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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #27
134/206

Part 27-1 Graces 甘え

NDC-SSN001 DEPTH ORCA(/National Datalink Corporation Sub Surface Nuclear), the Mid-Atlantic Ridge Local Time 18:20 GT-19:20/

U-214 class normally powered submarine S123 Catsonis robbed by the Greek Navy 18:17 GT-19:17


グリニッジ標準時19:20 現地時刻18:20 大西洋中央海嶺 NDCーSSN001型原子力潜水艦ディプスオルカ/

グリニッジ標準時19:17 現地時刻18:17 同海域 ギリシャ海軍より強奪されたUー214級通常動力潜水艦S123カトソニス



「マリア────」



 名を口にした瞬間、ダイアナ・イラスコ・ロリンズは発令所(C R)内を見つめながら他のもの達に聞こえていると意識し、それからの伝達を精神リンクの意識集中だけに切り替えた。



 看護士の趣味!? 何の服装では人前に出られないんですか!?



──ルナ! 買い取った服が──何でもないの気にしないで。



 服を買う!? ショッピング!? ニューヨークの状況はどうなっているのだとルナが思っている最中にマリーから問いかけられた。



──報告を。



 マリア・ガーランドがかしこまった意識を送り返し、ルナは余計な事を追及せず報告を始めた。



 現在ロシア潜水艦を7艦行動不能にしました。これより強奪されたギリシャ海軍のS123カトソニスとアメリカ海軍のメリーランドを追い込む予定です。



──双方の人的被害は?



 やはり彼女の関心事はそれなのだとルナは思った。



 行動不能にしたロシア潜水艦の乗員の2艦の脱出装備が作動していません。どの艦も圧壊あっかいはしてないので脱出していない乗員は生存しています。こちらも損害を受けましたが、戦闘維持可能です。ロシア艦艇乗員救出のためにレノチカに我が社の救難潜水艇(D S R V)の空中搬送を依頼しましたがどうなっていますか?



──すまないルナ。それどころではなかった。掌握していなかった。まだ命じていない。これから至急空輸させる。



 チーフは例のマンハッタンで暴れている怪物対処に振り回されているのだと、ルナ自身もレノチカに依頼してアップデートさせたその事案の情報に眼を通していなかった事をやんだ。



──ルナ、リンケージさせて来たのは報告のためではないでしょ。



 核心を突かれルナは一瞬パトリシアが何もかもを送りつけているのかと戸惑い、そうじゃないからこそマリーが聞いたのだと気づいた。



 はい、マリー。まだ死者は出していませんが、当艦に数名の負傷者を出してしまいました。メリーランドを奪回するのに誰も死なせないと維持する自信がないんです! まもなく東西の水上艦隊がこの海域に押し寄せて来ます。混乱の状況で貴女あなたの命令を遂行する事が────。



 伝えながらルナはこれが自分の吐露とろであり甘えなのだとわかっていて思考を止める事ができないでいた。



──ルナ、大丈夫よ。万が一の事が起きてもその責任はすべて私のもの。あなたが思い切った手段を取れないのであれば、私は命じます。





 この人は! 命じるものが責任を負うのを取り立てた様に言う! そうじゃなく、この場で下す私の判断が人を殺してしまう事もありうるとルナは眉間にしわを刻んだ。





────徹底しておやりなさいダイアナ・イラスコ・ロリンズ! でなければ私がそこに乗り込んで陣頭指揮を取ると、この先あなたはすべからずして私に頼る事になりいずれ破綻する。





 ルナは心が締めつけられる様だと思った。マリア・ガーランドは崖から自分の手足でい上がって来いと言っている。自分と同じコマンダーとしての地位にいろと逃げ場をふさいでいた。だがルナはふと気づいた。常日頃、あの人は特殊部隊のみならず情報部門要員にも同じ態度でいたではないか。



 一人ひとりに自分で状況を判断しろと要求し続けていた。



 それは個を引き上げる事で全体のレベルを嵩上かさあげする確実な方法。



 すべてをトップダウンで行う群は一つの誤りがドミノ倒しのごとく全体の崩壊に繋がる。



 だが群の各階層で判断を要求する方法はより短時間に要因に柔軟に対応でき群の保存に繋がる。



 もしも彼女をニューヨークから引き込んでしまったら、こちらを無難に収束させれても、天秤てんびんはあの都市に傾いてしまい多くの犠牲者を出す事になるだろう。



 甘えるなという厳しさに、折れて受け入れるしかなかった。



 ただ、ルナは一つマリーの言葉が気掛かりだった。



 こちらに乗り込んで!?



