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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #23
116/206

Part 23-4 Scream Monastery 絶叫修道院

St.Peseta Monastery New River Northern Phoenix, AZ. Dec 5th 2008


2008年12月5日 アリゾナ州フェニックス北部ニューリバー(セント)ペセタ修道院



 修道院長のオーレリア・ヤングは寝つきが悪く、しかもまだ夜が明けぬ夜更けに目覚めてしまう。



 歳のせいかと65になった自分の年齢とファミリーネームの皮肉さを週に2、3度は思ってしまう。



 オーレリアがやっとうとうとしだしたころ、遠慮がちにドアがノックされ彼女は素早く起き上がり灯りを点け入るように返事をした。



 中堅のシスターが静かにドアを開いて姿を現した。心なしか青い顔をしてる様に見え何か問題が起きてるのだとオーレリアはさとった。



「どうしましたかシスター・レイラ?」



「お休みのところを申し訳ありません。孤児院で騒ぎが──子ども達だけでなく止めに入ったシスター達も暴力行為を────」



「行きましょう」



 オーレリアはガウンを羽織るとシスター・レイラについて部屋を後にした。



 孤児院は3本の渡り廊下で修道院に繋がる別館なので騒ぎが聞こえなかったのだとオーレリアは思った。シスター・レイラと渡り廊下を歩いていると鼻をつく焦げた臭いに彼女は足を速めた。



 別館の廊下に入るとその暗い廊下奥にわめきあう声が響いていて奥の礼拝堂の方だと早足で歩くと焦げた臭いは完全にものが燃えている時特有の嫌なものに変わり、廊下窓から差し込んだ月明かりに長い廊下に数人のシスターや子どもらが倒れているのが眼について驚いた。



 シスター・レイラがしゃがみこみ倒れた子どもやシスター達に次々に触れオーレリアに顔を上げ強張った表情で告げた。



「だめです、シスター。息絶えています」



 オーレリアがよく見るとシスター・レイラが触れている仰向けに倒れたシスターの顔が堅いもので殴られたのか大きく傷つき血だらけになっていた。



 大変な事態だとオーレリアは恐るおそる礼拝堂へと足を運んで蒼白そうはくになった。



 礼拝者の座る長椅子が積み上げられき火のように燃え上がっている。その礼拝堂のいたる所で子どもやシスター達がつかみ合い傷つけあっていた。



 喧嘩や騒乱といった類のものでない事は明白だった。みなが相手に致命傷を負わせるまで暴力を振るっている。



 オーレリアは片手を上げつぶやいた。



「やめなさい──やめるのよ────」



 子どもの1人──ジュリー・ラナマンがつかみ合っていた男の子にお下げをつかまれながらも眼孔にハサミを打ち込み倒すとオーレリアに顔を振り向けた。



 その顔に明らかな殺意が浮かんでおり、オーレリアの方へハサミを握りしめ歩いてくる。



 オーレリアの横をすり抜けシスター・レイラがジュリーを止めに入った。



 止めに入ったはずのシスター・レイラが右手に握るものを眼にしてオーレリアは唖然となった。



 暖炉用の火()き棒。



 鉤爪かぎつめのついたものを廊下で拾い上げていた。



 シスター・レイラは足取りを速め向かってくる女の子に合わせ鉄の棒を振り上げた。



「やめなさいレイラ!」



 オーレリアがそう声をかけた寸秒止めに入ってくれたはずのシスターが凄まじい勢いで女の子の頭部を火()き棒で殴りつけ、女の子は額から血を吹き出し派手な音を立て卒倒した。



「シスター・レイラ──なんて事をしたの!」



 その非難にも顔を向けず火()き棒を握りしめたままのシスターへ2人の子どもと1人のシスターが振り向いた。すぐに向かって来だしたその3人が手にてに何かしらの凶器たるものを握りしめていた。誰もかれもが返り血を浴び己の血か他人の血かわからない状況だった。





