第十七話 対談
「・・・・・・・お前ら、何者だ?」
二人には幾度となく驚かされたが、それでも、この“お偉いさん”の態度には仰天だ。
「・・・・・・・大したことはない。滅んだ家の一員に過ぎん」
「・・・・・・・滅んだ・・・・・・・?」
「さ、とりあえず汚れを流そう」
雷助はくるっと背を向けた。
その背が妙に寂しく見えた。
3人―――胡蝶は別にされた―――は体を清め、新しい服を着せられた。正装である。
「・・・・・・・窮屈だな、おい」
「小さいのか?」
「いや、というより、なんとなく・・・・・・・まぁ、大丈夫だけど」
「じゃあ、元は休んでてくれ。俺たちはちょっと話してくる」
「あ、あぁ・・・・・・・」
元はぼうっと、その小さく、そして、とてつもなく大きい背中を見やった。
兄弟が案内された部屋に入ると、下座に座った城主が、二人に平伏していた。
“・・・・・・・・・”
二人は計ったように同時に、彼のさらに下座に腰を下ろす。
「・・・・・・・・・雷助様?・・・・・・・・風丸様?」
「・・・・・・・そう気を使わないでもらいたい。父上が亡くなった今、私たちはただの一介の武士にも劣る身の上です」
「し、しかし・・・・・・」
男が狼狽している。風丸が思いついたようにいった。
「茶室はないんですかね?久しぶりに次郎三郎殿の立てた茶を飲ましていただけたらうれしいのですが・・・・・・」
「あ、では、こちらに・・・・・・・・・」
次郎三郎があたふたと立ち上がった。
雷助は器を返した。
「・・・・・・・父上は、死んだんですね?」
「・・・・・・・ええ。十兵衛が突然裏切ったようです・・・・・・・」
次郎三郎が器を受け取る。
「今、兵を出す準備を整えております。雷様、指揮をお任せしても?」
「いや、十兵衛は、恐らく猿の操り人形になっただけじゃ。それを討っても仕方ない」
「何ですと!?猿が・・・・・・・!?」
「そう、討つべきは・・・・・・・・」
「お待ちください」
風丸が口を挟んだ。
「十兵衛に対する兵を挙げるべきです。どうなるかは別として」
「何?」
「恐らく、猿は信じられないほどの素早さで戻ってきて、十兵衛を討ちます。そのとき、次郎三郎殿が素知らぬ顔でこの城にとどまっていては、怪しまれます」
「・・・・・・・なるほど」
雷助が言った。
「それから、もう一つ」
「・・・・・・なんですかな?」
「もう、わしらが表に立つことはない」
「え?」
次郎三郎は、改めてこの双子の才の大きさを感じ取っていた。
特に雷助だ。風格が備わり、小さな体が何倍にも大きく見える。
風丸が静かに言った。
「家は滅んだ以上、私たちも死んだことにしておけばよいでしょう。兄上も、私も、軍を率いる気は毛頭ありません」
「しかし・・・・・・」
「ただ」
雷助は彼の反論を覆い被せた。
「“復讐”のため、あなたの後ろに立って尽力するつもりでいる」
「・・・・・・・それは、猿を・・・・・・?」
風丸が頭を振る。
「いえ。そんなことを望まれる父上ではありません」
「・・・・・・確かに・・・・・・・それでは・・・・・・・?」
「この乱世を鎮める・・・・・・・これが、私たちの復讐・・・・・・この乱世が、唯一我らの敵です」
彼はむっつりと考え込んだ。自分がこの幼子たちを見誤っていたことは明白だった。
一刻ほど黙りこくった後、雷助が大あくびをした。
「ふぁあぁぁ〜・・・・・・・失礼。流石に疲れた。休ませてもらっても?」
「あ、では・・・・・・・」
「兄上、先に行ってください。私はまだ話さなければならないことがあるので」
雷助の目が一瞬きらりと光ったが、風丸はまるでそれに気付いていないかのようにお辞儀した。
“・・・・・・・こいつ・・・・・・”
雷助は気になりながらも、おとなしく茶室を出て行った。
風丸はおとなしく座っているだけだった。次郎三郎はだんだん心配になってきている。
“この少年、何があっても動じないとは聞いていたが・・・・・・・”
あまりに、 何 も な さ 過 ぎ る。
こっちを観察している様子もないし、何かを考えているわけでもなさそうだ。
ただ、畳の一点を見つめているだけだ。
「・・・・・・あの・・・・・・・風丸様・・・・・・」
少年はようやく顔を上げた。
「風でよろしいですよ」
「・・・・・・風様。お話というのは・・・・・・・?」
「次郎三郎殿」
「はい」
「これは、憶測に過ぎませんが、少し、耳を傾けてもらいたい」
「・・・・・・は」
通称、次郎三郎。つまり、徳川家康その人は、さらに自分の見誤りに気付かされるのだ。
この日から七日前、本能寺に散った武将、織田信長と、その正室濃姫の間に生まれた唯一の子。
いや、唯二の子の片割れ、風丸。
その才覚は、家康をもってしても計り知れなかった。
そう、兄・雷助にも勝るとも劣らないものを、彼も持っていたのだ。