 東海岸から!?



 超音速機でも3時間かかる距離をあの人は意識にないのだろうか? それともパトリシアの力で憑依ひょういしてディプスオルカを仕切るというのか。



 だがマリア・ガーランドは多くの事案でパトリシアに人の主導権を奪うレベル8以上の憑依(ポゼッションニング)を禁じていた。それは人の深層意識を傷つける事に他ならずもっとも酷い思いを相手に負わせる事になるからだ。



 彼女は禁じ手を破ってまで乗り込むぞと脅したのだろうかとルナは疑問に思い意識して問いかけた。



 マリー、私が優柔不断だと本当に乗り込まれるつもりなんですか?



 そう問いかけた須臾しゅゆ────。









 思いっきり抱きしめられささやかれた。









「つらい思いばかりさせてごめんねダイアナ」









 その回された腕の力強さとマリア・ガーランドの底知れぬぬくもりに圧倒され絶望の甘さを打ち砕かれた。



 見上げた視線に発令所(C R)の天井の模様が幾万の重なり舞飛ぶ白銀の羽根に見えルナはこれはサイコダイヴによるヴァーチャルなのかと身体を震わせまぶたあふれだそうとするしずくを鎮める事ができないでいた。



 マリア・ガーランドの息づかいと胸の鼓動が確かにそばにあった。





──ええ、一瞬で乗り込める手段があるのよ。それはあなたが無事にみなを引き連れ戻ったら教えてあげるわ。





 ルナは眼を丸く見開いたまま大きく息を吸い込んだ。



 そんな手段があるわけがない!



 だけど今の感覚は何なの────!?



 意識の中に発令所(C R)の現実感が入り込んできながら、チーフの愛用するフレグランスの残り香が確かに鼻孔をくすぐっている事にルナは戸惑い続けた。



 私に好奇心というえさを、誘導のための条件付けをしたのだとルナは現実へ振り返り苦笑いを浮かべ精神リンクを締めくくろうとマリーに語りかけた。



 以上です。出来うる限りの努力をします。



──God breath with you.

   (:神の加護を)



 チーフの離れてゆく感覚を意識しルナは視線を感じ横を流し見た。そばで彼女の異変をじっと見守り強張った顔でいる副長(X.O.)──ゴットハルト・ババツが問いたげに口を開こうとした瞬間彼女はその意を逸らす様にソナー主任エドガー・フェルトンに声をかけた。



「エド、メリーランドとカトソニスの動きは?」



「メリーランドはほぼ動きなし。Uー214の方は方位60から深度を下げ微速で距離をめて来ています」



 間合いをめるのはディプスオルカの位置を把握しての事だろうか? ルナはそれを知るために戦術航海士のクリスタル・ワイルズに問うた。



「クリス、当艦の進路とカトソニス進路の予想交点は?」



「交差しないと思われます。S123は大きく方位60へ回り込んでいます」



 右舷側面に? 気取られず側面に回り込もうとしているのは格好の雷撃ポジションにつこうとしている可能性があった。



「艦長、Uー214が船殻の弱い中型艦だと手をこまねいているとやり込められます」



 非難めいた口調も感じさせずに副長(X.O.)が伏兵の危険性を説いた。



「ええ、ゴース。これより通常動力型をたたきます」



 副長(X.O.)に言われルナはカトソニスを後回しにしてきた事を認めた。船殻の小さなUー214クラスに非殺傷弾頭(N L W H)とはいえ弾頭を撃ち込めば、海水の圧力と相まって圧壊あっかいの危険性があると足の遅い艦を後回しにしてきた。



