Part 29-1 Tosh くだらない
OCR(/Operation Command Room) NDC HQ Bld.Chelsea Midtown, Manhattan 14:55
14:55 マンハッタン ミッドタウン チェルシー地区 NDC本社ビル作戦指揮室
作戦指揮室の階段を下るロバート・バン・ローレンツとシリウス・ランディの姿を見て人質救出部隊の指揮官達に大詰めの説明をしていたレノチカ──エレナ・ケイツ情報2課主任は、彼らが真っ直ぐ来る事に不安を覚えた。
「レノチカ! 第1中隊から3人連れて行く」
きつい表情で有無をも言わせぬロバートの言い方で怪物対処が危険な状況だとレノチカは瞬時に理解し一瞬、彼の斜め後ろに立つシリウスを見たが口を差し挟まないので専門外で傍観するのだと思った。
そうしてレノチカは人質救出部隊から彼を入れ4人も抜けると幾つかの班は指揮できるベテランが1人になるので猛反対を始めた。
「無理です中佐! それでは統制が取れない。隊員や人質に犠牲者が出ます!」
感情を読み取れない古参軍人特有の表情でロバートが見つめ彼女が黙るのを待ち厳しい現実を突きつけてきた。
「お前が寄越したハミングバードがセントラルパークに落ちたとイエローキャブの中でニュースを聞いた。すでにビッグアップルで100人以上も死んでるんだ! あの怪物を野放しにすれば原潜士官家族の何倍もの死者がここで出る!」
こっちは桁違いの想定被害者がいるとレノチカは食い下がった。
「駄目です! 士官家族の救出は原潜奪回と、多くの都市を狙っている戦略核弾頭阻止にとても重要なんです! マンハッタンの数百人より全米都市の数億人もが──いいえここにも核弾頭が降ってくるかもしれ────」
すでにロバートは時間を惜しんで決定していた。彼女が抗議し終わるのを待たずしてその後ろのブースに集まっている第1中隊のもの達へ声をかけ始めた。
「デヴィッド、コーリーン、レイカ、携行原子炉パック3基とレーザーライフル6挺用意してついて来い!」
ブースそばに集まっているスターズ第1中隊から3人が抜け出て彼らが振り向き戦術指揮をしていたケイス・バーンステインの顔を見た。
「行け。こっちは何とかする」
彼がそう告げ作戦指揮室に併設する武器庫の方へ急ぎ足で4人が行くと、振り向いたレノチカがアンの相棒であるケイス・バーンステインに食ってかかった。
「ケイス! 何とかするってどうするんですか!」
そのいきり立った主任の手を引っ張り振り向かせシリウス・ランディが落ち着かせに入った。
「中佐、ドクの用意した薬剤はあの怪物に効かなかったのか?」
第1セル・第1スナイパーのデイビッド・ムーアが歩きだしてすぐにロバートに尋ねた。彼はスーパーで直にヴェルセキアと戦ったので恐ろしさを承知していた。
「一度、崩壊させた。だが生きた女性に取り憑いて復活したんだ。あれが完全に人化すればドクはもう薬剤が効かないと言っていた」
対処が1つなくなってもデイビッドはぼやきもしない事にロバートは他の隊員とこいつらはやはり違うと感じた。スナイパーという専門は生き様が違いすぎる。ベテラン古参曹長よりも動じない──いや、感情を見せないんだ。
「グランドセントラルにチーフはいなかっただろう」
「ああ、どうしてだ?」
その問に第4セル第1スナイパーのコーリーン・ジョイントが臨時中隊指揮官の中佐へ愕くような事を告げた。
