第二十一話 そして男は風を纏う
次郎三郎こと徳川家康は軍備を整える指示を臣下に出していた。
そこに顔つきが急に引き締まった風丸が現れた。
「風様!!」
が、次郎三郎が頭を下げる前に風丸が跪いた。
「 親 方 様 、出来れば私に戦の展望をお聞かせください」
家康は面食らって彼を見ていた。
これは、 風 丸 が 家 康 の 臣 下 で あ る と い う こ と を 皆 に 知 ら せ る 行 為 だ っ た 。
「・・・・・・・・・面を、上げよ」
風丸は命令に従った。
「皆、下がれ。私は風丸殿と話さねばならない」
家康の臣下が皆いなくなっても、風丸は跪いたままだった。
「・・・・・・・・・何の真似ですか?風様」
「親方様、私は貴方様の僕にございます」
家康は明らかに戸惑っていた。
「・・・・・・・・・良いのですか?」
風丸の目が油断なく光った。
「一つ、お願いがあります」
一瞬、無茶な事を言われはすまいかと疑った家康だが、相手が風丸であることで結局は頷いた。
「なんなりと」
「あらゆることについて、私の口出しを許していただきたいのです。僭越な行いだとは思っておりますが、必ずや、お役に立てるはずです」
家康はしばらく風丸の顔を見つめた後、信じることにした。彼を、彼の血を。
「・・・・・・・・・相分かりました」
そして、この天下盗りの戦の展望を説明しだした。
「・・・・・・・・・つまり、あなたは御三方でお考えになった謀略のとおりに行動すると?」
風丸はあっさりまとめた。多少面食らった家康だが、すぐに頷いた。
「しばらくの間は、です。今の私には、猿を倒す大義名分がない」
「恐らく、それが正解です。ただ、間違いなく十兵衛は殺されるでしょう」
「猿に、ですか?」
「いや・・・・・・・・兄上にです」
根拠はないが、確信があった。
雷助は、必ずや十兵衛をその手にかける。
「雷様が?」
「失礼、言いそびれていました。兄上と元が、出て行ってしまったのです」
「何ですと!?何故でございますか!?」
「昨日の私たちの会話を聞いていたからです。良いですか、次郎三郎殿」
風丸と家康はこの時だけ、昨日までの関係に戻った。
「これから先、一瞬たりとも油断してはいけませんよ。恐らく兄上は、父に直接手を下した十兵衛を殺した後で、発案者の貴方を討ちに来ます」
「なんと・・・・・・・・!!」
家康は自分の顔が青ざめるのが分かった。自分でも驚くほど深い恐怖が、内からわき上がってきたのだ。
「・・・・・・・・・貴方を殺すか、自分が死ぬまで、兄上はやめないでしょう」
風丸は暗い眼をしていた。
一方、家康は脇の下にじっとりとした汗をかいていた。そのいやな感触を拭いたいがために、彼は訊ねた。
「しかし、風様。雷様は猿を狙わないとおっしゃるのですか?」
「・・・・・・・・・・猿は放っておいても自分の身を滅ぼすでしょう。結局のところ、猿も貴方に利用されているに過ぎない」
「・・・・・・・・・・?」
家康には、その言葉の本当の意味は分かりかねた。
実のところ、家康は風丸が考えたより愚かで、単純な考えしかもっていなかったのだ。