Part 25-1 Wounded 手負い
Б-561 Казань Первая большая подводная лодка 885м 7-я Дивизия Подводных Лодок 11-я Подводная Зскадрилья KСФ(/Краснознамённый Се́верный флот); ВМФPФ(/Военно-морской флот Российской Федерации), Срединно-Атлантический хребет Местное время 17:50 Среднее время по Гринвичу 18: 50/
NDC-SSN001 DEPTH ORCA(/National Datalink Corporation Sub Surface Nuclear), the Mid-Atlantic Ridge Local Time 17:51 GT-18:51
グリニッジ標準時18:50 現地時刻17:50 大西洋中央海嶺 ロシア連邦北方艦隊第11潜水艦戦隊第7潜水艦師団一等大型潜水艦885Mヤーセン型Kー561カザン/
グリニッジ標準時18:51 現地時刻17:51 大西洋中央海嶺 NDCーSSN001型原子力潜水艦ディプスオルカ
艦首左右にある補助動力のシュラウドポンプジェットを停止させ中央海嶺西側の棚に腹を擦りつける様にホバリングしロシア海軍多目的原潜カザンはまるで見えている様にステルス原潜──シエラ1を待ち構えていた。
ソナーに集中するキリル・コチェルギン少尉の邪魔をしない様にアレクセイ・アレクサンドル・シリンスキー大佐は発令所に沈黙を強要していた。
キリルは正面のレーダースクリーン状に変更されているMGKー600イルトィシュ・アンフォラYa統合情報をでなく上部液晶モニタに表示されている極低域の海水中輻射ノイズをじっと見つめていた。
ソナー帯域の受信データには大別し2種類の輻射ノイズが混在し表示される。1つは海水中の自然の輻射ノイズ──海水中の小型生物までが起こすパルス性雑音と海水の巻き起こす海流音。さらに1つはドライエンドである統合ソナー情報処理システムのデジタル処理所以の棒グラフの様な線スペクラムの輻射ノイズが中間で発生する。
ロシアの電子技術はかなり進歩し西側を追っているが、ドライエンドの輻射ノイズを取り除く多種の回路上フィルターを独自の手法で構成できる様になっていた。問題は聴音しようとする西側シュラウド推進システムの中に隠れたスクリュウの発生するノイズの1つがその棒グラフの様な線スペクラムのノイズだという事だった。
ソナーマンはその教育課程で実戦でぶつかる可能性のあるあらゆる種類のノイズについて教育される。その過程でスクリュウの発生する主な3つのノイズを知る。
近代化された潜水艦のスクリュウは極力キャビテーションを生まない様に精確に3次元NC旋盤による外丸削りで流体力学を具現化させたものになるが、それでも高速回転ではキャビテーションノイズは発生する。さらに2つ目のノイズ──シャフトの回転摩擦ノイズも優れた工作精度で極超低域のものには抑えられている。だがどうしても表裏一体で回避できないものが3つ目のノイズだった。
キャビテーションノイズを低減させる薄いスクリュウ翼は海水の攪拌時に震える共振振動を発生させる。問題はこの3つ目の流体的加振力ノイズ──棒グラフ状の線スペクラムノイズを見つけようとするとデジタル回路の中間処理輻射ノイズ低減のフィルターに蹴られてしまう事だった。
キリルは複数のフィルターゲインをぎりぎりまで下げ僅かにスペクラムグラフに発生し始める幾つものノコ刃の様な突起の揺らぎを見つめながら不規則に発生するものの中に固定化した小さなピークを見つけだそうと目を凝らしていた。
艦長にヤンキーの戦略原潜まで向かってくる謎のステルス艦を見つける事を命じられ待つこと数分、キリルはともすれば見失うたった1つの小さなピークに気がついた。
"Капитан, Сьерра 1 приближается."
(:艦長、シエラ1が近づいて来ます)
自信を持って静かに報告するソナーマンの報せにシリンスキー大佐は武器担当士官へ小声で命じた。
"Подготовка С 1 по 4 пусковых труб, торпедного типа 65.Первый и второй – это активное отслеживание, Третьим и четвертым являются дистанционное управление, Все торпеды разрезают защитное оборудование на 50 метров."
