Part 24-1 The Truth 真実
Bern virkið - Álfabæjar í mismunandi heimum/
Emergency Medicine - Lower Manhattan NYC NY, USA 14:10
異界のエルフの郷ベルンフォート/
14:10 合衆国ニューヨーク州マンハッタン ダウンタウン救急医療病院
霧が途切れ、ものの燃え切った匂いにマリア・ガーランドは辺りを見回した。
木立が見えたが太い木の幹の半ばまで炭になり火の粉が粉雪の様に舞い飛んでいる。
ベルセキアの引き起こした爆炎から多くの人を護れただろうが、市庁舎公園は焼け野原になってしまったのだ。
振り向いたが市庁舎パレスどころか、ブロードウェイ越しのビル群もなく延々と続く焦土の隆起が繰り返し遠くに峰の連なる連山の────どこだここは!?
思い当たるものが合った。
シルフィー・リッツアの意識にサイコダイヴした時に見えた光景の様な気がした。
なら延々とエルフの遺体があるのかと、落ち葉の様に積もった灰の地面を見まわすがエルフどころか大型動物の死骸もない。
いるわけがないと漠然とした思いが湧き上がる。それが劫火の様な有り様なのかとマリーは考えたが、理由じゃない様な気がする。
────喰らいつくした。
マリーは用心深く歩き始めシルフィーを意識してベルンフォートという地名が浮かんで名前に郷里の様な心象を感じた。
またハイエルフの意識に入り込んでいるのかとマリーは思ったが、入る理由を思い当たらなかったし心象イメージの具現化にしては生々しさを感じる。
お腹に違和感を感じてマリーは右手のひらを当てた。
確かベルセキアにわき腹から背中まで貫かれたはず。だがバトルスーツに穴はなく受けた傷が幻覚だったのかと戸惑いが生まれた。
声をかけながら歩くと誰か瀕死のものが見つかるかもしれない。
────喰らい足りない。
"Er einhver þarna ?"
(:誰かいませんか?)
"Hey, er einhver þarna ?"
(:ねぇ、誰か?)
しばらく呼びかけながら歩いていたが、燃え残った木株が爆ぜる音しか返事がないのでマリーは黙ってしまった。
嗚咽が聞こえていた。
その方へ歩き出すと、嗚咽の合間にぶつぶつと呟く声が聞こえマリーは逆に歩む足音を殺した。
何か良からぬ事が、と不安がよぎる。
燃え残った幹の集まりの間から地面に両膝を落とし横たわる女性の様な衣服を着たものに頭を垂れ喚いている長髪のブロンドの女性の背が眼に止まった。
倒れているものが1人ではなかった。周囲に十数体の遺体がある。しかもそのどの身体にも頭部がなかった。
"Af hverju... Af hverju líkar þú það..."
(:どうして──どうしてあんなものを──)
後ろ姿に見覚えがあった。
「シルフィー! シルフィー・リッツア!」
マリーが名を呼ぶと両膝をついてすすり泣いていたシルフィーがゆっくりと顔を振り向け横顔で流し目を送りマリーを見つめた。
その表情が見る間に強張り、怒気を含んだ眼差しに豹変する。
"Hvernig dirfist þú að drepa systur þína og Ættmenni !!"
(:きさまよくも姉や部族のもの達を──)
「何を言ってるのシルフィー!? 私じゃないでしょう! ベルセキアがあなたの仲間を────」
まるで英語が通じていない様にハイエルフが立ち上がり完全に振り向くと高速詠唱を唱え右腕を高次空間へと差し込むのが見えていた。
隔絶されし証──ディスタント・テスティモニィ──フェンリルの刃を引き抜くつもりだとマリーは後退さった。彼女と争う理由もなく何かの誤解だとマリーはうろたえた。だがハイエルフは本気で至高の武器を引き抜こうとしている。
どこへ逃げようとも足で行ける先まであの武具はすべてを引き裂く。
"Ekki láta mig hafa rangt fyrir mér, Silfy !"
(:誤解しないでシルフィー!)
英語でだめならとマリーはエルフ語で理解を求めようとした。
"Þú tókst þau orð frá okkur, var það ekki ?"
