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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #22
112/206

Part 22-5 Two Steps to Hell 地獄への二歩

City Hall Park Broadway & Chambers St, Manhattan 14:03


14:03 マンハッタン市庁舎公園



 眼にしたものに疑いを持った事など今まで一度もなかった。



 国家安全保障局(N S A)ニューヨーク支局長マーサ・サブリングスは市庁舎前の広場に上空から落ちてくるものを視野の隅に捉え視線を振り上げそれを見続けていた。



 広場にあの金髪の女性が落ちてきた(・・・・・)──いいや、飛び下りてきて石畳と3段の石階段の一部を陥没させた。



 即死だとマーサは思った。



 パラシュートもラペリング・ロープもなく高層ビルよりも高い所から落ちたのだ。だが背を向けたNDC社長マリア・ガーランドの先でその金髪の女は両(ひざ)を伸ばし立ち上がり顔を向け言い放った。



「喜べ! 約束通り、貴様を殺しにきてやったぞ!」



 どうしてあの女はあんな高いところから落ちながら無傷でいるの!? 貴様とは誰!? まさかマリーに怨恨があるの!? 目まぐるしく考えながらマーサはまたしても眼を疑った。



 金髪女が両腕を振り下ろした刹那、そのすべての指先から細身の12インチは長さのあるナイフの様なものが一気に伸びた。それを見ながらマリーはアリスパックを脱ぎおろしその上にFNーSCARーHバトルライフルを寝かせ置き命じた。



「シルフィー! みなを保護しつつ避難させなさい!」



 すでにSG751SPRーLBバトルライフルを構え上げダットサイトに金髪女を捉えていたマーサの視界に耳の長い特殊メイクの女が腕を広げ割って入った。



 マーサはそれを横に避けマリーの歩き向かう金髪女へ照準し続けようとした刹那、耳の長い特殊メイクの女から銃のアッパーレシーヴァーを片手でつかまれ胸元に押し倒された。それを両腕で抗おうとしたがマーサは相手の片腕に負けてしまい怒鳴られた。



「下がれ! 巻き込まれるぞ!」



 巻き込まれる!? 何に、とマーサがシルフィーという女をにらみ返した先でふらつきながら立ち上がったヘレナ・フォーチュンが耳長女にスーツの襟首をつかまれマーサの方へ放りだされた。



 ヘレナがぶつかり後ろに倒れそうになった彼女を片腕でバトルライフルを構えた即応課主任のダニエル・キースが受けとめ支えマーサの耳元で尋ねた。



「局長!? 何者なんですかこの連中は!? あのブロンド、上空から(コーン)(:パラシュートの軍での俗語)もなしで落ちたのに無傷だなんて!?」



 私にわかるものですか! マーサが混乱している矢先に金髪女へと歩き迫るマリーが女へと声を掛けるのを聞いてしまいマーサは余計に混乱した。





「ベルセキア! 私を見ろ! お前の相手はこの私だ!」





 ベルセキア!? あの金髪女が!? 異空間通路を抜けてきた魔獣──あの百足むかでのばけものがあの女!? マーサは混乱の最中にシルフィーの言っていた話を思いだした。



 ────あれ(・・)は補食した相手の知識や能力、器質的な形状すら模倣できる魔物だ────。



 魔物──そんなものが実際に世の中に存在するわけもなく──だがタイムスタンプにははっきりとあの百足むかでの化け物が録画されており、人を補食しDNAを取り込んで! マーサ・サブリングスは意識の中で帰結に至った驚愕の事実を受け入れるしか現状を理解できないとさとった。



「ダニエル! みなでマリア・ガーランドの援護射撃! あの金髪女がジャージーでの大量虐殺(ジェノサイド)の容疑者だわ!」



 NSAの捜査官らがバトルライフルを構え横へ広がろうとした最中、シルフィー・リッツアが腕を激しく振り動かし何かがうなった直後、ダニエル・キースが悪態をついたのをマーサは耳にした。



