Part 26-2 Hardship 苦難
Б-561 Казань Первая большая подводная лодка 885м 7-я Дивизия Подводных Лодок 11-я Подводная Зскадрилья KСФ(/Краснознамённый Се́верный флот); ВМФPФ(/Военно-морской флот Российской Федерации), Срединно-Атлантический хребет Местное время 17:53 Среднее время по Гринвичу 18: 53/
NDC-SSN001 DEPTH ORCA(/National Datalink Corporation Sub Surface Nuclear), the Mid-Atlantic Ridge Local Time 17:52 GT-18:52
グリニッジ標準時18:53 現地時刻17:53 大西洋中央海嶺 ロシア連邦北方艦隊第11潜水艦戦隊第7潜水艦師団一等大型潜水艦885Mヤーセン型Kー561カザン/
グリニッジ標準時18:52 現地時刻17:52 大西洋中央海嶺 NDCーSSN001型原子力潜水艦ディプスオルカ
「エド、新型アクティヴソナーを打ちます。キャス、非殺傷弾頭ミサイル2発射出用意!」
NDC攻撃型原子力潜水艦ディプスオルカの発令所でルナに命じられソナーマンチーフのエドガー・フェルトンと兵装担当カッサンドラ・アダーニは次々に復誦しながら即座にコンソールのバーチャルキーボードへ指を走らせた。
「L ー P i n g使用受領。座標を願います」
「非殺傷弾頭ミサイル座標、シークモード指示願います」
2人が言い終わる直前にルナは戦術航海士クリスタル・ワイルズへ指示を飛ばした。
「クリス、カザンの移動想定座標をソナーとウエポン管制にアクティヴェート。エド、ピン照射座標カザン予想点から方位120へ200フィートに。入力次第照射! キャス、シークモードをパッシブ、直撃モードで非殺傷弾頭ミサイル撃て!!」
モニタに同期されたポジションデータが表示された寸秒エドとキャスはその値をアクティヴソナー照射座標ウインドと雷撃ミサイル照準指示ウインドにコピーペーストしそれぞれが赤い照射ボタンアイコンを一度タップした。
ディプスオルカの船体6ヶ所にあるL ー P i n gシステム投射機のアクチュエーターが同時に首を振りそれぞれの仰角を取るとその基部奥にある大型リアクター内に三フッ化窒素とエチレンのナノ粒子が超高圧で充填されプラズマ点火された。生じた多量のフッ素遊離基がさらに水素と反応し励起されたフッ化水素分子が光共振機の折り返し共振機でギガワット級の赤外線レーザーを誘導放射させ、それを追うように2基の非殺傷弾頭ミサイルが爆速で突進した。
数百メートルの海水にエネルギーを奪われてなお6条の3.8マイクロメートル帯域の赤外線レーザーは敵潜水艦近傍で1点に集中しその場の数百キロリットルの海水を一瞬で気化させ1極のバブルパルスを生み出すと全方位へ向け強靭な波動を波打たせた。
ロシア海軍多目的原潜カザンのチーフソナーマン──キリル・コチェルギン少尉は自艦の撃ち放った魚雷の爆轟が生みだした膨大なノイズの嵐が過ぎ去るのを辛抱強く待っていた。
それを耳にしたことのあるソナーマンは極めて希少。魚雷命中のバブルパルスの波動の谷に聞こえる敵潜水艦の圧壊音が一瞬聞こえる。その殺戮の響きを夢想し寸秒耳にする異音を探し求める。
"Сьерра-1 не пострадала от торпедной атаки."
(:雷撃にシエラ1巻き込まれていません)
冷静なる御告げをもたらす神に等しきソナーマンの言葉に艦長──アレクセイ・アレクサンドル・シリンスキー大佐は視線を海図台の海底地形の起伏を表す等高線の群落を彷徨わせた。
対潜戦においての絶好の攻撃チャンスを逃した艦は一転し最大の窮地に陥る。それはいかに潜水艦というものが追撃が困難であり2撃、3撃の雷撃ポジションに着くことが幾何級数的に有り得なくなり、自艦の位置を曝した事で敵潜水艦に攻撃機会を与えるという経験則だった。
"Плащаница насос в обеих осях,Полноскоростной форвард. Жесткий порт !"
(:両舷予備シュラウドポンプ全速前進。取舵最大!)
