第十四話 雷神の怒り
喉から血を吹き出した村人が、がっくりと膝をつく。
「火縄銃は普通に撃つだけではただの足かせになりえる。覚えときな」
恐ろしい笑みを浮かべた雷助は、翁に向き直った。
「・・・・・・・・!!!」
彼の顔を見た村人は、声を上げることも出来ず、逃げ出した。
二人の間に残っていた村人は、二、三歩後ずさった。彼は蛇に睨まれた蛙。それ以上動くことが出来なかったのだ。
「どけ、命が惜しければ」
翁は叫んだ。
「馬鹿者!!あいつを殺せ!!村に災厄を・・・・・・」
「俺は、殺されかけたから殺すだけだ。おっさん、どけ」
そう言いながら雷助は真っ直ぐ翁に向かって歩いている。おびえて脇にどいた村人のそばを通ったその時。
「殺せ!!」
翁の声が地から湧き上がるような太さになり、村人の目が狂った光を帯びた。
「ウガァ!!!!!」
彼が大声を上げると、火縄銃を高々と掲げ、雷助の頭めがけて振り下ろした。
雷助は右腕でそれを受け止めたかと思うと、驚異的な力でそれを掴み、もぎ取ろうとした。
だが、狂人の力は、それを上回っていた。
村人は釣竿を軽く振るような簡単さで銃を振り、それによって雷助は翁の家の壁に叩きつけられた。
「!!!」
雷助の手から刀が落ちた。
「ワッハッハッハ!!!思い知ったか!!!」
翁が飛び上がって勝ち誇ると同時に、村人にかかっていた呪いが解けた。
「・・・・・・・?」
彼は、雷助が壁の傍でゆらりと立ち上がるのを不思議そうに見ていた。
「まずい!!!!逃げろ!!!!」
村人は声が何処から聞こえたのかと、きょろきょろ見渡した。そこで、山神の向こうから風丸が走ってくるのが見えた。
「・・・・・・?・・・・・・・・・」ド!!
腹に当たった何かが鈍い音を立てた。何が起こったのか分からないうちに、自分の足が力をなくし、地面に膝をついた。雷助の足元に。
口から液体がこぼれた。下に落ちたそれが赤いのを見て、ようやく血であることに気がついた。
次の瞬間、脳天に衝撃が走り、彼の意識は、永遠に消え去った。
雷助は口から血を流し、荒い息をしていた。徒手空拳で打ち倒した村人を怒りのまなざしで一瞥した後、山神に向き直った。彼はへなへなと地面にへたり込んだ。
「ま、ま、待て!」
雷助が一歩踏み出したのを見て、慌てた様子で片手を広げて見せた。が、雷助は止まらない。
「兄上!!」
風丸が二人の間に立ちふさがった。雷助には弟の姿が見えていない。
「落ち着いてください!!皆殺しにするつもりですか!?」
山神は、風丸に遅れてやってきた二人組に気付いた。
「胡蝶!!」
先ほど、村人に術をかけたのと同じ声だ。風丸が山神を、元が胡蝶を振り返った。胡蝶はぴたっと直立不動になっている。目から、光が消えてしまった。
「胡蝶??」
元から、困惑が生れ、疑惑、そして怒りに変わった。
「この糞爺!!!」
しかし、山神を黙らせる前に、彼は命令を下した。
「この三人を殺せ!!」
「元、逃げろ!!」
風丸が叫ぶと同時に、胡蝶が小太刀を抜き払った。元は動かない。風丸が胡蝶を止めようと向きを変えたとき。
風丸は自分の刀が、脇をすり抜けた何者かに抜かれるのを感じた。
雷助は風丸の刀を逆手に持ったまま、一陣の風となり、山神に襲い掛かった。
雷助が猫のようにしなやかに着地した後、しばらくの間は誰も動かなかった。
立っている者たちはただ、風すら止まった中で、首を切り落とされた老人が崩れ落ちるのをじっと見ていた。
雷助は刀の血を拭い、風丸に押し返した。
「・・・・・・兄上、何処で正気に??」
「・・・・・・すまぬ。あの翁があの子に呪いをかけたときだ」
彼は元に抱きかかえられている胡蝶をあごで指した。風丸は溜息をつく。
「あの翁が助けてくれたわけですね・・・・・・・」
「おい、胡蝶!」
元が心配そうに彼女を揺さぶっている。
「ウ・・・・・・アレ・・・・・・?」
胡蝶が弱々しく呟いたが、どうやら大丈夫そうだ。三人はホッと溜息をついた。
「・・・・・・すまぬ。風丸」
「・・・・・・やりすぎですよ、兄上」
兄弟は転がった三つの死体に目をやった。その目には謝罪の気持ちがこもっていた。
「もう、この村にはいられまい・・・・・・・」
「・・・・・・・そうだな」
何故か元が頷いた。
「元?お前は・・・・・・」
「おいおい、よく考えてくれよ。俺たちゃ“神殺し”に加担したんだぜ?もうここにはいられねぇよ」
「すまない・・・・・・・」
雷助が頭を下げた。
「お、おい!そんなにすんなよ!あの爺は俺の敵だ。どうせ殺してたんだから同じことさ」
「元、ついてきてくれるのか?」
風丸は何処となく嬉しそうだった。雷助はにやりと笑った。
「良かったな風丸」
風丸が彼をにらみつけたが、彼はすでに風丸を見ていなかった。