(:その言葉も我の仲間から奪ったのだな)
ハイエルフはそう押し殺した声で恨み言を1つ吐くと横の異空との狭間からゆっくりとオーロラの輝きを溢れさす人の身長ほどものクレイモア(:大剣)を引き抜き横様に薙ぎ払った。
一瞬で途方もない広さの燃え残り燻る炭の木々が爆轟と共に霧のように散りぢりになる。
マリーは大きく仰け反り地面に逆手をついた胸先をぎりぎりでその刃が通り過ぎた。
ブリッジから両の足を蹴り後転し地面に跳び立った瞬間マリーは背を見せれば真っ二つに切り裂かれると覚悟し、聞き分けがないのなら力尽くで分からせるしかないと相手の双眼を睨み据えゆっくりと足を踏みだした。
縦から来るか、また薙ぎ払う様に横から来るか、重さの殆どないフェンリルの刃は大剣の見た目よりも構えてからの振り切りが速く、それ以上に振り切ってからの二振り目が恐ろしく素早い。
マリーが5歩相手へ近づいた瞬間、今度は構えもせずにシルフィーは縦に大剣を振り下ろしてきた。その虹の帯が急激に迫るのを見切りマリーは肩から身体を捻りぎりぎりで背後に躱しそのまま一気に7歩踏み込んだ。
その寸秒、いきなりマリーは相手へ走り地面を蹴り込み横へと飛び上がり空転すると彼女の踊ったプラチナブロンドの毛先を虹の帯が飛びすぎた。
速い!
しかも躱す事を見切り返し技を!!
振り下ろした直後、手首を返し剣を斜めに打ち上げてきた。
横に振り出した左足が地面を捉えた瞬間さらに駆けハイエルフまで20ヤードを切った。シルフィーは構えを変え両腕を右の腰の後方へ引き身体をその方へ捻る。
一瞬──100分の1秒に近い爆速で大剣の切っ先を弾丸の様に打ち込んできた!
その虹のスピアを地面を蹴り込んで斜め前に飛び上がり身体を捻り突き出された大剣を軸に髪で撫でるように一瞬で躱し地面に足がつく寸前に前のめりに倒れた。
踊り上がったプラチナブロンドの先を返して横に振り切ったフェンリルの刃が掠め飛ぶのが首筋でわかった。
この女はできる!
必ず二激目を意識し襲いかかる。
近接格闘戦のノウハウを十分に持ち合わせている。エルフ切っての戦士だと嘘偽りないのがわかった。
二激目を構築できるならその先もあり得ると先読みの応酬となった。
剣筋が遠ざかりかけた一閃マリーは地面を短距離走者の如く蹴り込み前へ駆けた。
シルフィー・リッツアまであと9ヤード。
その瞬間、相手が左手を剣の柄から放し手のひらを押し出し向けてきた。
高速詠唱し、精霊シルフの加護──魔法障壁を展開した刹那、マリーのその青い壁に発光が激突し飛び散った。
相手が剣を振るいながら雷撃魔法の高速詠唱を終えていた。
おかしい?
何かがおかしい!?
何で高速詠唱できるのだ!?
どこでそんな技術的を身に付けた!?
────奪い取ればいいのさ。
マリア・ガーランドはハイエルフへあと数ヤードと迫りながら急に立ち止まり己の両手を見つめ驚いた。
見覚えのある刃物が指先すべてから伸びていた。
ステレッチャーに乗せられ緊急処置室へ向かう看護師達を追いかけアン・プリストリはパンプスを鳴り響かせ駆けていた。
その台に乗せられた心臓の止まっている少佐の腹の部分が波打つ様にうねりまるでコンバットスーツの下に数匹の手首ほどの極太の蛇がぬるぬると動いている様に見える。
地獄の魔物が人にとり憑き歓喜に震え肉体を完全に手中にしようとすると同じ事が起きると彼女は知っていた。
しかし、少佐からは魔物の気配どころか匂いの欠片すらもない。
見誤っているのか!?
だがアーウェルサ・プールガートリウム────裏煉獄の主の俺様に限ってそんな事はないとアンは顔を強ばらせていた。
少佐の身に何が起きてる!?
