第九話 風は嵐となる
「!? 胡蝶! 貴様ら、何をした!?」
元が出て来て、胡蝶を支えている風丸に掴みかかった。風丸はその手をぽんぽん叩いた。
「ちょっと斬りかかられただけだ」
「・・・・・!! こいつはなぁ!!」
「よせ、元」
ぼろやから老人が顔を出した。目だけがぎらぎらしている不気味な人だった。
どうやら、この村では、この人の言葉が絶対の力を持っているらしかった。元は風丸を睨みつけながらもその手をゆっくり離した。
「客人、お待たせしてすまない。さ、中に入りなされ」
風丸は胡蝶を元の腕に押し付けた。
「その娘を頼むぞ」
「頼むって、おい!?」
「馬鹿だな、どっかに横にならせて水を飲ませるぐらいのことはしてくれ」
「てめぇで責任を取れ!」
「・・・・・・・兄上・・・・・・」
雷助は老人に聞いた。
「ご老体」
「ん?」
「彼女も中に入れてもよろしいですか?」
「・・・・・・よかろう」
元は風丸の腕に彼女を押し付け、その場にドカリと座り込み、中に入っていく4人を睨んでいた。
風丸が彼女を解放している間、老人と雷助は無言で対峙していた。互いに相手の目を睨みつけ、その奥底の感情を知ろうと試みているようだった。
風丸はその気配を敏感に感じ取っていた。
“馬鹿げている・・・・・・兄上は何をしているんだ?”
雷助は瞬きもしない。
風丸は水を汲み、胡蝶の口に含ませた。
“出来るだけ早くこの村から去ったほうがいい・・・・・何かが変だ・・・・・・”
「・・・・・・ん・・・・・・・」
「お。気付いたか」
「あれ・・・・・・?」
風丸は彼女を起き上がらせ、耳元で囁いた。
「あの老人の家なんだけど・・・・・・・彼は何者?」
「えっと・・・・・山の神様って聞いたことある」
「神様?」
胡蝶はこくんと頷いた。
「地震とか、洪水とかを教えてくれるの」
風丸は彼女の戸惑いに気付いた。
「・・・・・・・ねぇ。 何 で こ こ に い る か 分 か る ?」
胡蝶か首を横に振った。その様子は先ほどまでと違っていた。
「兄上!!」
風丸が急に大声を出したので、雷助も胡蝶も飛び上がった。
「元と話してきます。それまでそのインチキ爺を見張っていてください!」
彼は荒々しく老人を睨みながら、優しく胡蝶を立たせるという離れ業をしながら戸口から出て行った。
後にはあっけにとられて動けない雷助と、彼の横顔と戸口をせわしなく見る老人が残された。
「・・・・・・・・いつもはあんなふうではないのだが・・・・・・・ご老体、失礼仕った。幼子の所業と目をつぶってくだされ」
「・・・・・・・・」
雷助は謝りはしたが、全面的に弟を信用していた。
“わしの知らんところで何かに気付いたか・・・・・・”
先ほどまでの“気”の戦いはなかった。老人は何かを必死で考えていた。雷助は珍しく、それを黙ってみているだけだった。
「元!!」
風丸は彼に合図して、立たせた。そしてずかずかと歩き出した。人の壁は彼の前にあえなく崩れていった。元と胡蝶は風丸についていくだけだった。
「お前、知っているんだろ?」
畦道の真ん中で風丸の足は止まっていた。