Part 3-3 Slaughterhouse 屠殺場(とさつじょう)
Shopping Centre along the Marshall Hill Rd. West Milford North-Jersey, NJ. 11:30
11:30 ニュージャージー州 ノース・ジャージー ウエスト・ミルフォード マーシャル・ヒル道路沿いのショッピングセンター
中間の両触足で押さえ込んだ中年の小太りの女が上げる悲鳴にかまわず頭部を喰い千切った。
このような市井の生き物から得られる『人間』というこの種の情報など取るに足らないものばかりだったが、首から吹き出した鮮血を啜ると、喉を潤すばかりでなく舌に甘美なものを感じた。これはイケると次の獲物を求め陳列棚の間を疾走した。
1階食品売り場の中を逃げ惑う客たちを追い回し捕らえる都度に頭を食いちぎった。周期的にレジ並びに移動し出入口からの逃げ道を奪っていた。
この『人間』の『餌場』に集まる層は、武器も持たず、戦略的意識もなくただ目くらめっぽうに逃げ惑う事しかできず、時間は即、虐殺──いいや、こいつらの言い方を使うなら屠殺という数が増える事にしかならない。
目的は『屠殺』や『情報収集』ではなかった。
10人の警察官を喰らい、警察という『組織』にはSWATという強武装小集団がいる事を知った。その『強』というレベルを知る上でも誘き出す必要があった。
食品棚を曲がり商品陳列カートの陰にしゃがみこんだ人間2人を見つけ一気に走り寄った。カートに積まれた『缶詰め』という人間の食い物を薙ぎ払った。床に散らばり転がる缶詰めの音が止んでもカートの後ろにうずくまり抱き合い震える人間2人が母娘という『成熟個体』と『未成熟個体』だと気がついた。未成熟というだけで興味をなくし、伸ばした触足の爪先で額を貫き、母親の方をカートごと押さえつけた。
叫び声も上げる事ができず口を震わすその女へゆっくりと顔を近づけ左右に顎を開いた。今度は首から喰い千切らずに肩から首ごと喰らい開いた組織から吹き出す血潮を啜り、最初に飲んだ『血液』という体液と僅かに味が異なる事に気がついた。
これがこの種の味覚の違いだと初めて知る。
エルフの変わりばえなかった血肉よりも喰いごたえがあるのは、この世界に君臨する『人間種』が豊饒な食物をとり続けているからに他ならなかった。
これはイイ。頂点の種族を餌とする1つの楽しみを得てSWATを待つ時間つぶしに興じる事にした。
もっと喰らいたい。
欲情が体中に広がってゆく。
売り場バックヤードで補充する棚出し商品を台車に積み込んでいた売り場マネージャーのストリック・ウェインは、若いアルバイトの売り子が慌てて駆け込んで来たのを怪訝な表情で見つめ、売り子が混乱して告げる内容を理解出来なかった。
「マネージャー! 怪物が──売り場に怪物がいて──」
「君、仕事中にマリファナでもやってたのか? 何を寝ぼけた事を?」
ストリックがそう言うと売り子は頭振り右手を振り上げスイングドアを指差しさらに訴えた。
「か・い・ぶ・つ、がお客さんを襲っています!」
らちがあかないと、ストリックはスイングドアへ歩いて行き片側のステンレスドアを押し開いて売り場を眺めた。
見た瞬間、何かがおかしいと感じた。
見えるどの通路にも客の姿がない。
昼前の客が増えだす時間に、開店直後よりも人影がなかった。
ストリックは外通路へ歩き出し中通路の方へ顔を巡らした。どの陳列棚の間の通路にも客がいない。そう思っているといきなり中通路を2人の客が走り抜けた。
走っている!?
