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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #27
135/206

Part 27-2 If it comes true 叶うなら

OCR(/Operation Command Room) NDC HQ Bld.Chelsea Midtown Manhattan NYC, NY. 14:25


午前14:25 ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン ミッドタウン チェルシー地区 NDC本社ビル作戦指揮室



 アメリカ海軍戦略原潜メリーランドの乗員9家族の拉致らち解放を命じられ1時間あまり。



 ジョージア州ネイバル・サブマリン・ベース・キングス・ベイでロシア人により人質となっている家族らの状況がかなり蓄積されていた。



 家族構成、各家庭の間取り図、住宅周辺の状況、テロリスト人員、武装、国防総省とFBIの動向。



 マリア・ガーランドから全権を任された情報2課主任エレナ・ケイツ──レノチカは各課から集まる情報に眼を通すだけでなく、バージニア州西部のジョージワシントン・アンド・ジェファーソン・ナショナル・フォレストにあるNDCの民間軍事企業(P M C)要員訓練センターで抜擢されたセキュリティ80名──2中隊規模の人員データすべてに眼を通した。



 それらの人員を9つの小隊規模に分けれたのも元英国陸軍特殊空挺部隊(S A S)少佐(MAJ)ケイス・バーンステインの助言があったからだった。初動の調査すべき事項は同じSAS中佐だったロバート・バン・ローレンツがすべて指示してくれたが、彼は途中からドクとグランドセントラルステーションへと武装し出て行った。



 彼とチーフ、ルナ、シリウスの4名がいない状況でその穴埋めをケイスがしてくれなかったなら途方に暮れただろうとレノチカは思った。



 これからスターズ第1中隊に状況を伝え各人質救出小隊へ2、3名割り振らなくてはならない。ドクとアン、ジェシカも抜けておらずそれが現場に出せるギリギリになる。



 この状況下でどうして誰もかれもいないの!



 レノチカは憤懣ふんまんを抱えデータを入れたタブレットを手にとりブースから立ち上がり奥のブロンズガラスで仕切られているガンルームへと急ぎ足で向かった。



 テニスコート一面ほどのその部屋は特殊部隊へのブリーフィングルームで、第1中隊のほとんどの人員が事務椅子に座り指示を待っていた。兵員(セキュリティ)全員が戦闘服(バトルスーツ)姿で前の席につめて座り込み、レノチカの入室を見た数人が居眠りしているとなりのものをひじで小突いたり腕をつかんで揺り起こした。



 1人アリスだけが動きやすい私服姿でミュウとブロンズガラス際の席に腰掛け話し込んでいた。



「お待たせしました。ブリーフィングを始めます」



 レノチカはそう告げ部屋正面の8人用テーブルの広さのホワイトボードのかたわらに立った。



「チーフの指示により、テロリストらに占拠された我が国の原潜メリーランドの乗員複数家族が人質に捕らわれている事態を解決します。まず状況です」



 そう切り出しレノチカはマーカーを手に取りホワイトボードに9家族のファミリーネームを間を開け書き込んだ。



「人質を取り篭城ろうじょうしているのは、ロシア海軍北洋艦隊所属の攻撃型原潜タンボフ乗員です。彼らは3手に分かれ我が国の戦略原潜襲撃チーム、ギリシャ海軍通常型潜水艦襲撃チーム、原潜メリーランド乗員士官襲撃チームに分かれテロ行為を行いました。現在、以下の9家族が各自宅で軟禁状態にあります。艦長マートランド大佐家族3名、副長パーネル少佐家族3名、潜水航海士サンダーソン少尉(E N S)家族2名、武器管制官ドレイパー中尉(LTJG)家族1名、機関士ベイル准尉(WO)家族3名────」



 9家族の人数すべてを告げ最後にレノチカは家族以外の人質がいることを伝えた。



「なおドレイパー中尉(LTJG)宅には奥さん以外に訪れたなにがしかの捜査官1名が同じく人質とされています。このものは米海軍犯罪捜査局(N C I S)の士官もしくは尉官だと思われます」



 前列端に座る第2セルのスナイパーのジャック・グリーショックが手を上げた。



急襲(DA)はスナイピングだけでテロリストらを戦闘不能(UF)にできるんですか?」



「それは各家族の状況が異なり個々の状況下(C B C)(:ケースバイケース)で担当小隊が現地で判断します。ですが状況は単純攻略が不能だと思って下さい。なぜかをこれよりお見せします」



 そう言いレノチカはホワイトボードのかたわらに置かれたユニットにタブレットをUSBケーブルでつなぎホワイトボードを左右に渡された軸を中心に裏返した。



 その裏面の液晶モニタが即座に明るく立ち上がりどこかの家のリビング外からと思われる映像を映し出した。



 リビングには3人の目出し帽(バラクラヴァ)を被った男らが武器を手に立っておりソファには座らされた若い女性、カッターシャツ姿の男性がおり2人は分厚いいびつなベストを着ていた。