「市庁舎公園の報道番組でメイド服姿のアンがチーフらしきプラチナブロンドの人を抱きかかえて通りを渡る姿が映っていたんです。ですのでこっちの者達多くが動揺し始めています」
他者の動揺に怒りはなかった。基礎として教え込んでいる事を思い起こさせるためにロバートは指摘した。
「いいか。指揮官が指揮不能となったら次の階級者が指揮をとる。そいつがいなくなれば次の奴だ。戦場と戦闘は待ってはくれない」
防爆扉を開き、武器庫に入った4人の内、3人の男女スナイパーは即座に小型原子炉パワーサプライを保管庫から引き抜き予備起動操作を始めた。最大電力を引き出すのに20分かかる。
その後3人が武器ラックからそれぞれ2挺のLBRを引き抜きチェックを始めると、ロバートは奥の弾薬庫を覗き込んで12基あったジャベリン対戦車ミサイルが1基もないことに驚き武器庫に戻り小型原子炉パワーサプライを引き出しLBRを2挺用意しながら説明した。
「敵──クリーチャーは電磁シールドらしい防御を使える。チーフは魔法障壁と言っていたが何か不明だ。だから最初からリミッター・レスで最大出力で浴びせろ。バレル冷却のために予備銃を持っていく。何らかのエネルギー障壁なら飽和させ破壊できる」
「青いスクリーンですね」
レイカ・アズマがそう言いその怪物とまだ一戦交えていない彼女は追加装備を尋ねた。
「バトルライフルは?」
「用意しても構わんが、あのクリーチャーには気休めにもならんぞ──それと迫撃砲を1基と弾薬のアモカンを6P持っていく。あいつと近距離戦は無理だが、M224ならLBRのレンジで移動しながら陽動できる」
48発の榴弾でどれほども期待できないがと思いながら元英国特殊空挺部隊中佐は迫撃砲射撃制御装置プロトタイプの携行ケースをつかみ取った。
レノチカがチーフの命令を厳に遂行してるのは理解できるが、あれの判断は下級将校のそれだ。命令だけしか見えていない。
マリア・ガーランドはもっと俯瞰の利くリーダーを育てなければ、あれの負担がそのままダイアナ・イラスコ・ロリンズの重荷になるとロバートは思った。
ライフル以外の装備品を2つの台車に積み4人が武器庫を出るとレノチカとケイスがまた人質救出部隊の各リーダーに説明を続けていた。
エレベーターに向かい台車を運んでいるとシリウス・ランディが追いつき彼らに声をかけてきた。
「ロバート、無事に3人を連れ戻りなさい」
彼は足を緩める事はなかったがシリウスの気遣う言葉を耳にして驚いた顔になった。恐らくはグランドセントラルのホームの惨劇を直に眼にしたからだろうと彼は思った。警官達でさえ二の足を踏む酷さだったのだ。
「シリウス、手を放せない状態だろうがマリーを探してくれ。あれがいるといないのでは皆の志気に差し障る」
「ロバート、あれが怪物女に腹を貫かれるのを録画で見たわ。軽傷であるはずがない。覚悟して」
ロバート・バン・ローレンツの眼つきが座るのを見てシリウスは瞳を細めた。
最後にエレベーターに乗り込み背を向けたまま第2セルリーダーが彼女に告げた。
「もし命を落としていたら、シリウス──お前こそ決めておけ」
そう言い残しドアが閉じるとシリウス・ランディは唇を噛んだ。
男が身の振り方を決めよと言っていた。恐らくCIAとの二股を知っていて他言していない。だがマリアが私がCIA職員だと他のものに話すわけがなかった。どうやってロバートは知ったんだとシリウスは情報課ブースへ振り向いて立ち働くもの達を見回した。
誰か貶めようとしている。
スパイが他にもいる!