(:1から4番雷管タイプ65諸元入力。1、2番アクティヴ走査、3、4番有線誘導、共に50(m)で安全装置解除)
そのセーフティー解除の近さに武器担当士官は生唾を呑み込み小声で復誦した。
"Первый и второй – это активное отслеживание, Третьим и четвертым являются дистанционное управление, Все торпеды разрезают защитное оборудование на 50 метров. Торпедная дверь открыта. Вы можете атаковать врага в любое время."
(:1、2番アクティヴ、3、4番有線誘導で用意。各50で安全装置解除。雷門開いたままです。いつでも射出できます)
シリンスキー大佐は北方艦隊の対潜ヘリ現着まで残り時間の少なくなった今、S123カトソニスとヤンキー戦略原潜は後回しにしても謎のステルス艦と決着をつけるつもりでいた。
奴のせいで我が国の6艦が行動不能に陥ったのだ。
3つのうち2つの魚雷走航音が発令所を駆け抜け消え去った。1つはかなり外れていた。
震えてる余裕はなかった。
幾度とテロリスト襲撃に出ながら銃撃戦で脅えた事など一度もなかったのに、英国王室のプライドが揺るぎそうだった。
ダイアナ・イラスコ・ロリンズは絶えずかかっているプレッシャーに潰されそうな自分を否定できなかった。
マリア・ガーランドはどうやっていつもこの重圧を耐え抜いているのだろうか。あの人が怒りを露わにする事はあれど怯え竦む事を見たことがない。感情の塊の様な女が──だ。
ルナはゴースの視線を感じていた。
部下の前で苦悩する姿勢を見せるなと叱責する彼の堅い言い回しが聞こえそうだった。
「シエラ級3艦に非殺傷弾頭命中! 弾頭作動! 高周波電磁波発生! 急激に収束!」
一気に3艦の敵を屠った。だが胸をなで下ろすのは早いとルナは集中を維持し続けた。
「クリス、メリーランドへの攻撃ポジションまでの時間は?」
戦術航海士のクリスタル・ワイルズが三次元作戦電子海図台のホログラム上に指を走らせSSBN738メリーランドの右舷400ヤード(:約366m)までの距離と艦速から時間を割り出した。
「124秒後です」
2分あまりと報告を聞き、ルナはアメリカ本土へ核ミサイルで恐喝しているメリーランドの動力を真っ先に切るべきだったと僅かに後悔した。その僅かな時間にトライデント2を射出するかもしれない。
設計に携わったこの艦の戦闘力を見たくロシア海軍原潜を攻撃させてしまった。
戦闘には彼我の火力差を見定めるために威力偵察や戦況からの離脱チャンスを残した不意打ちによる探り合いがあるが、多くの場合──遭遇戦では圧倒的な火力で短時間に叩き味方の損害を最小に食い止める。離脱の機会など一瞬に過ぎなかった。
ふとルナはある事に気づいた。
非殺傷弾頭を手にする人道的優位性から沈めた彼らの命を賭のテーブルに載せさせたのではないか。
そんな事はない。
見失う直前まで傷ついた885Mヤーセン型Kー561カザンの圧壊を危虞し二次攻撃を控えたではないか。
だがルナは本質をさらに抉った。
彼らが撤退する事を無意識に期待しながら、その機会を棄てた彼らに鉄槌を加えた。
怒りと衝動による判断だった。
「艦長、メリーランドへの直線行動は危険です」
はっきりと副長ゴットハルト・ババツに指摘され、それをルナは意識の隅に追いやり己の攻撃性を否定する模索に埋没しようとして深層心理の警鐘に気づいた。
動線を読まれる!
「ゴース、回頭! 方位70、速力維持」
潜水艦戦の基本的戦術の1つに通り道を知られてはならないというものがある。それは水上水中を問わず敵部隊へ絶好の攻撃機会を与え、運良く逃れてもさらなる追撃チャンスの主導権を握らせてしまう。
アクティヴ音響タイルと基本放射ノイズの低減化からいつの間にか絶対に安全だと思っていた事に彼女は気づいた。振り返ると敵は闇雲に雷撃を放っていたのではない。
幾つかの雷撃は何らかの方法でこちらの場所を特定したが如く至近距離に撃ち込んできた。
躱せていたのは魚雷シーカーのソナーの小型形態による索敵能力の低さと運だ。
存在位置の確率分布をとってきた様に行動を読まれ攻撃を仕掛けてきた。
私はその事に気づいていた!