「ブリューゲルト、マスカー展開。キャス、アクティヴデコイ1を当艦の現状音響を入力し30デシベルアップで方位60へ射出。左舷魚雷対抗近接防衛兵器(T C I W S)2発のみマニュアル射出用意。ゴース、デコイ射出後方位300へ半速前進」



 潜航航海士(D M)のブリューゲルト・ガネルと兵装担当のカッサンドラ・アダーニに命じてルナは三次元作戦電子海図台(3 D C C T)へ視線を落とした。



 さあ、ロシア海軍士官殿。正面から向かってくる敵艦にどの様な策をとるか見せてもらいましょう。







 フランクアレイを打ち砕いてあげるわ!











"Сьерра 1, исчезновение."

(:シエラ(ワン)、ロスト)



 マカーフ・ポレジャエフ准尉(MM)の報告に海図をのぞき込むアレクサンドル・イリイチ・ギダスポフ中佐(KVR)は最後にシエラ(ワン)の予想位置をマークした。



 ステルス艦のシエラ(ワン)はアメリカ戦略原潜に真っ直ぐ向かっていた。



 騒音の捉えやすくなったシエラ(ワン)が急に見えなくなったのはそれまでわざと存在を暴露し当艦とアメリカ戦略原潜を抑止した可能性があった。



"Я нашел Сьерра 1 снова. 35 узлов ! Курс вражеского корабля, Он приходит прямо к нам !"

(:再びシエラ(ワン)コンタクト。速度35! 進路こちらへ真っ直ぐに向かって来ます!)



 大声でポレジャエフ准尉(MM)中佐(KVR)へ報せ敵艦の正確な進路を探りにかかり、その明瞭な音源にシエラ(ワン)が一直線に向かって来る事に気づいた。



"Сьерра 1, Расстояние 900, 840, 720, 600...Вражеский корабль ускоряется !"

(:シエラ(ワン)、距離900、840、720、600──加速してます!)



 艦長のギダスポフ中佐(KVR)は隠れる様に微速で進めていた自艦がもはやシエラ(ワン)捕捉ほそくされている事を疑わずに兵装担当の兵士に命じた。



"Черная акула 1-й и 2-й огневых труб, Направление 300 градусов, Мульти режим звука, Вырежьте устройство безопасности на расстоянии 100 метров, Стрелять с давлением сжатой воды !"

(:1番、2番のブラックシャーク、方位300、マルチ音響モード、距離100でセーフティ解除! 圧搾あっさく射出モードで撃て!)



 直後、発令所(C R)に連続射出する圧搾あっさく水の振動が響き二重反転高トルク・ブラシレスダイレクトモーターによる2基のシュラウドポンプスクリュウの高速ノイズが急激に高まり加速し音が遠ざかった。



 アクティヴソナーの二重奏が響き始めるのを耳にしながらマカーフ・ポレジャエフ准尉(MM)は魚雷のASTRA・A182Sソナーシステムから光ファイヴァーで送られてくる受信音響をコンソール上段のモニタに表示させ、2基共に振れなく真っ直ぐ敵艦に向かうブラックシャークの非ドップラーシフト中波帯域の反響波を見ながら、サブウインドの目標までの距離を読み上げ続けた。



"Расстояние до вражеского корабля составляет 300, 210, 120 ...и 40...Удар !!"

(:敵艦まで300、210、120──40! 爆破!!)



 水中を走る二つのバブルパルスの衝撃波が発令所(C R)の内殻を揺さぶりロシア海軍兵士らの内壁を見つめる顔が強張った。



"Подводный шум быстро поднимается. Нет звука выхода корабля из пульсирующего пузырька. Шум начинает затихать. Для Сьерра 1 пока нет звука..."

(:水中ノイズ急激に上昇。パルスを抜け出る航走音聞こえて来ません。ノイズ下がり始めました。まだシエラ(ワン)の航走音ありません──)



 数人の水兵が期待に顔をくずしかかったが艦長を任されたギダスポフ中佐(KVR)は楽観視せず兵装担当兵に命じた。。



"Загрузите Черную Акулу в огневую трубку от 1 до 4. Подготовка торпедо. Makafu, Чувствуете ли вы знак Сьерра 1 !?"

