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時は戦国  作者: 田中 遼
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第一話   雷と風

兄弟は炎に囲まれていた。弟はへなへなと座り込み、活路を見い出せずに全てを呪っている兄を呆然と見た。彼は兄がそんなことをする状況をよく理解していた。本当に怒っているときと―――本当に絶望しているときだ。後者の状況であることを悟った弟は、兄が怒ると分かっていたが、泣き始めてしまった。


「風丸! 泣くな!泣いても何にもならん!」


目をこすりながら風丸が言った。


「けれども兄上様、泣かなくても何にもならないじゃないですか」


「馬鹿!屁理屈を言っているときではない!それに・・・・」


彼は決まり悪そうにもじもじした。


「我らは兄弟とはいえ、双子なのじゃ。“兄上様”などというな」


兄のほうの名は雷助。風丸より1時間ほど早く生れただけだが、確実に兄としての資質を備えていた。弟をいつも気遣い、守った。決断力もあり、家来を自分の意図通りに動かす能力も片鱗を見せ始めていた。ここまで聞くと、彼がいくつ位に感じられるだろうか。少なくとも12歳などとは思わないだろう。そんなわけで、彼は周りから特別な扱いを受けることが多かった。


“次の主は雷助様だ”という考えなのだ。だが、彼はいくつか持つべきものを持っていなかった。一つはたった今失った。思い出してもらいたい。彼と風丸は赤や橙をまとった―――文字通り熱狂的な―――踊り手と木が弾けるパチパチという音、それに踊り手から出る喉を焦がす熱風に囲まれているのだ。彼らは“家”を失った。


雷助は誰かが助けに来ると風丸に言ったが、風丸は助けが来ないことを知っていた。見ていたからだ。一部始終を・・・・・・



―――


「起きて下さい!!」


風丸は揺さぶられ、揺さぶられてからようやく目を覚ました。雷助はすでに姿勢を正し、風丸を起こした従者が何か言うのを待っていた。従者は緊迫した表情をしているが、風丸には分からなかったようだ。彼は大きく伸びをして、ボサボサの頭をボリボリかいた。吉左衛門は(従者だ)風丸を無視し、雷助に向き直った。


「若、城が囲まれております!」


「何?どこの軍じゃ?」


「分かりませぬ。ただ、数は数千・・・・」


「数千?・・・・こちらはせいぜい二百程度だというのに・・・・何故・・・・?」


吉左衛門はかぶりを振った。


「分かりませぬ。いきなり鉄砲玉を打ち込んできた上、こちらの使者は嬲り殺す・・・・いったい誰が率いているのやら・・・・」


雷助はさっきまで寝ていたのが嘘のように、すくっと立ち上がった。うとうとしていた風丸はぼんやりと顔を上げ、兄を見た。


「吉、用意をいたせ。わしも戦う」


「なりません」


そういったのは吉左衛門ではなく、風丸だった。


「・・・・・・風丸?」


「兄上様が戦っても、命を捨てるだけです」


風丸は自らの口から出た言葉の重さに気付いていないようだ。彼は目ヤニのついた目を懸命にこすっている。雷助は風丸を睨みつけていたが、羨む気持ちが出てきていた。


“こんな風にいつでも冷静なままでいたいものじゃ・・・・”


気性の激しい雷助は感情のまま動いてしまうところがある。そうしてしまうと、主として家を守ることは出来ない。雷助の欠点の一つである。それを猛烈に意識した瞬間、ふつふつと怒りが煮えたぎってきた。しかし、風丸はそっぽを向いて欠伸ばかりしている。それが雷助をさらに煽った。雷助の手がピクリと動いた。―――刀に向かって。吉が慌てて間に入った。


「若・・・・雷助様。ここは風丸様の言うとおりですぞ」


雷助の怒りの矛先が吉に向きかけた。吉は一瞬ひるんだが、すぐ気を取り直し、睨み返した。


「親方様もそうお考えです」


「父上が!?」


雷助は一瞬気が抜けたような顔をしたが、すぐに顔が赤くなってきた。


「では、今までの修行は何だったのだ!?」


雷助はいきり立って叫んだが、吉は静かに言っただけだった。


「この先の戦いで、役に立てるためです」


「この先だと・・・・?」


頭に血が上った雷助は吼えた。


「家が滅んだ後、先があるわけ無かろう!!!」


風丸が何か呟いた。吉はそれが聞こえたらしく、唖然として風丸と雷助を交互に見た。雷助は怪訝な顔で吉を見た後、風丸に聞きなおした。


「風丸、何か言ったか?」


風丸は彼を見もしないで再度呟いた。


「そうとしか考えられないのが兄上様の短所だ、といったんです」


一瞬、3人の動きが止まった。遠くで誰かが慌しく動いている音が聞こえてきた。雷助の怒りはすっと消え、さらに大きくなって戻ってきた。


「・・・・・・・なんだと?」


風丸は、この時初めて兄を直視した。雷助はたじろいだ。といっても、風丸が恐ろしい眼光を放っていたわけではない。その逆だった。あまりに静か過ぎる、その目が雷助の心をなえさせた。


「死を恐れないのは、ただのうつけでしょう」


恐怖し、おびえきった人間がそれを言うならまだ分かる。どこから見ても臆病者であるものが、命にしがみつくのは合点がいく。しかし、風丸はそんなものを感じている気配が微塵もなかった。雷助は弟が己の理解を超えていることを知っていた。


「風丸、わしはお主がよく分からん・・・・・」


「兄上に理解してもらえるとしても、ずっと先の話・・・・・今はそれより、早く逃げましょう。兄上や風丸のために戦っている者の命を無駄にしたくありません」


風丸は吉に向き直った。


「吉、頼むぞ」


「は!」


その時、スッと障子が開き鎧の男が入ってきた。雷助は刀に手をやったが、見知った顔を見て緊張を緩めた。


「・・・・脅かすな、忠義。父上はどうした?」


異常に静かなこの部屋では、忠義ののしっのしっという足音がとんでもなく響いた。

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