ストリックは不審な面持ちで陳列棚の間通路へ入り込もうとした刹那、脚を止めてしまった。
激しい爪音を立て、大型冷蔵庫ほどもあるそれが中通路を駆け抜けた。
脚が8本ある昆虫? 昆虫? いいや、爪を操っている足は蛸のような柔軟なものだった。なのに甲冑のような外皮がついていた。頭部はまるで百足を思わせ顔の周囲に大きなミミズのような触手が何本も蠢いてる醜悪な造形で、彼はそんなものを生まれてこの方、見た覚えがなかった。
ストリックは見たものが幻覚だと思い込もうとしながら中通路へ急ぎ足で歩いて行くと客と怪物が去った方へ顔を巡らせ凍りついた。
中通路の端──外通路に繋がる場所で怪物に押し倒され組み伏せられた客が頭を喰い千切られた。首から血が吹き出し怪物がそれを啜るのを彼は唖然としながら見つめ商品棚の間にあとずさり見た事をどう信じたらと混乱した。
あんなものに素手で太刀打ちできない。
彼はショッピングセンターの警備員へ連絡を取ろうとバックヤードへ通じる1番近いスイングドアへ足音を立てないように急いだ。鮮魚と肉食品棚との間にあるドアへたどり着き押し開いた瞬間、外通路の端角に現れた怪物が彼の方へ顔を振り向けるのを眼にした。
緊急応援要請を受け出動したニュアーク警察緊急部隊(:SWAT)特殊武装戦術チーム2小隊は赤いフラッシュライトを点滅させ4台の装甲バン・レンコ・ベアキャットで30マイル(:約49km)あまりの道のりを猛然とウエスト・ミルフォードのショッピングセンターへ急行していた。
10人あまりの制服警官が殺害されたと応援要請が出されケニー・バーニッシュ警部率いる15名の隊員は重武装で出発した。
周囲近隣の警察から増援に入った警官達100人はショッピングセンターを包囲し犯人の逃げ場を押さえたが、取り残された客達の救助の目処が立っておらず、状況確認へ中へ入った警察官4人が立て続けに殺されていた。
「いいか、一報が入り警察官達が現場ショッピングセンターへ駆けつけたのが15分前だ。容疑者の武装は不明だが、現場へ臨場した警察官いずれもが頭部を切り落とされている。容疑者は凶暴で大型の刃物を所持している以上に火器類の所持も想定される。どのみち逮捕されても終身刑になる事はない。射殺も致し方ない。これ以上の犠牲者を出すな」
バーニッシュ警部に命じられ、部下の1人が質問した。
「容疑者は単独ですか、複数ですか?」
「確認がとれていない」
すぐにサブリーダーのマジソン・ジェンダー警部補が補完した。
「それだけの警官の首を切り落とすとなると短時間では無理でしょう。手際が良すぎるという以上に容疑者が複数だと想定すべきでしょう」
それを聞いて警部は頷き追加した。
「そうだ。マジーが指摘した通り我々は最悪のケースを想定し対処する。容疑者が複数の場合、後手に甘んじる可能性を回避しなければならない。容疑者と一般客との区別がつくまではすべて容疑者として拘束、もしくは射殺を肝に命じろ」
「バーニッシュ警部──よろしいでしょうか」
まだESUに編入され1年生の女性隊員タリア・メイブリックが小さく右手を上げ質問した。
「なんだ、タリア」
「3バーストでなく、最初からフルオートでいってもイイんですか?」
黒のキャップを被り後ろの隙間から出した赤毛のポニーテールを揺すり彼女が尋ねると、他の隊員達数人が笑い声を漏らした。
「後でマスメディアにオーバー・キルと叩かれんようにほどほどにしてくれ」
警部が溢すと隊員達は大笑いした。
装甲車はユニオン・バレーロード北の3差路ロータリーを抜けを通り抜けショッピングセンター駐車場南側の道へ出た。
彼らが直面する地獄まで数10分の距離に迫っていた。
応援に駆りだされた警察官のダリル・リンドバーグは強張った表情で辺りを見回しながら、スリングでボディ・アーマーの前に下げたM4A1カービンをまた意識しグリップを強く握りしめた。
ショッピングセンターへ先に臨場した同僚達十名が斬殺され百名余りの警察官がこの事件に投入された。彼らも警察緊急配備車輌)にカービンやショットガンを搭載していた。
それなのに容疑者を阻止できずに首を切り落とされた。
ショッピングセンターを包囲している警察官はいずれも最初からカービンで武装する事を本部から命じられていた。だが、これだけの仲間と武器がありながら不安がのしかかっていた。
ニュージャージーでこれほど酷い事件は起きた事がない。
容疑者は尋常でなく、薬物中毒か狂信者の類だと出動前に仲間たちと話した。もしも薬物中毒者ならたとえ5.56ミリのミリタリーボールで胸や腹を撃たれても襲いかかってくる可能性がある。
容疑者を見つけたら、僅かでも抵抗を示した時点で躊躇なく頭部を撃つ必要があった。
人を撃った事なんて警察官になって18年間一度もないと彼は思った。
ショッピングセンターに侵入した4人が戻らず連絡も取れない状況でどうやって逃げだしてくる客達と容疑者を見分けたらよいのかとダリルは思いながら駐車場の正面出入口の柱の陰で中の様子を探り続けた。
背後に1人、向の柱に3人の仲間が同じように中をうかがっていた。
いきなり悲鳴がガラス扉越しに聞こえ、中扉に人がぶつかり手を広げ上げた。その様に皆が緊張した直後、女性が頭部をなくす瞬間よりも背後から襲いかかった『それ』に5人の警察官達は息を呑んだ。
2重のガラス越しで女性の頭を喰らったのは、顎が横に開く百足のようなクリーチャーだった。




