第十一話 火縄銃
「お、おとう・・・・!?」
「・・・・・・・・ガァ!!!」
元は彼の斬撃を危うくかわした。が、体勢を崩し、尻餅をついてしまった。その頭上で刀が再び光った。
「ウワァ!!!」
思うように動かない手足を駆使して、元は家の外に這い出た。そして、先ほど胡蝶を見たあたりまで駆けていった。
「胡蝶!!」
彼は妹の両肩を掴んだ。
「おい、何があった!?」
「おとうが・・・・・・帰ってきて・・・・・・・」
その時、胡蝶の目の中に恐怖が映ったのを元は見逃さなかった。
咄嗟に彼女を抱え、田んぼのほうに飛び込んだ。
ほぼ同時に刀が元の首のあった場所を通過した。
「ウガァ!!!!」
父親の目は狂気に染まっていた。その目が田んぼに足を取られた兄妹を捕らえた。振り上げられた刀を見て、元は叫んだ。
「畜生!!!!!」
そして、無意識に掴んだもの―――泥を彼の顔に投げつけた。それが見事に目に入った。
「グオ!?」
父親“だった物”が目をこすっている間に、元は胡蝶を抱えていないほうの腕で必死で泥をかき、反対側の畦道に這い出た。
「逃げるぞ!」
「・・・・・・・」
胡蝶は腕の中でぐったりとしていて、自分で立てないようだ。
「・・・・・・糞ォ・・・・・・・!」
完全に泥を拭いきった殺人者がこちらを向いた。
元は妹を乱暴に背負い、何とか村に向かって駆け出した。
彼は父親がゆっくりと歩いてくるのを感じていた。音がしたわけでも、振り返ったわけでもない。その体から放たれる禍々しい殺気に背筋が凍りついていただけだ。
「・・・・・・ゼェ、ゼェ」
元は無意識に自分の家に向かっていた。
たくさんの松明が家を取り囲んでいた。元は一番手前に顔見知りの男を見つけ、駆け寄った。
「松さん!!」
「ン・・・・・?元!無事か!?」
「・・・・・・家の中、見たの・・・・・・・?」
「いや、俺は見てない。今呼ばれたばかりなんだ。山神様がここから、悪魔が出るといって・・・・・・・」
「・・・・・・・おとうだ」
「何?」
「・・・・・・・おとうがおっかあを殺した・・・・・・・・」
「定が・・・・・?」
家の戸口のあたりでなにやらざわめきが起こり、何人かが人の体を運び出してきた。元は胡蝶を地面に下ろし、一緒にうずくまってしまった。
「元、定吉は何処だ?」
二人が見上げると、木の上で老人がにたりと笑っていた。
「山神様!」
「・・・・・・・多分、あっちのほうから・・・・・・・」
老人は大きく頷くと、叫んだ。
「よし、皆の衆、“奴”はあちらから来る!準備をせい!」
そして“松”に言った。
「その二人はお前が連れて行け」
「・・・・・・・はい!ほら、元、立て。胡蝶は俺が抱えていくから」
「う、うん・・・・・・・」
元は松に連れられ、釈然としない顔で家に入っていった。
「・・・・・・泥だらけだな、ちょっと洗ってこい」
元は素直に立ち上がり、水桶に向かって一歩足を出した。
バシャ。
元は床の血だまりに足を突っ込んでいた。その瞬間、元の頭が急速に回転した。
「松さん!!!おとうは・・・・・・おとうはどうなるんだ!?」
「・・・・・・元、落ち着いて聞くんだぞ・・・・・・」
元は目を見開き、外に駆け出した。
その時、遠くのほうの雷のような音と、誰かの断末魔が響いた。
火薬の匂いが漂ってくる前に、元は全てを悟った。