(:1から4番発射管にブラックシャーク装填。射出準備しろ。マーカフ、シエラ(ワン)の気配は!?)



 レーダーチャートに変換されたウォーターフォールの複合帯域音波情報を見やりながら准尉(MM)はヘッドフォンの音に神経を張り詰めた。聞こえてくる膨大なバブルシャワーの音に混じり、空気中でワイヤーをゆっくりと振り回す様なシエラ(ワン)の独特のスクリュウ音を探し求めた。



"Я не слышу вращающийся звук Лопастной винт...Ho...Я не слышал звук разрушения."

(:まだ航走音聞こえてきません──ですが──圧壊あっかい音は聞いていません)



 破壊された独特の金属音をソナーマンが聞いていないのはわずかでも敵艦が無事な可能性があった。



 魚雷爆発のバブルパルスの嵐が水中をかき乱し完全に消え去るのに250秒以上かかる。その4分余りの時間が永劫に感じられるのは攻撃を行った潜水艦乗組員だけの持つ独特の集慮しゅうりょだった。攻撃をしくじれば、一転して位置を知った相手側が有利な攻撃ポジションに回り込む。



 それがどこから不意に来るのかをサブマリーナは怖れた。



"Я не слышу вращающийся звук Лопастной винт."

(:航走音まだ聞こえません)



 伝えながらポレジャエフ准尉(MM)は一向に引かないバブルシャワーの音に苛つき始めた。



 何かがおかしい。



 まるで複数の魚雷対抗手段の音響欺瞞(ぎまん)雑音発生器(N A E)の発泡音を聞いている様な気がして焦りだした。それが小さくなるどころか徐々に増えている様な気配がする。



 どの様な統合ソナーシステムもフィルターを通され跳ねられる情報よりも人の耳の異質を感じ取る敏感さの方が勝っていた。



"Капитан, Я не могу определить...Похоже, Сьерра 1 приближается..."

(:艦長、確定出来ませんが──シエラ(ワン)が──接近してくる様な────)



 珍しくはっきりとしないソナーマン──ポレジャエフ准尉(MM)の報告にギダスポフ中佐(KVR)はステルス艦を相手にする困難を理解するも言い知れぬ不安を抱いているのを否定できなかった。その思いの最中、准尉(MM)が大声を上げた。





"Диагональ заднего ! 200 градусов в направлении !! Сьерра 1 !! Расстояние 120 метров !!!"

(:斜め後方! 方位200!! シエラ(ワン)!! 距離120!!!)







 前方領域にいた敵艦がなぜ後方から現れる!?



 アレクサンドル・イリイチ・ギダスポフ中佐(KVR)が緊急操艦命令を下しかけた刹那、左舷内殻(ないかく)に轟音が響き発令所(C R)が横殴りの激しい揺れに襲われた。寸秒ソナーコンソールから耳障りな警報音が鳴りだしマカーフ・ポレジャエフ准尉(MM)艦長へ振り向き怒鳴った。





"Hoc-Сонер ! Pорт сайд PFAS поврежден !"

(:艦首バウソナー! 左舷フランクアレイ(P F A S)損壊!)





 瞬間、極太のワイヤーを振り回す音が聞こえ発令所(C R)が直下型地震の様に大きく揺さぶられ床が右舷前方に傾き5人のロシア海軍兵はあらゆる物にしがみついた。



"Сьерра 1, Он едва увернулся !!"

(:シエラ(ワン)、ぎりぎりでかわして行きました!!)





 ソナーマンの報告を耳にしながら艦長アレクサンドル・イリイチ・ギダスポフ中佐は(トド)めを刺して来なかったこれが単純な攻撃でなく警告だと気づいた。





 シエラ(ワン)手を引け(・・・・)と言っている。これは侮辱ぶじょくだと中佐(KVR)は顔を強ばらせ激昂し怒鳴った。





"Черная акула в первой-четвертой огневой трубке, Стрелять с мультиакустической индукцией !!"

(:1から4のブラックシャーク、マルチ音響誘導で緊急射出しろ!!)







 尻に喰らわせてやる!












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