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時は戦国  作者: 田中 遼
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第十八話   風が導く真実

「この城にたどりつけたのはひとつの奇跡です」


風丸が呟いた。次郎三郎・・・・・・家康は、それに同意する。


「は。ご兄弟がこちらに・・・・・・・・」


「私たちのことではない」


「は?」


「次郎三郎殿のことです」


この瞬間、家康は全身の毛が逆立ったかのように感じた。


「わ、私、ですか?」


じっとりとした汗が体中から出てくる。風丸が刀を持っていないにもかかわらず、斬られるような心地がした。


「えぇ。堺にいらっしゃったのでしょう?普通でしたら、確実に討たれているところですよ」


「・・・・・・親方様の後を追うことも考えましたが、服部の言葉で伊賀を超えることに・・・・・・・」


「なるほど」


家康は少し肩を動かした。


「・・・・・・・どうされました?」


「いえ、何でもありません」


「・・・・・・・」


風丸は家康の顔をじっと見つめたまま、口をつぐんだ。




家康は痺れを切らした。


「風様、出来れば、風様の“憶測”を聞かせていただきたいのですが・・・・・・・」


「・・・・・・・貴方は、猿の計略を知っていましたね?」


あまりのことに、一瞬家康の思考は止まった。


「・・・・・・・は?」


「いや、むしろ、一枚噛んでいるはずだ」


「そのような・・・・・・・」


「まぁ、聞いていてください。猿、十兵衛、貴方で共謀し、一人・・・・・・この場合十兵衛が織田信長を討つ。そしてもう一人が敵を討つというお題目でそのものと戦をし、勝つ。そうすれば、勝ったものの手の中に天下が転がり込んでくる・・・・・・」


家康は冷笑していた。


「・・・・・・・風様、それでは・・・・・・・」


「討たれたものが損をするだけと?」


家康は、唇の端を吊り上げたまま頷いた。


「そこで貴方の出番です、次郎三郎殿。討たれた振りをした十兵衛を貴方が匿うのです。そうして、猿が天下を取った後、恩恵を賜れば、少 な く と も 、貴 方 は 損 を し な い」


家康の顔から笑いがなくなっている。


「・・・・・・・しかし、仮にそうだとして―――仮に、ですぞ―――我らが組む理由がないではありませんか」


「あります。猿は天下人になることを切望している。予防の実現のためならこのくらいのことはやるでしょう。そして十兵衛が父上に恨みを抱いていることは周知の事実。多少の汚れ役になることでそれが晴らせ、後ろ盾もつかめるとなればたやすく 貴 方 の 手 に 乗ってくる」


先ほど感じた恐怖が蘇ってくる。家康はちらりと天井を見やった。


「・・・・・・して・・・・・・・私がその計略に乗る理由は・・・・・・・?」


「乗ったのではないでしょう。これは、 貴 方 の 計略です。貴方は、猿や十兵衛に汚れ役をやらせ、最後の最後で天下を掠め取る気でいるんでしょう」


「・・・・・・・何を根拠として・・・・・・・・」


風丸は初めて笑った。それは年相応の(皆さんお忘れだとは思うが、この少年はたったの12歳なのである)明るい、そう、青空を思わせるような快活な笑い声だった。


「いったでしょう?ただの推測だと」


家康は黙った。表情は暗く、硬い。視線は畳の上をさまよっていた。風丸の明るい声がする。


「ただ、貴方の反応で、これが嘘ではないことがはっきりしましたね」


家康はさっと彼を睨みつけると、拳で畳をたたき、天井裏の刺客に合図を送った。



次の瞬間、刺客は天井から苦内(くない)を風丸に放った。


まったくの無音だったため、風丸に気付くすべはない。


苦内は風丸の頭蓋に突き刺さり、致命傷を負わせた・・・・・・・









筈だった。






風丸は家康を正視したまま、苦内を払いのけるような仕草を見せた。





家康に見えたのはそれだけである。


気付くと、風丸に背後に回りこまれ、苦内のとがった先端が首筋に当てられていた。


「・・・・・・・出てきてもらおうか」


冷たい声だった。


天井裏の刺客は、敗北に愕然としながらも、俊敏に姿を現した。先ほど、雷助が太刀を渡した門番だ。鎧を脱ぎ、普通の服を着ていた。


「・・・・・・・俺の飛苦無(とびくない)をつかむとは・・・・・・・・(わっぱ)、やるなぁ」


「・・・・・・・次郎三郎殿なら、伊賀の者にやらせるだろうと思っていた。そなたたちは一撃で相手を倒すため、自然と攻撃の型や的が限られてくるというだけだ」


彼は感心のあまり、言葉を失ってしまったようだ。家康はすっかり狼狽していた。


「・・・・・・・・か、風様、申し訳・・・・・・・」


風丸はすっと彼から離れた。


「私は貴方を恨んではいない。敵を討つ気はないとさっき申したばかりでしょう」


「は、はい・・・・・・・・!」


「兄上は気付いていないようです。もし、知られたら、それこそ貴方の命はありません。お気をつけ下さい」


家康は平伏した。風丸はぷいっと伊賀者に向き直り、苦内を投げ返した。


「では、私も、ご厚意に甘えて休ませていただくことにします・・・・・・・それでは」



茶室に残された二人は、しばし、呆然としていた。





「・・・・・・・親方様。あの餓鬼はいったい・・・・・・」


「織田信長公が正室濃姫との間に設けた唯二の子だ」


「唯・・・・・・二?」


「あの双子の兄も負けずに才気あふれておる」


「・・・・・・ほう」


彼は興味深げに風丸が出て行った戸口のあたりに目をやった。


彼は服部正就(はっとりまさなり)。有名な伊賀忍者、服部平蔵の長男である。このとき、17歳。身体能力や、苦内の扱いなどは父をはるかに凌駕していたが、まだ未熟な面もある。



恐らく、平蔵がこの場にいれば、気付かないはずがなかったが、彼は茶室からの声が聞こえる範囲に、12歳の少年がずっと隠れていたことに、まるで気付かなかった。





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