 悪魔()き。





 オーレリアはそう思い後退あとずさり出入り口から廊下に出ると、背後の誰かにぶつかり慌てて振り向いた。



 相手が素手なのでまず安心したのもつかの間、彼女の顔がゆがんだ。



 女の子────新しく孤児院に受け入れたパトリシア・クレウーザが横向きに片腕を上げオーレリアの退路をはばんでいた。



 礼拝堂の焔に照らされたパトリシアの顔を見てオーレリアは、その子のエメラルドグリーンの瞳が尋常でない輝きを宿している事に気づいた。



 その刹那オーレリアは廊下へ逃げだそうとしていた事を忘れ礼拝堂へ振り向いた。







 オーレリア・ヤングは向かって来る子どもとシスターへ引きらせた顔で笑みを浮かべ大きくまなこを開き素手で立ち向かって行きながら衝動に染め上げられていた。







 1人として生かすものか!










 ペセタ修道院に火の手が上がっているとフェニックス北部のブラックマウンテイン管区警察署へ通報があり3台のPC──パトロールカーで警官達6人が駆けつけた。



 ペセタ修道院は管区警察署の北へ車で10分ほどの団地の西外れにある。彼らの方が消防車よりも先に現着し、修道院に近づくと奥の別館の屋根が派手に焔を吹き上げていた。



 敷地にPCを乗り入れ修道院の前に止めた巡査長のベネット・ウルジーは修道院前に誰も逃げだしていない事に不安になり、巡査達に手分けして内部を捜索する様に命じて自身が先導して修道院のドアを開いた。



 ペセタ修道院は正教会のカトリック女子修道院であり限られた区画以外は男性立ち入り禁止とされているのをベネットは承知していたが、避難者が1人もいない異常さにお構いなしに部下達に調べに行く様に命じて彼も廊下を歩き始めた。



 ブラックマウンテイン管区のパトロール区域という事もありベネットは修道長を訪ねた事もあったので廊下のどこからが男性立ち入り禁止かを知っていた。



 フラッシュライトで照らされたおごそかな雰囲気の廊下を声をかけながらベネットは部下の1人と先を急いだ。



「誰か! 誰かいませんか!? シスター!?」



 修道長の部屋近くの廊下の壁際に小柄こがらなものがひざを抱えうずくまっているのが、20ヤード(:約18m)先の明かりの中に浮き出た。



 その照らしだす明かりにひざから顔を上げたのは10歳ぐらいの男の子だった。



「大丈夫か、君!? 他の人達は!? シスターは!?」



 ベネットが問いかけると、明かりの中に男の子がゆっくりと立ち上がった。



「チーフ、あの子──」



 部下の巡査がベネットに声をかけて注意をうながした。



 その子どもは右手に庭木に使う剪定せんていバサミを握りしめており、その開いた刃と右腕のそでが血まみれだった。



 目つきがおかしいとベネットは気づき彼は左手のフラッシュライトで男の子を照らしたまま右手を腰のホルスターに入れたM64リヴォルヴァーの銃握にかけた。



「君、それを捨てなさい」



 ベネットがそう命じると、男の子は疲れきったというゆらゆらとした足取りで彼らへ歩き始めた。そうして剪定せんていバサミを片手で突き出すといきなり向かって来る歩調を速め、ベネットは強く危機感を抱きリヴォルヴァーを引き抜いた。



「止まり、そのハサミを捨てるんだ!」



 銃口を向けられた男の子はまるでその警告が聞こえていないかのごとく、速めた歩調で彼らまで10ヤードと迫った。



「止まらんと撃つぞ!」



 ベネットが怒鳴った刹那、廊下に銃声が響き照らした明かりの中で男の子が額から血を引き伸ばし仰向けに倒れた。



 部下が子どもの額を撃ち抜いた事にベネットが斜め後ろを振り向き部下を見つめた。



 その銃口が自分の顔に向けられている事にベネット・ウルジー巡査長は唖然となった。そのリヴォルヴァーを向ける部下が薄ら笑いを浮かべ冷ややかな眼差しを向けている事に気づいた一閃いっせん────。





