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時は戦国  作者: 田中 遼
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第三十話    羽柴秀康



於義丸が元服し、羽柴秀康と名乗るようになったのは、そのすぐ後のことだった。




秀吉の「秀」の字と、家康の「康」の字を賜り、その二人の和解を象徴するかのような名であった。





「まこと馬鹿馬鹿しい。そう思いませぬか姉さま?」



於義丸―――秀康は肘掛に寄りかかりながら、前に座っている胡蝶に話しかけた。



秀康、胡蝶、風丸の三人しかその場にいなかった。



「え?」



胡蝶は自分の隣の風丸を見、もう一度秀康に視線を戻した。



「何が?」



「この立場、ですよ。ねぇ風兄?」



「無礼を承知で言わせていただくなら」



「うん?」



「滑稽ですね」



その遠慮のない言い方に、胡蝶はさすがに目を丸くした。



しかし秀康は声を上げて笑う。




「アハハ! ホントに!」



胡蝶はその笑い方に嘘が混ざっているのに気付いた。



決して本心から笑っているわけではないのだ。



彼は痛みを覚えていた。



それで笑い終えると、視線を落とし、呟くように言った。



「両家の架け橋なんじゃない。どちらの側にもはじかれただけだ」



胡蝶は風丸を睨みつけた。



彼の言葉で秀康が傷ついたのは明白だったからだ。



しかし、彼女が口を開く前に、秀康が二人に尋ねた。



「わしが徳川のお父上にこれほど忌み嫌われている理由を?」



「……いいえ」



胡蝶が遠慮がちに首を振った。



否定しても仕方がないほど家康の態度は露骨だった。



秀康は鼻を鳴らして言った。



「双子、だからだそうだ」



「えっ?」と胡蝶は風丸を見る。



しかし風丸は全く反応しない。



秀康は構わず続けた。



「犬猫と同じだと言うんだ。一度に二人の子を宿す女子を」



「畜生腹」という言葉があった。



「畜生」。つまりは獣である。




秀康は唇をかみ締める。




「それでわしも血が悪いと罵られた。見たことも会ったこともない兄弟のせいでな!」




秀康は自分の声に驚き、はっと顔を上げた。




「す、すまぬ。こんな弱音を吐くつもりで二人を呼んだわけではないのだが」




「いえ、構いませんよ」




風丸は彼を静かに見ている。




「我らに心の内を明かしてくださったことを感謝します」




秀康はそれに笑顔で答えた後、ふと胡蝶の顔を覗き込んだ。




「……姉さん。何か言いたいことが?」




「え、あ……」



胡蝶は風丸をちらっと見やった。




風丸は彼女の言いたいことを察していたので、少し笑って小さく頷いた。




「……胡蝶は私の兄のことを思い出したようです」




「兄? 初耳だな?」




「はい」




風丸はふっと上を見上げた。




「私の自慢の、双子の兄です」



「双子の……兄……!?」



「ではそなたも……!?」




と秀康が言いかけたのを風丸はすぐに遮る。




「いえ、私たちの父はそうした考えを嫌っていました」




「ほう?」




それで風丸は「父」の言葉を教えた。




「一人が生まれてめでたい。しかし二人が生まれるとめでたくないなど、道理に合わないことは言うな」




その言葉を聞き、秀康は声を上げて笑う。



「確かにその通りだな!」





風丸は静かに笑っている。




秀康は不思議と気分が楽になっていくのを感じていた。











(しかし―――)



秀康は思った。




(その言葉、誰かが父上に言っていた……)





家康を叱り付けるように言うその男の顔を、彼はぼんやりとしか思い出せない。





(一体誰だ? 父上を叱責できるようなお方がそういるものなのか……?)





秀康はその面影を風丸の顔に見つけ、戦きを覚える。





(この人は何者なんだ……?)






この時より、彼の風丸に対する態度はさらに「近く」なる。






それでも、風丸が彼に敬意を欠くことはなかった。










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