内なる警鐘に脅えていたのだ!
ディプスオルカの技術的絶対有利性を否定される────自身の能力を凌駕するものの経験則という存在に震えていたのだ。
いきなりソナーマンチーフの発した報告にルナは強張った視線を振り向けた。
「雷撃です! 雷数4! 方位285、距離280(:約256m)!!」
回避まで10秒しかない! 左舷に殺到する雷数4の魚雷を魚雷対抗近接防衛兵器が捌ききれない!
やはり探りの手段を敵は得ている!
狙い撃ちだからすでに安全装置は解除され、雷数の半分は有線誘導でこちらが緊急回避を行った先へ航跡を読まれ修正をかけてくる!
「クリス! 雷撃位置マーク! 機関停止! 最大転舵! スターボード! キャス! 両舷魚雷対抗近接防衛兵器オミット!」
各種の魚雷対抗手段や深度を変えればタンクの注ぐか排水音を与えてしまい、航行を続ければリニアシュラウドスクリュウと言えども何らかの手がかりを与えてしまう可能性が大きかった。だが船舶は動力を切った時点から舵の効果を著しく失う。それでも雷撃線想定の距離を少しでも変えなければ至近距離で起爆されてしまう危険性が大きかった。
「距離200、170、140────マム、雷数2回頭! 方位300へ、310──」
思った通り標準的回避方向へ振ってきた! 敵はこちらの正確な位置と進路をつかんでいた!! そうルナは思った寸秒、絶えずマイクで音声を拾っている人工知能へ放送区分切り替えを命じ怒鳴った。
「全艦放送! 総員、衝撃に備えて!!」
「距離80、50(:約46m)──起爆!」
刹那、凄まじい爆轟とマグネチュード8クラスの様な突き上げに発令所の皆が手近なものに身を預け必死の形相で揺れに堪えた。
激しい揺れが収まりきる前にルナは全艦放送で報告を命じた。
「各所、損害報告!」
『機関室──左舷リニアシュラウド破損! 超低温システムの温度が上昇中。複数の配管から漏水──修復ドローン対応中』
『厨房! 火災発生しましたが現在自動消火により鎮火』
『艦長、船員コンパートメントです! 2名が投げだされ負傷。コーディ・ギャレットが重傷です』
ルナは艦長席の背もたれをつかんだまま発令所を見回し怪我人の有無を確認しながら艦内放送で命じた。
「ドクター・グレネル、船員コンパートメントへ大至急。重傷者あり」
彼女が言い終わるのを待っていた様に潜行航海士のブリューゲルト・ガネルがコンソールのモニタを見つめながら報告する内容にルナは床の一点を見つめたまま目まぐるしく考え始めた。
「艦長、左舷前方アクティヴタイルL12からL34までが損壊。パラメーターが異常値をさしています。放射ノイズを避けるため損壊部分を停止しました」
艦舷のステルス機能が2割失われた。今の雷撃はカザンなのか!? それとも新たなロシア艦艇だろうか? ソナーが拾っていなかったという事は早い時点で戦域にいた事になる。3艦のシエラ級以外に新たなロシア艦艇が来たという兆候はなかった。それをソナーマンチーフに確認する様に尋ねた。
「エド、雷撃直後に近隣で動きのある艦は?」
「増加ノイズで現在聴音不能。雷撃直後の走行音以外に聞こえていたのはメリーランドとUー214の輻射ノイズだけです」
攻撃してきたのが何であれ、ヒットエンドランの鉄則を無視し至近距離に止まっているのが不気味だった。いいや、微速で移動しているのかもしれない。こちらは水中ノイズのカーテンに隠れる事もできなくなり、動力が半減している。片側の推進器のみで航行すると大きく当て舵を切らなくてはならずそれが余計なラダーキャビテーションノイズを出してしまう。
ならラダーを切らなければ良いのだ。
「ゴース、右舷動力を微速前進。方位修正なしで265まで回頭したらリニアシュラウドスクリュウ停止。今の伏兵に雷管を向けます」
「了解致しました。右舷微速前進。方位265まで当て舵なしで回頭!」
ルナは左舷の内殻壁へ眼を細め睨み据えた。
この艦を傷つけた礼をしてやる!
まずは震え上がらせ混乱させてやる!
「エド、|新型アクティヴソナー《L ー P i n g》を打ちます」