 ──彼の眼の前でマズルフラッシュが膨れ上がった。











 駆けつけた消防士が警官に撃たれている。



 そうブラックマウンテイン管区警察署へ連絡が入った事に夜勤長をしていたブレア・オールディントン警部は耳を疑い動揺しパトロールに出ている全PCと警察署に待機していた巡査12人へアーマー・ベスト着用で出動を命じ自身も覆面捜査車輌でペセタ修道院へと急いだ。



 火災が発生していると先に出動した6人のうちの誰かなのかとブレアは電子サイレンを鳴らし青のフラッシュをダッシュボードで点滅させながら修道院へ急いだ。



 何が理由だと彼は困惑し6分ほどで修道院の敷地へ入ると建物前の広場にPC6台と消防車5台が散らばっており、先に駆けつけたパトロール巡回中だった巡査や消防士達がそれぞれの車輌の陰に隠れ修道院から撃つ銃弾を避けていた。



 ブレアは捜査車輌から下りるなりトランクからM4A1カービンを取り出し、PCの陰でカービンを手に様子をうかがっている巡査2人に駆け寄り大声で状況を尋ねた。



「どうなってる!? 本当にうちの署のもんがこの騒ぎをやってるのか!?」



「間違いありません! カルロスとゴードンです! 2人とも窓からカービンで撃っています!」



「カルロス・ファルコナーとゴードン・ギャラガーがか!? 間違いないのか!?」



 2人とも勤続の長いベテラン巡査じゃないかとブレアは顔をしかめ困惑した。



「チーフ、間違いないです! 俺は窓から『みんな死ね』と怒鳴るギャラガーを見ましたし、廊下で誰かに発砲してるカルロスの横顔も見ました!」



 修道院の裏手から焔が立ち上っており、その火が修道院全体に燃え広がろうとしているのに、そこに籠城ろうじょうし消火活動をしようという消防士を狙撃するなど尋常じゃないとベネットは思った。



 この馬鹿騒ぎを止めさせないといけない。



 彼がどうするかを考えている最中、ドアが開いたままの正面玄関から10歳ぐらいの女の子が歩き出てきた。



 その女の子はポニーテールを揺らしまわりを見回した。



 その子が撃たれると警部は立ち上がり修道院の窓へカービンの銃口を振り向けた刹那、隣のPCから拳銃を連射する銃声が上がり、ベネットのまわりに車輌に隠れている巡査や消防士が撃たれ始めた。



 ベネットが驚いて振り向くと、先ほどまで隣のPCに隠れていた巡査がリヴォルヴァーを撃ちまくり、巡査や消防士を次々に5人倒すとシリンダーをスイングさせ5発の空薬莢(やっきょう)を落としスピードリローダーで装填しようとしていた。



 咄嗟とっさにベネットはカービンでその狂った巡査の足を撃ち抜いたが、その巡査が装填を終えシリンダーをフレームに戻したので彼は仕方なく胸に2発撃ち込んだ。



 どいつもこいつもどうなってるいるんだ!?


 警部がそう思った瞬間、背中に重い衝撃と痛みを感じ彼はカービンを振り向けた。





 眼の前に大型の斧を振り上げた消防士が2激目を打ち込もうと両手でつかんだ柄を振り下ろす寸前だった。











 止めなきゃ! やめなきゃ!



