第二十話 風と蝶
風丸は、しばらく兄の背中を見つめていたが、すぐに向きを変えて城の中に入った。
“・・・・・・・・”
「風丸!!」
元だった。
「・・・・・・・元。何だ?その格好は」
元は少ない荷物をまとめ、腰に刀を下げて騒がしく走ってきていた。
「決まっている!俺は雷助についていく!」
「・・・・・・・兄者に・・・・・・・?」
「そうだ!あいつ、出て行ったんだろ!?」
「・・・・・・・胡蝶はどうする?」
「お前がいる!」
「・・・・・・・何故兄者に・・・・・・?」
「俺は戦場で手柄を立てる男!お前とは違う!!」
風丸は冷たい目で元を見た。
「なるほど。ならば、未来にお前の生きる場所はないな」
「何!?」
風丸は逆上した元を一瞥したあと、すぐに目をそらした。
「・・・・・・・兄者は東に向かった。厩で馬を二頭借りて後を追え。そうすればすぐにでも追いつける」
元はもやもやした苛立ちが自分の中に満ちている気がした。
「・・・・・・・いちいち腹の立つ野郎だ・・・・・・!!」
「何のことだ?」
珍しく、風丸の口調に感情があった。苦々しさという感情が。
「知るか!腹立たしいってだけだ!!!」
「・・・・・・・早く消えろ。お前はいちいち目障りだ」
元は怒りで頭が真っ白になった。が、風丸は全く興味がないようで、するりと脇を通り抜けた。
「待て、風丸!」
元は刀に手をかけていた。風丸は背を向けたまま、その気配を感じ取っていた。
「・・・・・・・戦場で合い間見えたとき、しっかり相手をしてやる。今はそれより兄者を追え。命は捨てるもんじゃない」
「・・・・・・・俺は丸腰のお前にも勝てないと言うのか!?」
「そうだ。少なくとも、今の元では、な」
「・・・・・・・クソォ・・・・・・・!!!」
元は強く刀を握り締める。
風丸はちらりと彼を見た後、そのまま歩いていった。元は刀を抜くことも出来ず、その後姿を見送った。
「・・・・・・・畜生・・・・・・・!」
元は低く唸った後、厩に向かった。
ほんの一刻後、一頭の馬に乗った元が、もう一頭を引き連れて門をくぐって行った。彼が振り返ることはなかった。
風丸は胡蝶を揺り起こした。
「・・・・・・・ん・・・・・・・?」
「胡蝶、元と兄者が出て行った」
「・・・・・・・え・・・・・・・・?」
胡蝶はガバッと身を起こす。
「出て行った・・・・・・?」
「・・・・・・・・兄者は、どうしても両親の仇を取りたいらしい。元はそれについて行ってしまった・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
胡蝶はじっと風丸を見つめた。一呼吸おいて、風丸がそれに気づく。彼は目をそらしながら呟いた。
「・・・・・・・どうしたの?」
「・・・・・・・・風丸も行きたかったの?」
「え?」
驚いて顔を上げると、胡蝶が静かな目で覗き込んでいた。
居心地が悪くなるほど静かな目。風丸は再び目をそらした。
「・・・・・・・・でも、そんなことをしても・・・・・・・・」
「そうじゃなくて、風丸はどうしたいの?」
「・・・・・・・・父上、母上の仇を取りたい・・・・・・・!」
「なら・・・・・・・」
「でも!」
風丸は胡蝶をさえぎった。
「・・・・・・・・それでも、父上は帰ってこない!!!」
「・・・・・・・」
「俺達は前に進まなきゃいけないんだ・・・・・・!」
風丸は拳を握り締める。
「風丸・・・・・・・・・」
胡蝶が彼の拳ににそっと手を当てると、風丸ははっと顔を上げた。
「・・・・・・・大丈夫」
胡蝶は風丸に身を寄せた。
この光景は、この先ずっと続くこととなる。
風丸は、ずっと誰かを支えてきた。
そしてこの先も支えていく。
それは、風丸が生きているかぎり、ずっと続く。
追い風のごとく、静かに、さりげなく、あらゆる人々の背中を押していくのだ。
そんな彼を、胡蝶は生ある限り支えていく。
静かに吹き抜ける風が、凪に、嵐に、変わらないように・・・・・・・・