第二十五話 使者
あと半日ほどで秀吉の下につくという時分、一行は道の前のほうに、侍が待ち構えているのに気付いた。
「……於義丸様……」
「風兄!」
「は!」
いつの間にか、於義丸は風丸をそう呼ぶようになっていた。
「何者か確かめてきてくれ」
「かしこまりました」
風丸は馬を駆けさせ、その男の傍にいくと、ぱっと飛び降りた。
「失礼。そこで何をなさっているのですか?」
男は風丸を一瞥すると、すっと背筋を伸ばし、見下すような姿勢を作った。
「……於義丸殿のご一行とお見受けするが、いかがか」
風丸は目を細めた。使者にしては高圧的過ぎる。
「……あなたは?」
「羽柴秀吉の使いだ」
男は無愛想に答える。風丸はさらに眉をひそめた。
「申し訳ないが、あなたは甚だ疑わしい。本当に使者なら、そのような無礼な振る舞いは慎むべきではありませんか?」
「なんだと!?」
「……貴方の言うとおり、私たちは徳川次郎三郎家康がご子息、於義丸様の一行。そして今、羽柴秀吉殿のもとに参じる途中。於義丸様のお命を狙う輩が出てきてもおかしくはないかと……」
「無礼なッ!!」
激高した男は、刀に手をかけた。反射的に風丸も刀を抜きかけたその時。
「貞隆!待て!!!」
一人の武士が飛び出した。刀に手をかけた二人はそこでピタリと止まる。飛び出した男は、風丸に一礼した。
「失礼いたしました。私は片桐且元と申します。こちらは、弟の貞隆」
風丸も貞隆も、ピクリとも動かない。且元はにらみ合っている二人を(実際「睨んでいる」のは貞隆だけだ。風丸は「見ている」だけで、何の感情もこめていない)、交互に見た。
「……信じていただけぬとは思いますが……」
風丸は遮った。
「いえ、片桐様の華々しいご武勲は何度も耳にしたことがあります」
ところで、片桐且元の武勇伝は現代にも伝えられている。この物語においては触れなかったが、天正十一年五月に、織田信長の後継者を争う戦があった。戦ったのは羽柴秀吉と、柴田勝家。
世に言う「賤ヶ岳の戦い」である。
その戦いで且元は、猛将として名高い福島正則や加藤清正とともに、「賤ヶ岳七本槍」として名前が挙がり、秀吉から三千石の恩賞を授けられている。
しかし風丸は、刀から手を放そうとはしない。貞隆も同じだった。且元は段々と苛立ちを覚えていた。
「……では、刀から手を放していただけませんか?於義丸様もお待ちかねのご様子ですし……」
「それは私にではなく、あなたのご兄弟におっしゃっていただけませんか?」
風丸は口元に笑みを浮かべ、挑発的な調子で言った。
「ここまで激しい殺気を放っている相手を前にして、警戒を緩める訳にはいきませんから……」
それを聞き、貞隆の顔がさっと色を帯びた。が、刀を抜く前に、且元が彼を止めた。
「よせ、問題を起こすなと言われているだろうが!」
貞隆はいかにもしぶしぶといった様子で、ゆっくりと刀の柄から手を放した。それを見て、風丸も手を下ろし、姿勢を正した。口元は笑ったままである。
「では、主を連れてまいります。ご案内していただけるのですよね?」
且元が頷くと、風丸は再び馬にまたがった。
「待て!」
貞隆だ。
「……なんでしょう?片桐……」
風丸は名前を思い出そうとしているかのように首をかしげた。
「貴様……!」
「……失礼、貞隆どの」
風丸は笑いを堪えていた。少し触っただけで面白いほど反応を示す。
反対に、貞隆は不機嫌だった。
「……名を名乗ってもらいたい」
「松平風康と申します」
「……!? 風……!?」
明らかに、且元の反応は大きすぎた。
「……どうされました?」
「……あ、いえ……」
且元は目を逸らした。
「……そういう、「噂」を耳にしたことがあるだけです……「噂」を……」
風丸は馬上から彼を見ていたが、結局何も言わずに向きを変えた。
この二人、片桐且元および片桐貞隆兄弟は、天正七年より羽柴秀吉に仕えていたとされている。
その「同期」には、かの有名な石田三成がいる。
本当に気まぐれ更新で申し訳ないですf(^_^;)
確か「ルナ・ドーム」が完結した頃に、「そろそろ完結させる!」的な発言をしたんですが……。
いやはや、なかなか書けないもんですな。
こんないい加減な作者でありますが、どうかこの作品は見捨てないでやってください!笑
田中 遼