 そう心の片隅で思いながらも、現れる子やシスターが顔を見て悪魔を眼にしたと思われ続け、虐殺の連鎖が始まった。



 少女は、ゾーイ・ジンデルの取り巻き連中だけを倒すつもりで始めた。だが駆けつけたシスターにけがらわしい目つきで見られ、悪魔だとそう思われた瞬間止めるきっかけを失ってしまった。



 近づく大人、子どもに関係なく他のものに襲いかかり殺したい衝動を押しつけた。



 何かを手にするものはそのもので、何も持たないものは素手で、目についた相手が動かなくなるまで手を下す。



 どいつも、こいつも死ねばいい。



 こんな世界はいらない。



 みんな死ぬまで続けてやる。



 それが間違いであり、いけないことだとわかっていても怒りの力は凄まじかった。



 孤児院に火の手がまわり、少女はその焔に追われる様に修道院の方へ歩いた。



 火の手は3つの渡り廊下を伝わり修道院へ燃え広がっていた。



 一度、植えつけた願望は影響下を離れても長い時間その衝動が生き続ける。修道院にも獲物を求め歩き渡っていた数人の子やシスターらがいた。



 その殺人衝動を抱いた人らが倒していないシスターらにも衝動を押しつけてゆく。



 修道院に入ってきた警官らにも押しつけてゆく。



 駆けつけた消防車から下りた消防士らに生き残った警官2人が撃ち始めると、しばらくしてさらに多くのパトロールカーが敷地に入ってくるのが見えていた。



 どいつもこいつも死んじゃえ。



 少女は正面玄関から外に出ると眼にした大人らを攻撃衝動で染め抜いた。



 力が及ばぬところにいる人らも見逃すつもりはなかった。







 そこまで行けば、この力のフィールドが誰であろうとも染め抜ける。











 騒乱の後方に1台のスポーツタイプのジャガーが走って来ると修道院の敷地出入り口の際に止まりライトを消した。



 運転席のドアを開き降り立ったのは若者だった。



 彼は騒ぎにオレンジの虹彩を向けると、真っ直ぐに修道院の正面玄関へと歩き始めた。



 途中数回、銃弾がかすめ飛んだが若者は気にする素振りも見せずに歩き続けた。



 PCの陰にいた若い巡査が気づき低い姿勢で駆け寄ってきた。



「立ち入らないで! ここは危険です! 退去──」



 若者がオレンジの虹彩を向けた瞬間、その巡査は言葉を失い白目をむきその場に崩れ落ちた。



 その巡査を置きざりにし若者は真っ直ぐにPCの間を抜け正面玄関の前で車のライトに照らし出された女の子の方へ足を運んだ。



 白い明かりの中で振り向いた女の子が一瞬驚いた表情を見せ若者をにらみつけた。





「無駄だパトリシア。私に君のサイコダイヴは無意味だ。これは連続殺人鬼が君に命じている事に対する君のあらがいなんだよ」





 若者に告げられ女の子は眉間にしわを刻み操ろうと力を振り絞った。



 寸秒、女の子は左の下(まぶた)から血があふれ流れ落ち視線が定かでなくなると糸の切れたマリオネットの様にがくりと地面に両(ひざ)を落とし前のめりに倒れかかった。



 その身体に腕を差し込み若者が抱きとめた瞬間、女の子は彼の名を思い出しつぶやいた。





「ヘラルド────ここはつらいの」





 抱き上げられた直後、女の子は朧気おぼろげな彼の顔がゆがみ、女性の顔に変わるのを不思議そうに見つめた。



 その女性が優しい眼差しで見つめ返しており、マリーのおば様のローラ・ステージによく似てるけれど誰なのだろうと女の子が思った矢先に彼女が女の子を下ろし地面に立たせた。



 燃え盛る修道院も、警官も消防士もなくなっていた。明るい日差しの眼の前には見も知らぬ二階建ての家があり、周囲を見回すと牧場のかたわらだった。







 少女の背後で白銀の翼を静かに広げた天界人が17歳のパティの肩をそっと片手で押し出し告げた。







────さあ、存分におやりなさいパトリシア。







 パトリシア・クレウーザが立つのは連続殺人鬼カエデス・コーニングの生家だった。












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