操作しパンタ・アームに通電した。直後、セイル後方のデッキに備え付けられたパンタ・アームの電動機が動作し畳まれていたアームが前後から寄り始めると数段の格子が前後に縮み上へと伸び上部に付けられたテーブルと載ったアタッチメントが海水をかき乱し膨大な泡が発生し始めた。



 その先端が液晶画面の下側からせり上がり黒い帯の方へ伸び始めた。画面内はその伸びる架台が生む大量のキャビテーションに吹雪の様な有り様になっていたが、ソスランは目標を冷静に見切っていた。



"Повернуть на 5 градусов вправо."

(:面舵、5度入れろ!)



"Я понял. Повернуть на 5 градусов вправо."

(:アイサー、面舵、5度)



 操縦士の復唱を耳にしながら艦長は目的のものを見逃すまいとまばたきすら忘れていた。



 多くの泡の先に黒い帯の中央に規則正しく集まったより暗い黒色の一群が見えて来た。



 後部フリー・フラッド・ホールだ!



 そう判断したソスランは怒鳴った。



"Максимальная высота платформы.Операция якоря одновременно с контактом с платформой!"

(:リフト最大! 接触と同時にアンカー作動!)



 副長が復唱した直後、船殻の外から濁った登楼の鐘の様な大きな音が聞こえ、高速で回転する電動機の音が頭上から響いた。





"Завершена установка оборудования на американские корабли!"

(:アタッチメント、米艦に装着!)





 水測員(ソナー・マン)がそう声を上げた瞬間、皆から歓喜ともとれるため息があふれた。











 三次元作戦電子海図(3DCCT)台に表示された情報を見つめていたルナは副長のゴットハルトへ顔を向けた。



「どう思いますか、副長(X.O.)?」



「恐らく追従でなく追尾でしょう、艦長。しかも戦略原潜(SSBN)の腹に食らいついているのがノーマリティなサブ(:通常動力型)ときている。その音紋分析システム(S A S)が吐き出した情報が間違っていなければアメリカ海軍原潜部隊(SS)の艦にギリシャ海軍がうらみを抱いてるとしか思えませんな」



 ルナは表示されているギリシャ海軍のUー214型Sー123カトソニスの名を何かで見たと思い出そうとした。だが副艦長から立体海図に視線を戻した直後、3次元海図の境界に4つの赤いコーション・マーク(:!)が浮かび出てそちらに意識を奪われた。



「クリス、表示させて」



 ルナが命じるとコンソール側に立っている潜行航海士のクリスタル・ウィリスがタッチスクリーンに指を走らせた。一瞬で立体海図が縮小し、その方位315の方へ縮小した立体海図から薄い黄色の細い円錐えんすいが直径を広げつつ4つ伸びるとその底辺の真円中心に小さな潜水艦のシルエットが浮かび出て傍に支持線で結ばれたデータが1つずつ表示されルナはそれらを読みとった。



 4艦ともロシア艦と表示され型番と艦名、速度、深度、方位が連なっている。



 885Mヤーセン型Kー561カザン。



 885ヤーセン型Kー560セヴェロドヴィンスク。



 971アクラ型Kー461ヴォルク。



 971アクラ型Kー335ゲパード。



 いずれも30海里(:約55.5㎞)で似たような深度と方位、速度を保っているが、縮小した海図の方へは進路を取っていなかった。



「あんな狭い陣形でロシア艦が4艦も何をしてるのかしら? 2艦は多目的艦だから弾道ミサイルを積んでいて、2艦は護衛で通常の核戦略パトロールをしてるにしてもヨーロッパからもアメリカからも離れ過ぎてるわ」



 ルナが副長に疑問を提言した直後、アクラ形ヴォルクの前方へオレンジの円錐えんすいが広がった。



「艦長、ヴォルクが1パルス、スポットでピンを打ちました」



 それを聞いてババツがルナに補足説明をした。



「パトロールとは違いますな、艦長。索敵さくてきしています。ソナーを絞り込んでいる理由は明確にボギー(:敵艦)を探っているからです。しかも自艦の存在と位置を知られて良いというのは、敵艦を発見次第に沈める意図があります」



 副長(X.O.)の意見にルナは胸の前で腕組みをし瞳を細めると思案した。わずか32海里(:約60㎞)あまりの場所に6艦もいるなど大規模な合同訓練でもなければ有り得なかった。ルナはロシア艦を見つめながら潜水航海士へ直に命じた。



「ブリューゲルト、アクティブ音響タイル(A S S)のゲインを30%上げて」



「イエッサ、マム。電子音響タイルのゲイン上げます」



 大西洋中央海嶺(かいれい)からUー214を引き連れ出てきたオハイオ型戦略原潜とロシア艦隊の動向を見守るのが1番だと彼女は判断した。



「XO、海嶺かいれい東側の海底50フィートまで無音潜行。達したら動力停止。全艦、対パッシブ・モードへシフト」



 即座に艦長の命令を復唱し、ババツは近くのコンソールへ行くとマイクを手にとった。











☆付録解説☆



☆1【Baffle Check/バッフルチェック】潜水艦の場合Baffleという機関雑音遮断部があります。その部分によりSoner感度が無いため旋回し後方確認をする必要があります。これをBaffle CheckまたはBaffle Clearanceといいその機動をBaffle Check Maneuverといいます。また後方確認出来ない後方範囲をBaffleとも表現します。潜水艦の指揮官はBaffleをClearするだけでなく、潜在的に続く潜水艦を攻撃する好都合な位置にするために1回または一連のHard-turnを実行します。



☆2【Shadow Zone/シャドーゾーン】海水はその地域と水深により様々な状態があります。温度・水圧・海底地形・浮遊物・気泡などにより水中を伝搬でんぱんする音波は水中音波特性も重なりそれらから影響を受け屈折や反射をし音が伝わりにくい層が生まれます。シャドーゾーンはその一つで主にサウンドチャネルと呼ばれる海水中上層の音波が遠方に伝搬される層の下部層として生まれます。潜水艦は水上艦や他の潜水艦からの探知を逃れるためにこの層を利用します。



☆3【Free Flood Hall/フリー・フラッド・ホール】潜水艦外部に開かれた開口部をいいます。通常、MBT(:メインバラストタンク)の給排水を行う目的で艦底には設けられていますが、放射雑音の発生源となるためその数は最小に、形状は角を落とした楕円で外部外周のエッジも角が落とされているものなどが多く見受けられます。ロシア艦には側面にも多く見受けられます。



☆4【Scissor lift/シザー・リフト Panta arm/パンタ・アーム】支持物を上下させる機構で横から見ると前後に長いひし形にアームが組み合わさっています。通常電動か油圧でひし形の前後が接近する事で最小で1段、必要に応じて数段組み合わさり上部のテーブル(:架台)を上下させます。











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