第二話 静かなる風
「・・・・・なんじゃ?」
雷助は目の前に立ちはだかった大男を下から睨みつけた。
「・・・・下剋上にござりまする」
「!?貴さ・・・・グッ!」
雷助の腹に忠義の拳がめり込み、彼を倒した。わめき声を上げて忠義に飛び掛った吉左衛門は、刀であっけなく首をとばされた。忠義は背筋が凍ったかのような感触を覚え、振り向いた。
部屋の真ん中に風丸が座っている。静かな殺気を放っていた。
「・・・・・お主が企んだ事か?」
「・・・・いえ、私だけではありませぬ」
風丸はスッと立ち上がった。手には何もなかったが、忠義は飛びのいた。
「歯痒い・・・・・天下人ではなく、天下人の配下を志すものに家が滅ぼされるとは・・・・!」
忠義の目が驚愕した。
“この幼子は何者じゃ・・・・? ここまで才のある子供とは・・・・・”
「だが、忠義」
静かに光っていた風丸の目が外を向いた。
「お主らは捨て駒としか思われていないぞ」
「何?」
忠義は自らが開け放した障子の外を窺った。闇があるのみである。と、その闇に無数の火が灯った。
“・・・・?”
忠義が訝っている間にその火はどんどん迫り、庭や屋根に突き刺さった。寸前で飛びのいた彼の足元にも。
「火矢か!!」
障子にいとも簡単に火がつき、燃えてゆく。
「哀れだな、忠義」
風丸はまだ“静けさ”を保っていた。いつの間にやら、抜き身の刀を握っている。
「この乱世・・・・・一人で生き抜くことなど出来ぬぞ」
「・・・・・この家に仕えていても、同じこと」
火は炎に変わりつつある。風丸の周囲も、その目の中も。
「行け、忠義。弱肉強食のこの世でわしに食われるときまで生きていろ」
忠義は薄ら笑いを浮かべた。
「・・・・わしが今そなたを斬る。雷助もだ。それでもわしを食らうことが出来るかな?」
「・・・・やってみるがいい」
忠義は中段に構えた刀を横になぎ払った。炎を斬るほどの鋭さだったが、風丸は消えていた。
「お前の剣はいつも同じだ」
風丸はしゃがみこんだまま、剣を振り上げた。咄嗟にかわした忠義だったが、刀の切っ先が彼の頬を切り裂いた。
「グ・・・・」
彼が頬を押さえ、炎の外に後ずさったその時、塀の外からときの声が上がった。火矢を放った軍が山側から押し寄せている。
風丸の静かな声が炎の向こうから聞こえてきた。
「忠義、去れ。」
忠義は無念そうに刀を納め、最後の命令に従った。
彼がいなくなると、風丸はしばらくぼんやりとしていた。虚ろな目が辺りを見回す。
“・・・・・・?”
「あ、兄上様!!」
そしてようやく雷助を起こしにかかった。その目は周りの炎にはじめて気付いたかのようにおびえていた。
雷助がおきたとき、彼らは三方を炎に囲まれており、おびえきった風丸はまだ血の滴る刀を握っていた。
「・・・・・なんだ?何がおきている??」
「裏切りに便乗して、どこかの軍が火矢を打ち込んだんです」
「吉は?あいつも・・・」
「・・・・殺されました」
雷助の目が風丸の刀に向けられた。
「・・・・それは?」
彼は血をさっと拭い、刀をしまった。
「・・・・・それより、早く逃げましょう」
二人が立ち上がった瞬間、唯一火の回っていなかった場所の天井が崩れた―――