どうやら異世界。
んん?え、あ、あれ?!
そう思ったときは遅かった。
地面にぽっかり空いた穴に真っ逆さま。
幼いときに読んだ童話にもこういった話があったはず。
長い長い竪穴を真っ直ぐ滑り落ちていく間に、どこか冷静な頭でそう分析する。
だけど、私は別に、時間に追われている様子のウサギを追いかけていたわけではない。
ただ、学校から家までの道をスキップしていただけだ。
スキップ。
そうあれがすべての問題の根源だったとしか思えない。
「え、寿々音ちゃんスキップできないの?!」
プークスと変な笑い声でこちらを嘲笑したのは、クラスでも可愛いと評判の女の子だった。
可愛い。・・可愛いか?いくら可愛くてもその笑い声は問題だ。
そもそもスキップができなくらい何だというのだ。
私以外にもきっとスキップができない人間はいるはずだ。
しんと静まり返って、事の成り行きを見守っているクラスメイトに問いたい。
お前たち全員スキップができるのか、と。
「簡単だよ?練習しなよ!」
何て無責任なことを言って笑いながら去っていくマドンナ(笑)
お手本もないのにどうやって練習しろと?
まあいい。私はしょせんぼっちだ。ぼっちの国で生まれたような生粋のぼっちである。
そうか、だからスキップできないのかもしれない。
それを学ぶべき幼少期に友人がいなかった。
いや、友人がいなかったせいにするのは可笑しいかもしれないが。
運動能力の差か?それとも、あの、いかにも「嬉しいことがあったので私スキップしてます」みたいな雰囲気が駄目なのか。
だいたい、女子高校生が道端で一人、スキップしている姿なんて衆目を集める以外の目的が感じられない。ただの目立ちたがり屋ではないだろうか。
なんて、一人でとつとつと考え込んでいると、つるん、と穴から吐き出された。
本当に、つるんと。
ずべしゃっという漫画もびっくりな効果音と共に地面に叩きつけられた私は、乱れた頭をフリフリ、膝を付いたまま状況確認する。
まず、両手を付いている先に見えるのはどうしようもないほどの緑だ。
緑、緑、緑。苔?藻?芝?そんなよく分からない緑の植物が蔓延っている。
本来、土がむき出しであろう部分もなぜか緑。土に藻か苔が生えているのかもしれない。
そういえばちょっとじめっとしている。
周囲はひたすら、木、木、木。
何の木か分からない。日本ではなかなかお目にかかれない巨木が無数に聳えていて私を見下ろしている。
その巨木たちにはこれまた緑の葉っぱが生い茂っていて、よく見れば、同じ木であるのに大小様々、形状様々の葉が成っているではないか。
不思議な木である。植物の生態というか体系というか、そういうものを無視しているような気がしてならない。
というか、アスファルトに空いた穴の先が森って。
アスファルトの下はせめて下水道であってほしかった。
こんなファンタジー求めてない。
さしてパニックになることもなく立ち上がってみれば、いつもよりずっと地面が近いことに気づく。
見下ろせば、制服のスカートの裾が地面に付いてしまっているではないか。
風紀検査でスカート長さのチェックを受けるとき、床に膝を付かされたことはあるが、そのときでさえスカートの裾は床から数センチ上で揺れていた。
しかも今は別に膝を付いているわけではない。
良く見なくても、セーラーの半そでの袖が肘よりも随分下の位置にきている。
首元は寒いほどに大きく開いているし、身動きすると、ずるっと肩から落ちた。
あれ、これ、縮んでない?
確認の為にスカートをまくって足を見れば、完全に、幼児のものと思われる足が二つ。
ついでにスカートを掴んでいる自分の手を見れば、やっぱり、ふくふくとした幼児の手。
か、かわっ!
とっさにそう思った自分はロリコンでもショタコンでもない。
幼児期というのは万物、可愛らしいものなのだ。
だから許してほしい。
というか、自分が縮んでいるという状況についていけない。
思わず、さっき確認したにも関わらず、無意味に周辺をきょろきょろと見渡す。
見上げても、自分が吐き出されたと思しき穴は見えないし、周囲に人もいない。
これが世に言う異世界トリップか。
なんて思ってみても、何の解決にもならない。
だいたい、こんな摩訶不思議な現象をあっさりと認めてしまえる自分はどうかしている。
それこそまさにパニックになっているということではなかろうか。
努めて冷静になろうと深呼吸してみるが、状況が変わったとはいえなかった。
落ち着いたかどうか分からないが、とりあえず今の自分にできることは何もないと考えられる。
だから、歩きにくいし、ここには誰もいないようなのでスカートは脱いでしまうことにした。
言っておくが、痴女ではない。
あ、てかこれ・・下着も大きいんじゃない?とは思ったけれど、さすがにパンツを脱ぐわけにもいかないので近くに生えていた蔦を引きちぎって、パンツのウエスト部分にぐるぐると巻いておいた。
これ、幼女だったら許されるよね?
誰もいないのに確認とってみる。
短パンみたいに見えない?