 そのベストの胸元がアップになる。



 兵士用チェストリグの様なものの周囲に長方形ブロックが幾つも取り付けられワイヤーが複雑に這い回り中央のLEDセグメントの点滅するデバイスへ集まっていた。



「ひでぇ! 左右の鎖骨前にクレイモアを取り付けある!」



 爆発物に詳しい第1セルの李 錦(リー・クム)が一目見るなりぼやいた。



「これはドレイパー中尉(LTJG)宅の状況で人質2人は爆発物ベストを着せられ行動の自由を限定されています」



 レノチカの説明にベテランのケイスが付け加えた。



「襲撃側への脅しとして人質にかせを掛けただけだと判断しない方がいい。テロリストらは狡猾でこれを入念な計画で実行している。恐らくは各司法組織の対策班を考慮し各家庭の侵入経路にはトラップが仕組まれているだろう。突入前の下調べですべての家屋のトラップをアリスとミュウにクレアボヤンス(透視能力)で探ってもらう必要がある」



「チーフは篭城ろうじょうするすべての別働隊が密に連絡を取り合っている事を危虞きぐし同時侵攻を命じています」



 ケイスの後にレノチカが条件を付け加えると少なからずみなが動揺を見せ始めた。東 麗香だけが冷めた目でリビングの録画光景を見つめている中、それぞれが徐々に口を突いて考えを口にだし始め輪を掛けた。



「まずい──まずいぞ。人質どころかこちらにも死人が大勢でる」



 第4セル・スナイパーのコーリーン・ジョイントが眉根をしかめ声を高めみなに言い聞かせた。



「ほんとに人質取って篭城ろうじょうしてるのは水兵なのかよ!? 特殊部隊の兵士がいるんじゃないのか!?」



 第5セルの爆破物専門のアルバート・ジョーンズがただの爆発物ベストでない事をみなに告げ疑念の賛同を取ろうとする。



「奪回に新米部隊を投入するなんて無謀です! サポート仕切れない!」



 第6セルのガンファイター・イブリン・ノースが投げだそうとした。



 ブリーフィングで冷やかしがささやかれる事は山ほどあれど、不安、不満をあからさまに言うのはマリア・ガーランドとルナがいないせいばかりではないと腕組みをし黙って聞いている麗香がみなを絞める必要があると思ったその時、かたわらで大声を上げた女がいた。





「状況がどうであれ、マリア・ガーランドの指示を我々は遂行すいこうする!!」





 叫ぶ様に言い切ったのは第6セルのサブリーダー・キャロル・コールだった。キャロルはチーフがどんな苦境でも全体知覚でものを見ていると思い始めていた。そうでなければ近接戦闘で8人に取り囲まれ状況逆転できるはずがない。チーフはとんでもない数の敵と白兵戦を渡り合い生還したとAPが漏らした事があった。とんでもないとは何人だとキャロルは詰め寄ったが教えてもらえなかった。





「あの糞女(ビッチ)絶対俯瞰(神の視線)ですべてを見ている。あいつがやれ(・・)と言うのなら他の何かに大きな繋がりがあるのよ! ────悔しいけれど」





 あいつが必要と言うのなら、人質を救い出すことこそが自分達の絶対使命だとキャロルは思った。



 肋骨に臓腑を隠せとアドバイスするイカレた指揮官なのだ!



 キャロルの隣に座るブラディスラフ・コウリコフが大柄の身体を傾けてきて彼女にささやいた。



姉御(アン)がいなくて良かったな。チーフを糞女(ビッチ)と言った瞬間ブチ切れてこの場でお前さんの足にパラベラム撃ち込んでるぞ」



 セミオン・モギレヴィッチ(:ロシアンマフィアの一大組織のドン)のボディガードをしていた奴の発想だと、これだからロシア人は嫌いだとばかりにキャロルは唇をゆがにらみつけた。だがキャロルの言葉に不平不満がなりをひそめホワイトボードのかたわらに立つレノチカはみなを見回しブリーフィングを続けた。



「それでは、それぞれがリーダーを務める小隊の構成と襲撃する家屋かおくを説明します────」



 半時間以上かけ細部の状況説明が終わり空挺部隊を運ぶヘリの説明で締めくくった。



「────ョージア郡のローカル空港ミレン・エアポートにヘリボーン用輸送ヘリコプター35機を用意中です」



 そうしてレノチカはルナがよくやるように手をたたき合わせた。





「さあ、出撃準備に掛かりなさい!」





 だが半数が座ったままで立とうとしない。



 このおよんでまだ反目はんもくするのかとレノチカはどう説得するかをまさぐりだした須臾しゅゆ大きな音にみなが振り向いた。





 東 麗香が、前の椅子に座ったままでいた第5セルの爆破物専門アルバート・ジョーンズの背もたれをコンバットブーツで蹴りつけ、驚いた彼が椅子から跳び退いていた。



"Listen, There is the word 'Haku' in Japan. That means vomit. The spelling is 'mouth', 'plus', and 'minus'. Because the mouth spits out good and bad things. "

(:聞きなさい。日本には『く』という字がある。意味は吐きだす事。スペルは『(マウス)』に『(プラス)』『(マイナス)』と書く。口は良いことも悪い事も垂れ流すからよ)



"If you don't do anything wrong, The spelling of the word becomes the word 'Kanau' -come true."