 彼女が横へ振り向くとダニエルのSG751SPRーLBのアッパーレシーヴァー先端がまるでレーザーに切られたごとく斜めに切れ落ちてバレルがなくなっていた。マーサは驚いて自分の銃に視線を戻すと自身のバトルライフルもアッパーレシーヴァー前部から切れ落ちてなくなっていた。



「あんたらへ下がれと言ったぞ」



 マーサが視線を振り向けるとシルフィーという耳長女が左手にむちの様なものを下げていた。だがそれがむちに思えないのはひもの部分が日中の明るさの中でもはっきりとわかるエメラルドグリーンに輝いているからだった。その鞭先に切れてなくなったアッパーレシーヴァーから先のバレルが3挺分落ちている。



 マーサと即応課のダニエル、それに副主任ジム・ローウェルが使い物にならなくなったバトルライフルを負い革(スリング)で胸に下げシグザウアーを腰のホルスターから引き抜くと横から即応課の若手メレディス・アップルトンとヴェロニカ・ダーシーが回り込んで下がりそれぞれがマーサとダニエルへバトルライフルを投げ渡した。



「全員、目視距離内で後退!」



 マーサはそう命じて公園の遊歩道へと後退あとずさり始め思った。



 対戦車ミサイルや見たこともないむちにも思えるレーザー兵器を持つマリア・ガーランドらが倒せないでいるあのベルセキアというキメラが一体どんな攻守力を持っているのか知る必要があった。



 シルフィーというコスプレーヤーが言った巻き込まれるという意味も知る必要がある。NSAは国の耳目であり下す交戦は専門の軍隊という役割が国には明確にある。だがあのジャージーのショッピングセンター駐車場の惨劇がこの市庁舎公園で起きたら、付近数ブロックは壊滅的な被害を受けることになる。もしもあの広い駐車場を鉄が溶けるほどの高熱で焼き払った兵器があるのなら、それを見極め、誰がそれを使っているのか知った上で全力をあげてたたく必要があった。



 マリア・ガーランドがアリスパックの上にバトルライフルを据え置いた事を、ベルセキアが両手の爪をナイフの様に伸ばした事をマーサは続けざまに思いだした。



 もしかしたら彼女は飛び道具を使わせない様にと身の危険を冒し近接格闘(C Q C)を選択しているのなら、あの溶鉱炉の様な惨状をもたらしたのがベルセキアの仕業だと考えられた。



 だが見るからにあのキメラは素手だ。



 その素手の女があんな高空から飛び下りてきて無傷でいるのだ。



 常識が崩壊しつつあった。



 眼の前ではばんだあの耳長の女さえ──まさかコスプレイヤーでなく本物の────マーサ・サブリングスは鎌を掛けてみた。



「ハイエルフ!」



 半身で背後のマリーとベルセキアの様子をうかがっていた女が間髪入れず顔を振り戻した。まるでハイエルフと言われ慣れているように。



「何だ、人種族の女!?」



「マリーに手を貸してやって! あの人に死なれると我々は非常に困った事態におちいるから!」



 マーサ・サブリングスがそう告げると一瞬のがありハイエルフが片唇を持ち上げた。



「それには二通りの意味合いがあるな。1つは文字通りあの銀髪女がおまえ等にとって重要なキーパーソンだということ。もう1つは────」





「──われが正真のハイエルフ族の一員かと試そうという魂胆こんたん。見せてやるハイエルフ族きっての戦士の矜持きょうじ!」





 そう言い切ってむちうならせ緑色の光の帯を踊らせながら背を向けたシルフィー・リッツアの先で起きている光景にマーサ・サブリングスは眼を強ばらせ息を呑んだ。



 マリア・ガーランドが右手に引き抜いた月白の輝きのファイティングナイフ。その伸ばした切っ先が地面に1フィートハーフ(:約46cm)も離れていながら石畳が削れ始めた。