むしろ、ウエストを絞ったことによって何とも言えない野生感を醸し出して、良い感じである。
「あーあ」
今の呟きに意味はない。
どうやら幼児化したらしいので自分の声を聞いてみたかっただけである。
やばい、可愛い。
「マジ、やばくない?」
これも意味のない発言である。
幼女が女子高生言語を口にするというこのヤバ可愛い状況。
誰かに見せたい。
でも誰もいないんだな、これが。
ふう、と息を吐き出して森から抜け出す方法を探すことにした。
方法を探すと言っても方位磁石を持っているわけでも地図があるわけでもないのでひたすらに歩くしかない。
遭難した人間が自力で街まで降りる確率ってどのくらい?
ふとそんな疑問が過ぎる。
しかし、今何もしなかったとしても選択肢は一つ。
「死」あるのみである。
もう、これは頑張って歩くしかない。
『あんたは焦るっていうことをしないのねぇ』
これが、母親の私に対する評価であり、私の美点である。
美点、と思っているのは私だけかもしれないが。
母親、母親か。
ここは母親を恋しがって泣くところだろうか。
でもあの人はなぁ、母親というより、どこか、親戚のおばさんくらいの距離感があるというか。
ここまで育ててくれたのだから母親であることに間違いはないのだけれど、私が高校を卒業するまでの日数をカウントダウンしていて「ああ、これで私も自由ね」何て言っている人だからなぁ。
高校卒業後の進路も決まっていない娘に対して酷い言い草である。
私をたきつけてやっていたのかもしれないが、あの、とっとと出て行け!という雰囲気はいつも私をいたたまれない気分にした。
ああ、いかん。
一人で歩いているとこんな馬鹿みたいなことを思い出す。
やっぱり、ここは一つ泣いておくべきか?
はあ、とさっきより大きな息を吐く。
「おい」
だいたいな、まさか高校在学中に異世界トリップするとは思わないわけじゃないですか。
いや、これが例えば中学生でもあまり考えない気がするけど。
と、誰に呟くわけでもなく頭の中で言い訳する。
あれですよ?別に大学とか短大行くのが嫌だったわけではない。
将来の夢とか、就きたい職業の展望も見えないのに、いきなり大学どこにする?って、それ、すごい難しい質問ではないか?
皆あれなの?もう将来の夢とかあったりするの?
「おい、お前」
やっぱりあれかなぁ。女が一人で生きていくためには資格とか持っていたほうが良いのかな。
やっぱり技術職とか魅力的だよね。
手に職をつけるというか。
「おい!聞いてるのか!」
突然、思考に割り込んだ大声に思わず、ずべしっとすっ転ぶ。
な、なな、何?!頭が吹っ飛ぶくらいの勢いで声の主を探すと、いつからいたのか目の前に巨人が。
いや、巨人というのは幼女である私が見上げた姿だから、恐らく、外国人男性の平均身長くらいだと思われる。
日本人男性よりもは大きいかな、というくらいの。
つまり、外国人男性がそこにいた。
「悪い、驚かせたな」
おもむろに私の体を抱き起こし、そのまま抱える男性。
金髪碧眼で、おもいっきり欧米の顔立ちをしている。
ただ一つ違うのは、頭からにょっきり耳が生えているということである。
顔の側面にあるのではない。
頭上にはっきりと、動物の耳が生えている。
一気にただの勘違いだと思っていたファンタジー感が現実味を帯びてくる。
それ、ただの付け耳とかではないですよね?
思わず手を伸ばして触ってみると、私の手の動きに合わせてぴくぴくと可愛く反応する。
ふわふわだし、温かい。これがあれか。魅惑のもふもふか。
「精霊の子がこんなところでどうした。迷子か?」
さっきの大声とは違って優しく問われる。
現代日本では、さすがに女子高生に向かってそんな猫なで声を出す人はいないので、何だか背中がぞわぞわする。
というか、精霊の子?!そんなファンタジックな存在が?!
思わず身を乗り出すようにして辺りを見回す。
が、やはり、人っ子一人いない。
「おいおい暴れるな。落としちまう」
「どこ?精霊の子」
「は?何言ってんだ、お前だろ」
「?」
「白い髪に赤い目、そんな色は精霊しかいないだろ」
白い髪に赤い目?やばい、それどんな厨二?
思わず髪の毛を引っつかんで自分の視界に入るように引っ張れば、何と、白い糸みたいなのが。
もっと引っ張れば確かにそれにあわせて頭皮が悲鳴を上げるので、どうやら白髪というのは私のことらしい。じゃあ目も赤いの?
「何だ、本格的な迷子なのか」
「迷子・・確かに」
「何一人で納得してんだよ。お前の居た森の名前は?」
森・・森の名前?ていうか何、森にいたのが前提なの?
コンクリートジャングルとか言っておけばいいのかな。
「・・自分の森の名前も知らないとか、言わないよな」
顔を覗き込まれて、自分を抱えている男性の顔を至近距離で見つめる。
おお、まつげまで金色なのね。
彫りは深い。目頭のところまで影が落ちている。
「何で金髪?」
「月狼族だからな」
月狼族!またもやファンタジー!