先に急ぐ看護師がステレッチャーをICUに運び入れアンもそこへ入ろうとして後の看護師に押し止められた。
眼の前でスライドドアが閉じられその扉をアンは1発殴りつけた。
そのドアの反対では医療関係者達の混乱が起きかけていた。
「患者の生命兆候サインは!?」
救急担当医がステレッチャーを押してきたベテランの看護師に尋ね看護師が即答した。
「停止しています。呼吸もありません!」
医師は看護師の1人に命じながら患者の着ている黒いウエットスーツの様な服を見回しダイヴィング中の事故かと思い患者がコンバットブーツを履いている事にそれを否定した。
「この患者の服を胸元と肘上まで切り開いてくれ」
医師はそれに続き除細動セットの準備と除細動後の静注薬の準備、器官挿入の準備を連続し命じた。すぐに1人の看護師が刃先の丸いハサミを小型のステレッチャーの引き出しから取り出し一度刃を開き異物の確認をしてから首元から胸の方へ切ろうとして悪戦苦闘を始めた。
「搬送してきた救命士は一次救命で呼吸停止から何分経過してると──」
1分処置が遅れれば10パーセント回復の見込みがなくなる。受け入れた看護師へ問いかけその合間に視線をウエットスーツを切り開こうとしている看護師が襟首からまったく進んでいないため声をかけた。
「どうした!? 早くしろ」
「先生、このスーツ切れないんです!」
ドクターがハサミを受け取り切り開こうとするが、男の力でもまったく切れず、彼はハサミを抜いて看護師へ手を差し出した。
「メスを!」
すぐに看護師が消毒されたトレーからメスを1本つかみ握り手を先にしてドクターに手渡した。医師は刃を上にしスーツの襟首を引っ張り刃を差し入れて表面へ切ろうとするがまったく刃が見えてこない。
「くそっ、歯が立たない。ケプラーの類か!?」
「先生、クランケの腹部を見て下さい!」
言われ医師はメスを襟首から引き抜き患者の腹部へ視線を走らせた。
その締まった腹部がうねり動いている。
この患者バイタル停止じゃないのかと一瞬思い痙攣なのかと考えたが、とてもそんな動きに見えない事に気づいた。まるでスーツの下に何かの小動物が挟まれもがき動いている様に見えた。
医師は患者の左脇腹のスーツに指数本が入りそうな破れに気づきそこへ襟首の様にメスを入れて力を表面にかけると少しずつ破れた部分が切れ広がり始めた。
それを腹膜の大きさに切り広げてウエットスーツを捲り医師は動きを止め眼を強ばらせた。
患者の腹部の皮膚がまるで蝋細工の様な半透明に白色化しておりその部分が胎児が動いている様に盛り上がり波打つ。
医師は妊娠なのかと考えすぐにそれを否定した。どう考えても子宮よりも上で左肺臓から十二指腸の部分が動いている。
それを3人の看護師も手を動かすのを忘れ見入っていた。
その部分から別な生き物が食い破り飛びだして来そうだと思い医師はそれをかなぐり捨てた。
だが医療関係者の誰一人その光景から逃れられずにいた。
"Þú ert mistökin sem systir mín veitti fæðingu."
(:お前は姉が生みだした失敗作)
眼の前で告げるハイエルフの言葉が心に突き刺さってくる。その幾つもの黒く伸ばされる腕から逃れようと頭振りマリーは後退さった。
「違う──わたしは────ベルセキアなんかじゃない」
そう弁解し口を被おうとして幾つもの刃が顔の前で交差した。その合間からフェンリルの刃を振り下ろしたまま地面を引き裂きながらシルフィー・リッツアが歩いてくる。
"Ástæðan fyrir tilvist þinni er sú að ég mun drepa þig."
(:お前の存在理由は私に破壊されること)
違う! 私はマリア・ガーランド! ベルセキアなんかじゃない!
怪物なんかじゃないのよ!!
────そう、どんな悪魔も己が正しいと思っている。
ふとマリア・ガーランドは1つの事実に辿り着いた。
善悪は関係ない。
喰らい合い最後に生き残るものが正しさを語る資格がある。
あのキメラは自分の存在価値の正しさを実証したいだけなのだ。
一瞬で高速詠唱を口ずさみ背後に理の道を広げる。
その円形の奈落に背中から落ち込む一閃、シルフィー・リッツアの振り上げた隔絶されし証──ディスタント・テスティモニィが虹の濁流を立ち上げ異空間通路を引き裂きスパークを迸らせた。
その幾つもに重なり合うオーロラの輝きを闇のトンネルの狭間で眼にしたマリア・ガーランドは自分の手をまたしても掴むものの存在に気づいた。
圧倒的な数の白銀の羽根が舞い散っていた。




