第二十二話 走る稲妻
そして、羽柴秀吉軍と、明智光秀軍は激突した。
光秀にとっては、これは芝居だった。天下を盗る大芝居とはいえ、芝居でしかなかった。
が、秀吉にとって、これこそが天下取りの戦だった。
“織田信長公が倒れた今、その仇を討ったものが天下を握れる。恐らくこれが、戦国史上最も重要な戦だ”
彼はそう思っていた。
家康がこの計略を持ち込んできた時。秀吉は確信した。
自分こそが天下を統一すべく生まれてきた男なのだ、と。
例え、戦で信長、家康にかなわないとしても、知略で勝つのは自分だ、と。
実際、彼はこの後の戦いで、家康に見事に敗北する。しかし、戦いに負けても、勝負は秀吉が勝った。
家康が助けようとした信長の子、信雄を降伏させ、家康の大義名分を奪うといった搦め手からの攻撃で、彼は勝った。
そして家康をあの手この手で説得し、ついには臣従させることに成功。天下人への道を確固たるものにしていく。
その秀吉と今、敵として対面している明智光秀には、勝機など最初からなかったのかもしれない。
光秀は予想をはるかに超えた速さで接近してきた秀吉に驚いた。が、それでもまだ、家康の計略通りなのだと信じ込んでいた。恐らく、信長を討ったという達成感が、彼の頭脳を狂わせたのだ。
急いで軍勢を整え、秀吉軍に立ち向かったものの、光秀軍は明らかに浮き足立っていた。
どの時点で彼が秀吉の計略に気づいたかは、誰にも分からない。ただ、明智光秀はこの戦いで完全なる敗北を喫する。
俗に言う、三日天下。彼が天下人であったのは、たったの11日間だった。
彼はほうほうの体で逃げることとなる。
そして光秀は、この大芝居の筋書きを書いた男、家康のところへ逃げ延びようとしていた・・・・・・・・・
ガサガサ・・・・・・・・ガサガサ・・・・・・・・
「糞!猿め!」
「殿、こちらに・・・・・・・・」
闇の間を滑らかに動く影があった。そのあたりの落ち武者狩りの農民達は、こんなところにいるわけがないと高をくくっているところがあった。それで彼らは、逃げられるのではないかという、淡い希望を抱くことが出来た。
が、その時、声がした。
「惨めなものだな、十兵衛」
武士達は筋肉を硬直させ、身構えた。主の光秀を守るように円形に固まって。
「だ、誰だ!?」
ガサガサ・・・・・・・・・ガサガサ・・・・・・・・・
「情けだ。惨めに、竹槍に貫かれて死ぬより・・・・・・・・・・・この俺に斬られた方が良いだろう?」
光秀は直感的に上を見上げた。樹上に、抜き身の刀を担いだ少年が立っている。
それが誰なのか一目で分かった光秀は、驚愕のあまり、声を失う。
「・・・・・・・・・久しぶりだな、十兵衛」
雷助は光秀の顔目掛けて飛び降りた。まだ固まっていた光秀はそれをかわせず、妙に潰れたうめき声だけ立てて倒れる。
「殿!?」
振り向いた従者達も、次の瞬間には斬り伏せられる。見事というしかない雷助の斬撃は、彼らの命をことごとく奪っていた。
雷助は血まみれの刀を、憎き仇に突きつけた。地べたに座り込んだ光秀は鼻血を拭いもせず、おびえた目で雷助を見上げている。
「・・・・・・・・・・ら、雷様・・・・・・・・・」
「命乞いか?薄汚い裏切り者の貴様には、良く似合う行為だな」
雷助は冷たくあざ笑った。
「お許しください・・・・・・・・・!私は次郎三郎殿に唆されて・・・・・・・・・」
光秀は雷助の氷よりも冷たい目を見て、恐れおののいた。何よりも明確な死刑宣告。雷助の声は、光秀が今まで聞いたどんな声よりも冷たく、恐ろしかった。
「死がそんなに怖いか、十兵衛」
雷助は刀を振り上げた。それが、月明かりに一瞬きらめく。彼はあらん限りに侮蔑をこめて言った。
「・・・・・・・・・存分に味わうが良い・・・・・・・・・!」
シュッ
・・・・・・・・・ドシャ
雷助は表情を変えないまま、刀身の血を手ぬぐいで拭き取り、刀を納める。
そして、地面に転がった、光秀の頭を一瞥した後、闇にとけるように姿を消した。
真夏の夜だった。