NDCビル地下駐車場フロアの可動壁で隠された特別区画のRMMVサバイバーRに装備を積み込んだロバートら4人は運転をデイビッドが引き受け彼が後部座席へ振り返りロバートにセントラルパークへ向かうのかと尋ねた。
「セントラルパークだ。西に私とレイカ、。東にデイビッドとコーリーンで各自ビル屋上に狙撃地点を構築。セントラルパークには踏み込まない。あくまで公園外から狙う。もしあれが公園を出ていたなら、索敵しあくまで遠方から攻撃する」
隔壁を開き駐車場を走らせ出した装甲車の対面後部座席でスターズ1のスナイパー──レイカがあり得る状況対応をロバートに切りだした。
「中佐、戦車1個師団を殲滅できるエネルギー兵器にその怪物が生き残れたらどうなさるおつもりですか」
一瞬、ロバート・バン・ローレンツは英国兵に立ち戻った。得体の知れぬ怪物が自由に殺戮を繰り返している状況で、もし事態が収拾しなければダイアナ・イラスコ・ロリンズに身の危険が及ぶ事が懸念され、その時は我が英国海軍戦略原子力潜水艦S31ヴェンジャンスが近海よりこの都市に通常弾頭型トライデントⅡD5が撃ち込まれ6千本のタングステン・ロッドが超音速で3千平方フィート(:約289平方m)を完全に破壊する。
だが王室の一員ダイアナの庇護は英国政府の隠された海外関与であり、何人にも知らせられなかった。
「クリーチャーが4挺のレーザーライフルの攻撃を凌げたら、うちのラボでどれくらいのもっと高いエネルギーを撃ち込めるものがあるか、問い合わせる必要がある」
「ロバート、あなた方がショッピングモールで怪物対処にあたっているとき、チーフはあのエルフが草原で爆炎魔法で攻撃してきたので、カリフォルニアのラボから耐熱盾をロケットで届けさせました。緊急時は兵器も同じ手法でニューヨークへ送り込めると心して下さい」
耐熱盾? ロケット? ロバートはクリーチャーがショッピングモールの駐車場で凄まじい火焔を放ち車さえ溶解させる高温だったのを思いだした。
「チーフは爆炎にその盾で突っ込んだのか?」
現場を見てないロバートは冷静な観察力を持つレイカに尋ねた。
「ええ、アンからジャベリンの援護射撃を受け、突撃し近接戦闘に持ち込みました」
なら、チーフはショッピングモール駐車場に現れる前にはあの青い防護スクリーンを使えなかった事になる。最初、チーフらの小隊はエルフと敵対していたのか? そうだ。太陽炉に関する兵器の調査に向かったはずが、エルフと戦闘になったのだろう、とロバートは思った。
「あのエルフも爆炎を使えるのか?」
「ええ、彼女の魔法による爆炎攻撃は凄まじいです。他にも、何も武器を持たないのにレーザーの様な遠距離攻撃もできます。ですが市庁舎公園で爆炎が広がったのはあの怪物だと思います。彼女がチーフと和解してから、周囲の人を気遣い爆炎攻撃を差し控えています」
あの駐車場でクリスと爆炎に襲われた時、まだエルフはいなかった。ならあの青い防護スクリーンとトンネルはマリア・ガーランドが作りだしていた事になる。
もはや、魔法やエルフ、怪物の存在を疑わないが、パトリシア達の特殊な能力とあまりにも違いすぎるしアグレッシヴだ。恐ろしく異質だがマリアが同じレベルの魔法をなぜ使えるのだと彼は困惑した。
「中佐、まもなく西72番ストリートです。どの辺りに止めますか?」
運転するデイビッドがそうロバートに告げた。
「交差点手前に止めてくれ。私は72番ストリート・ステーション駅上ビルの屋上を使う。レイカは交差点先の何れかの建物を選んだ時点で知らせて来てくれ。そのあと車をターンさせパークのテラスドライブを抜け東側へお前とコーリーン、ネスト・ビルを決めたら報告しろ。攻撃は敵の位置を確認次第同時に行う。合間、私が迫撃砲でクリーチャーを混乱させるが、もしネストが攻撃される場合、即座に他のビルに移動」
指示後、レイカが使うビルの住人を心配し彼へ告げた。
「でも、それではセントラルパーク外側のビル群がその怪物の攻撃に曝される可能性が」
「大丈夫だ。これから作戦指揮室のものにパーク外周ビル群へ爆弾テロの警戒電話を入れさせる」
そう教えロバートは後部ドアを開き装甲車から下りるとレイカが次々に彼の装備を渡し始めた。すべて受け取るとロバート・バン・ローレンツは3人に声をかけドアを閉じた。
「無理をするな。危険を感じたら即座に退却しろ」