どのみち数ノットしか出せない予備動力だった。キャビテーションノイズも敵に悟られる心配もなければ同じ場所に止まる必要もなく一刻も早く敵潜水艦から逃げおおせなければならなかった。カザンは580メートルの海底に腹を擦り付ける様な匍匐前進に入った。
第二次世界大戦を機に潜水艦の行動が大きく様変わりした。ロシア艦は敵潜水艦を先に探し出し圧倒的な雷数の飽和攻撃で優位な情勢を保つ戦術を取るためアクティヴソナーを使う事を躊躇しなかったが、近代ロシア海軍アカデミーでは徹底的な隠密性を維持し不意打ちをかけるため敵艦を探る音波──ピンの使用を禁じる戦術に方針転換した。
西側の潜水艦も同様であり、自艦を暴露させるピンは打ってこない。その暗黙のルールが深海の暗闇の中で男らの戒律に刻まれていた。
だがシエラ1の艦長が女性──それも大複合企業の副社長だと後に知る事になり彼女が男らのルール破りの行動を取るとは想定もしていなかった。
左舷280に回頭し進むこと117秒。
いきなり発令所に数千塔の鐘樓で同時に鐘を打ち鳴らした爆轟の様な甲高い音が鳴り響きロシア海軍水兵らは耳鳴りに襲われ青ざめた。
"Какой сейчас звук ?"
(:何だったんだ!? 今の音は!?)
シリンスキー大佐は当惑し大声でソナーマンのコチェルギン少尉に問いかけた。
"Пинг ! Мы были pinged из близлежащих! Расстояние 60 метров, заголовок 70 градусов !"
(:ピンです! 至近距離からピン打たれました! 距離60(m)、方位70!)
60メートルだと! いつの間にそれほど近づいて来たのだ!? アクティヴを打たれる前に雷撃射撃位置から300メートルは移動したのだ。どうやって気取られずに先回りした!? いいや方位やこの艦の足をなぜ知っている!? 怒りと不安に鷲掴みにされ艦長がまず命じたのはさらなる方向転換だった。
"Поддержание скорости ! Жесткая звездная доска !"
(:速度維持! 面舵一杯!)
だがその回避行動がもはや手遅れであり、彼はゼロレンジの至近距離から直撃雷撃を覚悟した。その刹那、発令所が大きく連続し2度振動した一閃一気にすべての照明が吸い込まれ闇に呑み込まれた。
"Полная потеря мощности ! Резервное питание, Не удается переключиться !"
(:電力すべてアウト! 予備電力切り替わりません!)
発令所当直士官が告げる状況に雷撃による圧壊ではなく空気中の闇にいることを誰もが一瞬理解及ばなかった。
電力が死んだ状況で機関室が取る行動は1つ。冷却機関が止まった原子炉の制御棒即時投入による緊急停止。それはこの885Mヤーセン型Kー561カザンが数時間に渡り完全な行動不能に陥った宣告だった。
数人が悪態をつき非常用ハンドライトのバッテリー切れを告げアレクセイ・アレクサンドル・シリンスキー大佐は同時にすべての電気系統が不活性になっている事が雷撃の真実だと思い当たった。
アクラ級がシエラ1の攻撃直後急に動力停止になった事を彼は唐突に思いだした。
電磁パルス!
艦長はある種の核爆弾が強烈な電磁パルスを放ち攻撃対象の地域すべての電気網を使用できなくする知識を思いだした。
ソナーが再三圧壊未確認を報告していた理由がこれだったのだ。初めからシエラ1はすべてのロシア艦艇を破壊する意思はなかったのだ。ならなぜ戦闘に介入してきた!?
"Капитан, Давайте уйдем вместе, пока окружающая среда на корабле не ухудшилась. Парусное спасательное устройство, Ручная деятельность все еще возможна."
(:艦長、艦内の環境が悪化する前に全員の離艦を進言します。セイル脱出ユニットはまだ手動で切り離し動作します)
エヴノ・ゴランヴィチ・ラジェンスキー副長に言われ彼はこの艦が今やただの鋼の棺桶と化した事実を受け入れ西側陣営のものと思われるシエラ1──音響ステルス艦の技術的優位を認めた。
だがもうじき到達する北方艦隊の水上群にひとたまりもない事を信じた。
どれだけの技術的優位も圧倒的多数の飽和攻撃の前にはなす術もないのを幾つものシュミレーションと戦術理論で大佐は学んできたのだ。
一刻も早く海上に出て祖国艦隊に無線で警告するのだとアレクセイ・アレクサンドル・シリンスキー艦長は渇望した。
瞬く間に4艦を停止させた。
その内のシエラ級3艦は即座に脱出ユニットを切り離した。離艦し洋上に脱出したのだ。海底のヤーセン級と思われる1艦もシュクバル擬きの激突音の後に行動不能になっている。
1艦も圧壊沈没していない。
ソナー定位の不明瞭なシエラ1は確かに攻撃意図があるのにアクラ級を含め7艦も行動不能に追い込んでいた。
Uー214型S123カトソニスの発令所でアレクサンドル・イリイチ・ギダスポフ中佐は困惑していた。
自艦の撃ったイタリア海軍から闇武器商人を通し入手した魚雷ブラックシャークはバブルパルスを放ったがどの艦にも影響を与えなかった。
次に狼が狙ってくるのは群のもっとも脆弱な部分──オハイオ級メリーランドだった。ロシア艦艇を行動不能にしているからとどこの艦かも知れないシエラ1が到底味方だとは思えなかった。
このギリシャ海軍から強奪した艦はいざという時にメリーランドの盾とならなくてはならない。積極的な戦闘を控え温存し備えるのがアレクセイ・アレクサンドル・シリンスキー大佐からの指示だった。
それはわかっていたが、潜水艦乗りの矜持がそれを覆しそうになる瀬戸際だった。
攻撃型原潜を次々に屠ったのだからシエラ1は通常動力型でない可能性が非常に大きく機動力でも音探でも優位にある。カトソニスで挑むにはよほどの運と条件に恵まれないと勝機がなかった。
その1桁にも満たないコンマ数パーセントを掴み取るのが潜水艦乗りのプライドなのだ。
"капитан, Отражение от Сьерры 1 острее, чем раньше."