 いつも貧乏くじを引いてしまう。



 まだまだ沢山甘えたかったのに母エミリアを、いつも優しかった姉ステラを同時に爆死で失った。



 まだ幼少だったのに父マイクに押しつけられたのはネイヴィシールズの日々だった。



 ボロボロになり耐え抜いた10年後に戦場で見たものは人が人と殺し合う地獄。



 束の間の1年前まで逃げ切っていた兵役に引き戻した前社長のフローラ・サンドランと会長のヘラルド・バスーン。



 戦いが磁力の様に吸い寄せてくる。



 命を救うために命を奪わなくてはならない運命が雁字搦がんじがらめに縛りつけていた。ナイフエッジとバレットに慰めの報酬はなく崖っぷちに追いやられてゆく。



 得体の知れぬ人の姿を模した怪物に心の奥底で畏怖を感じながら歓喜の声を高ぶらせる己の方が恐ろしいのだとマリーは思った。



 引き抜いたファイティングナイフのやいば構成要素(エレメント)を操り超高振動(ウルトラソニック)状態(ライズ)を与えると触れてもいない地面が切り裂け始めた。



 あの野原でシルフィー・リッツアが異空間から引き抜いた隔絶されし証──ディスタント・テスティモニィを眼にして思いついた。



 このミゼット・フェンリル・ナイフでベルセキアと命の奪い合いをする。その近接格闘(CQC)に静かに心臓が踊っている。対峙するごとに強くなってくる敵が何を見せつけ、何を及ぼすのかと期待してしまう。





 わたしはまごう事なき(いくさ)狂い。





 あの16の歳に命を奪いに来た一千の兵士に対して抱いた狂気を求めていた。あの弾けキレる感覚を追い求め続けている。



 怪物との間合いが10フィートになった寸秒、右足のコンバットブーツの爪先を石畳にぶつけ馴染ませた一閃いっせん、ステップを切りその利き足を後ろに蹴りだし化け物へと猛然と踏み込んだ。



 触れもしない地面を切り裂く様を見せつけたのはブラフ。敵が右手を避け左側に回り込んで攻める事を反射の様に感じ対応した。



 左手に踏みだしたベルセキアが右腕を斜め下から振り上げその5本の指先に伸ばしたセラミックよりも強靭な赤黒いやいばが闇の帯を引き伸ばしてくる。それを視野の片隅に捉えながら、なら敵の左腕の凶器は、と五感以上に鍛え上げた第六感が派手な警告灯と灯していた。



 踏み込んでいたその姿勢から、マリーはいきなり立ち止まり右足を振り上げた。その右爪先が金髪女のあごを捉えようとした寸前、怪物は身をらしそれをギリギリでかわした。



 振り上げた足を追いかけるように左足も振り上げ空を一転させたマリーは後転し両足が地面を捉えるなりわずかに開いた間合いを瞬間に詰め一気にベルセキアの胸元に迫った。その顔先に相手の右腕の鋭い爪5枚が待ち構えていた。



 その一瞬、マリーは左手に引き抜いていたFiveーseveNの銃口を隠していた腰の後ろから振り上げ相手の両膝に向け横様にマズルを振りながら6連射した。



 マズルフラッシュと繋がった爆轟が広がる最中にマリーはピストルグリップに違和感を感じ銃を投げ捨てると、空中にレシーヴァーとバレルが斜めに切れ落ちた分解したパーツが舞い彼女は反射的に右手のファイティングナイフで前面を防御すると、ファイアリングブラストの甲高い音が消える寸前にベルセキアの左手の爪4枚が斬れ飛びマリーの左(ほお)かすった。



 須臾しゅゆ、飛び退くベルセキアが悪魔のような笑みを浮かべてその残像をマリーの右手斜め後ろから緑色の光の帯が断ち切った。



 目前で先鞭が石畳をえぐり切った一瞬、あの至近距離で銃弾が1発も当たらなかった事にマリーは驚き開いた間合いの地面に変形した6個の銃弾を眼にした。



 こちらがエレメントを操れるのと同等に相手もできるのだと警戒し、マリーは同時に斜め後ろに来たハイエルフがまた知らない武器を繰り出してきたとわずかに興味を抱いた。



 7ヤード先でベルセキアが左手を斜め下へ一振りすると切れ落ちた4枚の爪が一気にまた伸びた。まるで鮫の歯の様に(タチ)が悪いとマリーは思った。気休めはそのやいばが10枚しかない事ぐらいだった。エレメントを操るごとくその組成物が無尽蔵に現れるとしたら、供給はどうなっているのだろうか。



