第十五話 元の憂い
村を出て彼らは東に向かっていた。元が山神の家から“頂戴した”刀―――風丸と雷助は気付いたが、元が持っているにはふさわしくない、かなりの名刀だった―――を弄びながら、聞いた。
「それで、お前らは何処に向かっているんだ?」
元がただの好奇心で尋ねのだが、それによって兄弟は気付かされてしまった。
「・・・・・・・元、ここはどこじゃ?」
「あん?」
「攻め込まれて、抜け穴を伝って逃げたのはいいが・・・・・・・」
「自分の位置がわからなくて・・・・・・・」
兄妹がやれやれと肩をすくめた。
「ここは、伊勢と近江の境だ。あの山の・・・・・・」
彼が村の向こうの山を指差した。
「てっぺん近くまで行くと、海が見える」
「ほう・・・・・では、あっちが南だな?」
「なんだか知らないが、ご両人は何処に向かってるんだ?」
風丸が迷いも躊躇いもなく言った。
「岡崎城」
元は叫んだ。
「シロォ!?」
「岡崎・・・・・・?おい、風丸・・・・・・」
「狸は、確か堺にいたはず・・・・・・父上の事を聞いたら、必ず岡崎まで退いてくるでしょう」
「途中で討たれていなければ、だがな」
「悪い知らせはもう十分です。狸を信じましょう」
二人のやり取りを見ていた元が呻いた。
「・・・・・・お前ら、幾つだっけ?」
「?12だ」
「ふ〜ン・・・・・あ、そう・・・・・・」“侍のガキはこんなのばっかなのか??これじゃ歯向かう気も起こらねぇよ・・・・・”
「??」
「じゃあ、私と同じ」
胡蝶が嬉しそうに言った。
風丸と雷助―――つまり、超人的な身体能力とあらゆる戦いに精通している二人―――が行動をともにしていることから、数々の事件を書くのは時間の無駄だと思う。
彼らは夜盗に襲われたが、瞬時に全滅させたし、また、胡蝶をかどわかそうとした愚か者は、口に出せないような目に合わされた。風丸曰く、殺す価値がないから男を捨てさせたとの事。
三日後も、4人とも無傷だった。
様子がおかしいのは元だけである。
ほかの3人の後に、黙ったままついてくることが多くなっていた。
夜、見張りの元は薪の弾けるのを黙ってみていた。嫌な気配がして目が覚めた胡蝶は、兄の顔に変な“気”を感じた。
「・・・・・・・」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「・・・・・・・なんでもねぇ」
「なんでもないなら、その顔は何よ?」
「・・・・・・悔しいんだ」
胡蝶はムクリと身を起こした。
「悔しい・・・・・・・?」
「自分の力の無さが・・・・・・・」
「それは・・・・・・二人と比べて?」
「そう・・・・・・・俺はあまりに弱い・・・・・・」
「アハ、お兄ちゃん、可愛いね」
予想外の言葉に元はたじろいだ。
「何!?」
「弱いんだったら強くなんないとね!頑張れ!」
「で、でも・・・・・・」
「お兄ちゃんならやれる!!信じてるから!」
元は嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。
「そ、そうか?」
「うん!!」
胡蝶は満面の笑顔だ。元はそわそわしながら言った。
「お、俺、小便行ってくるから、も、戻ってくるまで見張り、頼む!!」
元はバッと駆け出した。胡蝶は半ば呆れたように首を振った。
「起きてるんでしょ、二人とも」
「「・・・・・・バレたか」」
「お兄ちゃんも馬鹿よねぇ・・・・・・勝てるわけ無いのに・・・・・・・・」
「胡蝶、元はただ、“男”なだけだよ」
風丸がつぶやいた。雷助もうなずく。
「?」
二人はちょっと微笑んで見せながら起き上がった。
「誰よりも強くありたいっていうのは自然なことだ」
「でも、大抵の奴は挫折する。自分より強いのを見た瞬間に、ね」
「元は、自分には歯が立たない、化け物を二人も見たんだ」
「それでも、誇りを捨てず、まだ自分が強くありたいと思ってる。だからあんな態度をとるんだ」
胡蝶はクスクス笑った。
「化け物って自分たちのこと?」
「そうだが?」
雷助は不思議そうに首をかしげた。
風丸は、笑いが止まらない胡蝶とその理由を訝る雷助に呆れ、パタッと倒れて寝てしまった。