第八話 小太刀を持った少女
雷助は油断なく全体を見ていたが、風丸は右のほうの一点を見つめていた。
“・・・・・・・・”
そこには、一人の少女がいた。同い年か、一つ下ぐらいの娘だ。端正な顔立ちをしている。ここまでならば、風丸が一目ぼれをしたように思えるが、それだけではない。小太刀を構え、風丸を睨みつけている。風丸はその視線を静かに受け止めていた。
風丸に少女の叫びが伝わってきた。
“・・・・・・・殺してやる”
風丸が刀を抜き払った。
村人がざわめき、一、二歩下がった。が、女の子は動かない。
「風丸!」
雷助が彼の肩を掴んだが、風丸は軽くそれを払った。
「・・・・・・・兄上、大丈夫です。下がっていてください」
雷助は訝りながらも素直に下がる。その後風丸は少女に向き直り、刀を右手に持った。
「・・・・・・・来るなら来い」
「・・・・・・!!」
彼女の顔がいっそう険しくなり、ばっと駆け出した。
少女は太刀を使うほど力がなかった。しかし、小太刀なら、使いこなすことにくわえ、速さ、身軽さを最大限生かすことができる。
風丸に切りかかったとき、彼女は風のようだった。
「ウォォォォォ!!!!」ガキン!
風丸は片手だけでいとも簡単にそれを受け止めた。彼が使っているのは、普通の太刀である。
驚きのあまり、彼女の顔から怒りが消えた。
「!!」
「どうした、殺したいんだろ?」
少女の目に憎しみが一瞬で戻ってきた。パッと飛びのき、再び猛進する。
「デヤァ!!」
彼女の小太刀は空を切った。急停止して振り向くと、跳び上がった風丸が優雅に着地するところだった。
「惜しかったな」
「・・・・・・!!!テヤァ!!」
何度やっても同じだった。どう攻めても優雅にかわされてしまう。
「糞ォ・・・・・・!」
汗だくの少女は肩で息をしている。風丸は息を乱すどころか、汗すらかいていない。
「・・・・・・あいつは天狗か?」
野次馬はただただ感心しているだけだった。
「気が済んだか?」
「まだだ!」
彼女はまたしても突っ込み、右手一本で風丸の首をかこうとした。
“・・・・・・冷静さを失ったか・・・・・・・”
風丸は体をひねるだけでそれをかわした。
少女が狙っていたのはその瞬間だった。
左の手首をちょっとひねると、銀の物体が飛び出し、風丸の喉を狙った。
“まずい・・・・・!”
“殺った!!!”
勝利の確信は一瞬だけだった。
“!?”
彼女の腹を何かが打ち、彼女の動きを止めた。仕込んであった短刀は、切っ先が風丸の喉に届いていたが、一筋の血を流したに過ぎない。
少女は自分の腹を見下ろした。風丸はあの咄嗟で、身をのけぞらせながら、左手で腰の鞘をはじき出し、彼女の鳩尾辺りを強打していた。
「・・・・・」ドサ!
風丸は彼女をさっと抱き起こした。
「風丸!!」“危ない!”
雷助と違い、風丸は彼 女 を 完 全 に 信 用 し て い た 。
「大丈夫か?」
「・・・・・・・強いね・・・・・・」
「・・・・・・最後はだいぶ危なかったけどね」
「・・・・・・よく言うよ・・・・・・名前は?」
「風丸。キミは?」
「・・・・・・胡蝶」
カクッと首が下がり、村人が悲痛な声を上げたが、風丸がちょっと笑いながら言った。
「心配御無用。寝息立ててるよ」
その寝顔が風丸の視線をひきつけていた。
“こんな・・・・・・”
雷助はそれを細目で眺め、一人でニヤついていた。