(悪い事を無くせば、スペルは『かなう』になる)





 押し黙っている座ったままのもの達が次々に立ち上がり始めた。そうして全員がガンルームを出て作戦指揮室(Op.Room)の別の一角にある装備室へと歩いて行きだし、前を通り過ぎるレイカにレノチカが目配せするとその東洋人は表情も変えずに軽く会釈した。



 最後にガンルームを出ようとしたケイス・バーンステインがレノチカに尋ねた。



「ミレン・エアポートまでの足はどうするんだ?」



「ヴィッキーを呼び戻してあります」





 それを聞いた瞬間、英国陸軍特殊空挺部隊(S A S)少佐(MAJ)は顔をゆがめた。ハミングバードのカーゴランプはアンが対人地雷(クレイモア)で吹き飛ばしてしまっていた。











「なんだヴィク?」



 戦術攻撃輸送機の機首下で工具を手にするワーレン・マジンギ教授が顔を振り向けるとのぞき込んでいたヴィクトリア・ウエンズディが尋ねた。



「本当に大丈夫なのかよ」



「何を言うか! まがりなりにもこの戦術攻撃輸送機を設計したのはわしじゃぞ! 第一お前さんがヘリポートにこいつをぶつけなきゃこんなもの取り付けなくとも────」



 そうわめき教授がスパナを振り向けた瞬間、統合照準ヘルメットを被ったヴィッキーが顔を振りそむけた。刹那、20ミリ機関砲の代わりに取りつけた6銃身のガトリング・ハイパワービームライフルが唸りを上げ向きを300度回転させ隣の教授の側頭部を強打した。



 両手で頭を抱え込み苦しむワーレンへしゃがみこんだヴィッキーが手を伸ばすと教授はまたわめいた。



「触るな! 余計に痛むだろうが!」



 ヴィッキーはムカついて立ち上がりしゃがみこんで苦しむ教授を見下ろすと6銃身のビームバレルが一気に下がりワーレンの頭をたたきつけた。



「てっ────ノーベル賞を取れる頭に何という事を────」



 頭2カ所に手を当てうなる教授からヴィッキーが顔を逸らしアッパータウンへと顔を振り向けた。





 遠く高層ビルの陰で爆轟があり煙が上り始めた。





 チーフがあの怪物と戦っているとヴィクは思った。近接航空支援(C A S)を命じられていたものの機関砲ターレットの自由がきかずに使い物にならない機体修理に引き返していた。ハミングバードの機関砲ターレット換装の合間スタブウィングに12発のヘルファイア対戦車ミサイルを準備したものの、不安を抱いたのはウォール街近くにチーフとハイエルフを下ろした際に彼女らが6発のジャベリンを用意したからだった。



 6発のジャベリンすべてをチーフが外すはずがなかった。



 1発でさえ地球上のどんな生物個体も確実に死ぬ。



 だがチーフもハイエルフもまだ帰還しておらず、迎えを呼ぶ連絡も入っていない。増援を送り込む要請どころかスターズのほとんどがジョージア州へ別な作戦のため向かおうとしている。



 空に顔を上げ盟友めいゆう──シルフィードに問いかけても地にあらずとしか教えてもらえなかった。



 たとえ洞窟どうくつに入ろうともエアリアルが見失う事はなく必ず見つけだす。それが精霊の力なれどその事を誰に告げる事もできずにいるのは信じてもらえないという人の眼に見えしものでないという事実を自分が誰よりも知っているからに他ならない。



「どうしたヴィッキー?」



 整備パネルを閉じながら教授が問いかけると空を見上げたままのヴィクトリアは答えた。



「欲しい──この星をどこでも見渡せる瞳と──駆けつける手足が」



 工具をツールボックスに仕舞いながら教授が彼女の心に触れた。



「マリア・ガーランドを気にんでおったのか」



 天を見上げたままヴィクは両手の指を握りしめた。



「ええ、彼女を窮地から救い出せるのは特別な力持つ私であらねばならない──から」



 ツールボックスを小脇に抱えワーレン・マジンギ教授は立ち上がり指摘した。



自惚うぬぼれじゃ」



 顔を下ろしたヴィクトリアは教授へ視線を向け小首をかしげた。



「そうかしら?」





 この大量破壊兵器を自在に生みだす男ですら知らない。







 私が本気でシルフィードに願えば、この巨大都市マンハッタンですら一瞬で灰燼かいじんに化す事ができる。







 だが力には──知るための千里眼と、駆けつけるヘルメスの足と、振るうヘカントケイレスの腕が必須なのだ。



 それなくしてはただ────虚空を切るだけであって意味がないとヴィクトリア・ウエンズディが思った刹那、教授がぼそりと答えた。



「予算次第じゃな。あのイカレた社長に頼んでみるがいい。だが先にカーゴランプを修理する予算をもらえ」





 ヴィクは驚いた顔でうなづきジョージアのミレン空港まで飛び最大速で引き返す準備にハミングバード側面のタラップを上り始め背で答えた。







「あの馬鹿ア ンに弁償させる」












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