入居。そして挨拶。②
『ピンポーン』
108号室のチャイムが鳴り響く。5秒。10秒。なかなか出てくる気配はない。
「・・・あれ。留守かな?」
デブ男の話が本当なら、早く顔を拝みたいものである。
「はーい!ちょっと待ってねー♪」
足音とともに、可愛らしい声がドアの向こう側から響いてくる。声カワイイ!!
これは期待できそうだ。
ガチャ
出てきたのは、なかなかレベルが高い少女であった。自分より少し下に見える。
髪は肩くらいの長さで、少し濡れている。ん?濡れている?・・・風呂上り!?
「ごめんなさいっ、お風呂入ってて今出たとこなの。どちら様ですか??」
「あっ、あの、えと、お、おはようございます!107号室に引っ越してきた鈴木です!よ、よろしくおねがいしますですぅ!!」
風呂上りの少女の甘い香りと、心を抉るような上目遣いで、俺の頭は完全にパニック状態だ。
「クスクス。今はこんばんわですよ? 私は108号室の藤宮です♪よろしくお願いしますね。鈴木さん♪」
「(カワイイ!)あ!こ、これ、つまらないものですが!受け取ってください!」
「わあー♪ありがとうございます!あ、そうだ。私これから晩御飯なんですけど、一緒にどうです?お隣同士親睦深めましょうよ!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!キタコレ!童貞卒業!新生活最高!俺の頭の中はパニック状態から一転お花畑だ。
「い、いいんですか!?じゃ、じゃあご馳走になります!」
「やったー♪一人で食べるのは味気ないんですよねー。どうぞ、上がってください。散らかってますけど。」
「お、お邪魔します!!」
拝啓。母上様。俺は初めて女の子の家に上がります。
「じゃあ、改めまして。108号室の藤宮早苗です♪16歳です♪」
「鈴木たかしです!18歳です!春から大学生になります!よろしくお願いします!」
「わあー。大学生かぁー。いいなー。私も早く大学生になりたい~」
他愛もない自己紹介で、俺の人生初めての女子の家での夕飯が始まった。
メニューは甘めのカレーにサラダというシンプルなものであったが、俺にとっては過去最高にうまいカレーに感じる。これがJKパワーか。
「藤宮さんこそ、高校生なのに一人暮らしとかすごいですよ。俺ずっと実家暮らしでしたし」
「え~普通ですよー♪あ、それと、敬語じゃなくてタメ口にしてください。なんだか年上の人に敬語使われると照れちゃいます///」
やべえ。好きになりそう。
他愛もない会話も弾み、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。夕食はとっくに終わり、今はテレビを見ながらおしゃべりタイムだ。
「でねー、私の友達ったらひどいんですよー!」
「ハハハ、その話はさっき聞いたよw」
時刻は夜の11時をすっかり回っていた。さっきから異様に眠いわけだ。引っ越しの疲れもあるのだろう。このままお泊りとかワンちゃんあるんじゃないだろうか。そんな童貞特有の甘い考えが頭をよぎる。
「あー楽しいなぁー♪こんなに男の人と話したの初めてかも・・・。鈴木さんってとっても話しやすいから時間も忘れちゃってた・・・」
頭がボーッとする。やばい。カワイイ。けどその前に眠い。
「あれ、鈴木さん眠いんですか・・・?泊まっていきます?」
藤宮さんが甘い声で囁く。
「じゃあ・・・お言葉に・・・甘えて・・・」
やばい。もう眠すぎる。俺こんなに疲れてたのか?もう体を支えきれない。
「フフフ♪おやすみ・・・鈴木さん・・・」
彼女の言葉を聞き終える間もなく、俺は深い眠りに落ちた。
あぁ、起きたら人生初めての朝チュンか・・・。あいまいな意識の中、俺は夢の中に落ちる。今日あった出来事が頭の中を巡る。早朝実家を出て笑顔で見送る両親。初めての自分の城で荷物をワクワクしながら片づけたっけ。んでドキドキしながらデブ男に挨拶しに行って・・・
『108号室の女には気をつけろよ。じゃあな。』
ん?そういや、デブ男こんなこといってたっけ・・・。なんでこいつこんなこと言ったんだ・・・?藤宮さんはこんなにいい子なのに。
ん?なんか寒いな。春先はまだ冷えるから気を付けないと・・・
「!?」
ようやく目が覚める。あれ?俺寝てた?ここどこだ?たしか、藤宮さん家でご飯食べてそのまま眠くなって・・・。ってあれ!?
なんで俺パンツ一丁なの!?なんで手錠掛けられてんの!?
「あ、目が覚めた?」
そこにはさっきまでの、純粋な少女の笑顔はなく、まるでゴミを見るような目で俺を見下ろす藤宮さんの顔があった。
「アンタまじちょろすぎwww」
状況が呑み込めないまま、事態は急展開を迎える。
俺の新生活はまだ始まったばかりだ。