第十二話 沈黙のわけ
「・・・・・・不可解、だな」
風丸は冷たく言った。
「何故、それで“呪い”に気付ける?ただの乱心とは・・・・・・・・」
元はいきり立ち、その胸倉を掴んで持ち上げた。それでも、風丸は何事も無いかのように彼を見ていた。
「・・・・・・どうした?言いたいことがあるなら言ったらどうだ?」
元は歯軋りしながらも、風丸を降ろした。
「・・・・・・親父が書いた日記に、親父があの爺を疑っていたこと、確信を得た時の事の顛末、それに・・・・・・」
「それに?」
「親父が狂った日の前の日の所に書いてあったんだ。“明日、村人を惑わせし山神という名の詐欺師をこの場所より追放す”とな」
風丸はようやくニコリと笑った。
「有難う、余所者の俺にここまで話してくれて」
元は初めて見る風丸の笑顔に、ちょっと驚いた。
「・・・・・・なんだ、笑えんじゃねぇか!」
「あん?」
「てか、お前が言うように仕向けたんだろ!」
「・・・・・・済まない。して、さっきの言葉は・・・・・・・」
「てっきり、仏像かなんかみたいな奴だと思ってたんだ!」
「・・・・・・・仏像?」
「いや、全然表情が動かねぇからさ・・・・・・」
風丸は吹き出した。元が首を傾げる。
「あれ?そんなにおかしいか?・・・・・・胡蝶、お前もそう思っただろ?」
胡蝶はととっと風丸に近づき、その顔をぐっと覗き込んだ。驚いた彼の顔は笑顔ではなくなったが、胡蝶はじっとその顔を見た後、兄を振り返った。
「私は・・・・・・・この人の笑った顔、どっかで見たことあるよ!」
満面の笑みで振り向いた妹を見て、元は鼻で笑った。
「夢にでも出てきたのか?生れる前からの許婚とか何とかいって」
風丸も胡蝶も顔が赤くなった。元はそれを見ない振りをして、天を仰いだ。
「で、風丸―――っていったっけ?合ってる?なら良かった―――どうするんだ?」
「どうとは?」
「お前は“呪い”で少女を操っている糞爺を発見した」
元がごく小さい声で付け足した。
「・・・・・・あえて説明するなら、一目ぼれの、かな?」
「え?」
「あぁ、気にすんな。この後、どう動く?」
「元、一つ教えてくれ。何故あの翁を今まで放っておいたんだ?」
「・・・・・・人質をとられていたからだ」
風丸は脇にいた少女を見やった。
「・・・・・・胡蝶、か」
「そうだ。あの爺、いきなりこいつを侍女に据えて、操り始めたんだ・・・・・・無言の警告だよ。“もし何かしたら貴様の妹は・・・・・・”ってな」
胡蝶は口をすぼめて足で地面の石ころをいじくっていた。
「・・・・・・そうか」
「聞かないんだな?何で止めなかったんだって」
「この村では絶対だろ?あの翁の言葉は」
元は口笛を吹いた。
「分かってるなぁ!」
「・・・・・・で、それが理由か?」
「まだある。あいつは曲りなりにも、この村の長だ。その長を殺したら俺も殺され、胡蝶がひとりになっちまう。それに・・・・・・・・」
「まだあるのか」
元は首を傾け、息を吐き出した。
「俺の力も足りなかった」
風丸は一瞬にして険しい顔になった。
「なら、もう、“神殺し”の障害はなくなったな」
元は笑みを浮かべ、頷いた。
風丸は向きを変え、村の集落に向かって歩き出した。