両手に小型原子炉パワーサプライと、弾薬を入れたコンバットバッグを下げ、カバーを掛けたレーザーライフルとFNーSCARーHを肩に下げたが、電子擬態を使わないためヘッドギアは用意しなかった彼はその一風変わった修理工の出で立ちで横断歩道を渡った。
だがその間、公園から銃声が聞こえない事に不信を抱いた。
ロバートは戦闘服の無線機能を使い作戦指揮室へ問い合わせた。
「ロバートだ。そっちでセントラルパークの状況はつかんでるか?」
『あ、中佐3課のアイラです──衛星で見ています。先ほどまで銃撃があったんですが、変ですね。マズルブラストを確認できません』
「木々の枝葉に隠れてないか?」
『それは大丈夫です。赤外線画像ですから日中でもマズルブラストなら見逃しません』
ロバートはクリーチャーが倒されたのかと思ったが、都合のよい解釈は避けた。
「ジェシカとドクはパークにいるのか?」
2人の動きで状況の一部はわかると彼は思った。
『待って下さい────います。僅かですがザ・レイクの東岸近くを移動してます』
ロバートはドクもヘッドギアを装備していない事を思いだし、戦闘中の通信が敵に悟られる危険性を感じ連絡をとらなかったが、まだ作戦指揮室にミュウがいることを思いだした。
「アイラ、西72番ストリートとパークウエストの角にあるビルを調べ使用者にビル爆破テロの警告電話を手分けして入れて至急避難させろ。それとミュウに私とドクの精神リンクを命じてくれ」
『了解』
ロバートは狙撃場所に使う双塔のビルを見回し看板類が一切ない事でアパートだと判断した。住民の避難にそれなりの時間がかかる。攻撃が遅れると彼は苛立った。丁度その時、ドクの精神コンタクトがあった。
────ロバート、何なの?
ドク、状況は? クリーチャーは倒したのか?
────いえ、前よりも巧妙になってるわ。NSAのエージェントを2人掠い湖に消えたの。沈んだ時間からして1人は絶望的だわ。これじゃあ、手出しができない。
ザ・レイクか?
────そうよ。手立ては?
警戒待機。7分したら迫撃砲で榴弾を撃ち込み炙り出す。パーク東西にスナイパーを配置してる。レーザーで攻撃する。
────了解したわ。
ドクとのコンタクトを切り、ロバートはミュウに呼びかけジェシカ・ミラーに精神リンクさせた。
────中佐、戻って来たの?
ああ、レイカ、デイビッド、コーリーンとでビームライフルを用意した。7分後にザ・レイクに迫撃砲弾を撃ち込む。クリーチャーがNSAエージェントを掠い沈んだ場所は?
────ハーンズヘッド。
ザ・レイク西の突き出た岩場か?
────そうよ。その6時(:真南)、30フィート。
着弾誤差、33フィート(:約10m)。以上。
────了解!
精神接続をオミットしながら、ロバートはマジェスティック──115と書かれたテント下の正面エントランスから建物に入り込み、エレベーターに乗り込んで最上階のボタンを押し込んだ。上がれば即座に迫撃砲弾を撃ち込める。
最新式の照準システムは以前の面倒な測定を必要としなかった。
武器はどんどん進化するが、それ以上に敵は進化していた。
彼はエレベーターのドアを見つめ、魔法という眉唾ものをどう扱うべきかまた苦慮し始めた。
マリア・ガーランドが魔法使いだと?
"That’s complete tosh !"
(:馬鹿げてる)
☆付録解説☆
1【Tosh】(:くだらない)
この作品で多く登場する外国語は今のところロシア語です。私の外国語センスは現地の方によく記述的だと言われますが、会話をよりリアルにするためにかなり砕けた表現を使います。英語で言うところのslangですが、Toshはアメリカ英語のslangでなくUK英語のslangです。くだらないとか、馬鹿げてるとかの表現で使います。
前のPart 15-2でシードロブナ上級軍曹が強制停止させようとして逆に組み伏せてきた自動人形Mー8オルガを罵ります。
"Блядь !! Не знаю !!"
(:くそったれ! 知るかよ!)
これもロシア語での女性に対するかなり汚い言い方(slang)で機械的に直訳すれば『売女、知らない』ぐらいでしょうか。
映画の字幕スーパーや吹き替えでは決して眼にする事はなくてもアクションやサスペンス映画では役者がかなり汚い言い方をしています。それを理解するとその場の雰囲気が格段にリアルになります。この作品にリアリティをもたらすのは専門用語ばかりではありません。