 無尽蔵のエネルギーがなり立たないのと同じで、その供給も有限だとマリーは思う。枚挙にいとまがないならば、わざわざ生き物を殺し喰らう必要もない。枯渇するから得ようとするのだ。



 消耗戦に持ち込めば面白いのかもと考えた。



 だが損耗しきりまた逃がす事になれば、今度こそ完全にめられてとんでもない事態におちいる予感があった。



 シルフィー。



──何だ銀髪!?



 私が先に奴の右腕へと攻める。左腕を任せていいか?



──銀髪、いいことを教えるぞ。



 何!?



──ベルセキアに利き腕はない。完璧に左右に対応する。



"Bring it on !"

(:上等よ!)



 口ずさんだ一閃いっせん、マリア・ガーランドは一気に両脚を繰り出し前傾姿勢の最大速度で怪物の右腕目掛け迫った。視野の右隅に上回る勢いでハイエルフが駆け出していた。



 怪物といえども同時に左右に踏みだす事はかなわない。



 耳を引き裂くほどの甲高い音が響きマリーの繰り出したミゼット・フェンリル・ナイフが空中で止められていた。その高振動のやいばに交差してベルセキアが構えた右腕の爪5枚で受け止めている。





 今度は切れ落ちない!





 右側方からキメラの左腕に挑みかかったシルフィー・リッツアの引き抜いたコンバット・ナイフが一瞬で数枚に細切れになり、そこから伸びる赤黒い闇の帯がハイエルフの首左へ迫ろうとしていた。





 こいつ! さっき受けた攻撃からもう学んでいる!? 伸ばした爪すべてを高振(ウルトラ)動化(ソニックライズ)し使いこなしている!



 マリーは警告を与えようと名を叫んだ。



「シルフィー!!」



 その刹那、長身の異界人は己の長いブロンドストレートヘアーを身体に巻きつける様にスピンさせると寸秒ベルセキアの首にエメラルドグリーンのむちが巻きついた。だが怪物の両目はその差し迫った命の危険よりも右手にいるマリア・ガーランドを琥珀(アーバン)の輝きをぎらつかせ見下ろしていた。



 その白人女(もど)きが不自然なほどの赤い唇をり上げた瞬間、マリア・ガーランドは脇腹に衝撃を受け視線を下げるとベルセキアの右腕の付け根から第2の右腕が突き出しマリーの脇腹に食い込んでいた。



 不浄が臓腑ぞうふを縦貫し背を抜ける感触に怖気がい上がってくる。



 背中から爪のやいばが伸び貫いているのがマリーにはわかった。



 愕然がくぜんとしたまま顔を上げた須臾しゅゆ、目の前でベルセキアの首に巻きついたエメラルドグリーンの輝きが凝縮し、その上の頭部が不自然に傾くとゆっくりと怪物の背後に消え去り、首から多量の体液が噴き出した。



 手痛い打撃を受けながら、何かが違う──何かがおかしい────と意識の根底からささやき続ける声に耳を傾けていた。



 マリーは手にしたファイティングナイフでキメラの腕を手首で切り落とすと後退あとずさった。



"Get away from him, Silfy..."

(:そいつから離れて、シルフィー────)



 口から血反吐を溢れさせても伝えようとした。



"This is...... bad tr...ap"

(:罠なのよ────)







 シルフィー・リッツアを考えうる最高で重厚な精霊シルフの魔法防壁(マジックウォール)で包んだ瞬間、魔物のむくろから急激に爆炎が膨れ上がるのを眼にしてマリア・ガーランドは意識がホワイトアウトしながら億万の蜂が乱れ飛ぶ羽音を確かに耳にした。









 その一閃いっせん、市庁舎公園西のブロードウェイにメタリックワインレッドのBー1チェンタウロが爆音を響かせ突っ込んで来ると、4門のガトリング砲が膨れ上がる爆炎球中心へと火焔の舌を伸ばした。












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