(:艦長、シエラ1のエコーが前よりも明瞭になっています)
絶えず位置の不明確だったシエラ1がエコーを返してきているのは、今の戦闘で傷ついた可能性が大きかった。何かの不具合を抱え込んでいる。音響タイルの欠損か? これは好機か!?
ギダスポフ中佐はシエラ1を潰したい欲求に苛まれ続けていた。
"Makafu, Вы уверены в отслеживании Сьерра 1 ?"
(:マカーフ、シエラ1を追い続ける自信はあるか?)
中佐はソナーを担当しているマカーフ・ポレジャエフ准尉に尋ねた。
"Не переживай. Я не утерю из виду этот источник звука."
(:ご安心を。この音源なら見失いません)
その言葉にギダスポフ中佐は決心した。
"Хорошо, Мы победим большую игру. Медленный вперед, Направление 310 градусов."
(:よし、大物を狩り落とすぞ! 微速前進、方位310)
ドイツ製輸出型AIP動力潜水艦は向かってくる謎の原潜へ向け徹底した雷撃準備に入った。
ディプスオルカの損傷は左舷の動力損失と、左舷のアクティヴ音響タイル21パーセントの機能不全だけではなかった。
左に引っ張られる航走により絶えず大きく左舷に当て舵を取るため操舵が思ったよりも大きなキャビテーションノイズを発しているとわかった。
ルナはこれまでの様に一方的な戦術で乗り切れるとは楽観していなかった。
「ゴース、私のせいで────」
副長ゴットハルト・ババツは声に出さずに一瞬だけ右手の人さし指を唇に当て手を下ろすと助言した。
「艦長、当海域にオハイオ級とUー214級が攻略対象としてある場合、理想としては手足を切り落とす事から手をつけるべきです。オハイオ級と刺し違えた場合、無抵抗に通常型に沈められる可能性があるからです」
老練のサブマリーナは生還する道を説いていた。だがルナは正反対の事を考えていた。もう大きく後手に回っている。
これまでのロシア原潜の行動から東側はギリシャ海軍からUー214型を強奪しオハイオ級を占拠したロシア海軍水兵を海の藻屑とすべく命令が下っている事は明白だった。アメリカ第2空母打撃群も合衆国に向けられている弾道ミサイルを阻止するために国防総省から占拠されたオハイオ級を沈める命令が下っていると考えるのが想定された。
CSG2かロシア北方艦隊がここへ臨場するとオハイオ級の乗員解放は絶望的になる。
ディプスオルカ乗員の生還だけを危虞するならオハイオ級とUー214型を沈める戦術に傾倒すれば確実。
だがオハイオ級とUー214型のロシア人すら護れとマリア・ガーランドなら命じるだろう。
困難の上に苦難を押しつけるあの人の人道主義を非難するつもりは毛頭ない。だが法と正義の守護神ユースティティアの持つ天秤は片側にしか傾かない。吊り合わせるのは恐ろしく難しいとルナは思った。
マリーに天秤のどちらを取るのか指示をもらいたいとルナは切に願った。
パトリシア、お願いよ。マリーに精神リンクさせて!
────ハーイ、ルナ! お任せ!
えっ!?
あれほど繋がらなかった少女の異空間精神リンクがオープンになった須臾、突然に流れ込んできた司令官の思考を共有したダイアナ・イラスコ・ロリンズは眼を丸くし混乱した。
────あの看護士どういう趣味してるのよ! こんな服装で人前に出られないわ!
マリア・ガーランドは緊急救命室看護士から買い取った服装に悪態の限りを思い浮かべていた。




