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六章

六章


 結局、悠斗は「ビハイブス」から帰ったあと、学校には行かなかった。

 美悠には、「体調が悪いから今日は休む」とメールをして夕方まで眠った。

 目が覚めたのは、夕方の三時。悠斗は美悠が帰ってくる前に、家を出ることにした。

 学校を休んで仕事ばかりするのを美悠は嫌がるだろうが、今日はバレットと戦うのだ。そんなことは言っていられない。悠斗は妹の小言とビンタぐらいは覚悟をして、家を出た。

 「ビハイブス」へと向かう途中、美悠からのメールが入る。

「お兄ちゃん、お仕事ご苦労様です。帰ってきたらお話があります」

 悠斗は「わかった。でも遅くなったら、先に寝てて」と返信して携帯をしまう。

 つらい戦いを終えて帰ると、美悠に怒られることが決定した。

 美悠に怒られるために必ず帰ろうと、悠斗は決意を新たにした。

 そして、悠斗が「ビハイブス」に到着したのは夕方の四時で、全員が集まっていた。

「きたか、玖藤。レジナと一緒に、これに目を通しておけ」

 久慈がカウンターの上に、大きめの封筒を放り投げた。中にはバレットを呼び出した場所、「端木ビル」の構造図が入っていた。

「直接の下見は、バレットに監視されている恐れがあるから駄目だ。それで我慢しろ。怪しまれないように待ち伏せもしない。バレットが到着したら、偵察からこちらに連絡がくる」

 レジナが、ビルの構造図に目を通しながら久慈に話しかけた。

「偵察は結構だが、誰を使ったんだ? 警官でも使ったか?」

「いや、七課さ。少しは参加させてやらないと、あとでうるさいからな」

 七課――公安七課は、八課と違い、組織として公表されている対ASH犯罪機関だ。

 こちらは八課のようにASHや武装を持っているわけではない。主に、オグマ式関係者の監視や調査が任務となっている。

「青秀。もしも七課が襲われたらどうする。あいつら、戦闘能力はないぞ」

 レジナの疑問に、久慈はさわやかな笑顔で答えた。

「七課を襲ったASHを倒す――八課をアピールする、絶好のチャンスじゃないか」

 悪趣味な久慈の言葉に、レジナは顔をしかめた。

「やってることが、ウェイと変わらん」

「否定はしないさ。ただ、ウェイがやれば犯罪。僕がやれば正義だ」

 レジナはため息を吐くと、ウェイに言われた言葉を思い出した。

「青秀。お前も天国への行き方を知らんようだな」



 悠斗達が「端木ビル」の構造図に目を通していると、久慈の携帯が鳴った。

 久慈は腕時計をちらりと見てから電話に出た。今の時刻は。九時三十分だ。

「僕だ――そうか、わかった」

 久慈は簡単な受け答えで電話を済ませる。相手は偵察に使っていた七課の人物だろう。

「バレットが来た。一人のようで、恐らく銃火器を持っている」

 それを聞くと、レジナはゆっくりと椅子から立ち上がった。

「予定どおり、ということでいいな。悠斗、行くぞ」

「うん――わかった」

 悠斗は気合いを入れ直して立ち上がると、装備を確認した。特に問題はない。

 悠斗が「大丈夫」と、レジナに目で伝えると、彼女は黙って頷いた。

「では、青秀。いってくるぞ」

「好きにやってこい。王様気取りで暴れているASHの若造に教えてやれ。嘉神町には、ASHの女王がいることな」

 芝居がかった久慈の激励に、レジナは口元をにやりとゆがめて笑う。

 悠斗はそれを、にこりともせずに眺めていた。

 これから死ぬかもしれない、殺すかもしれないというのに何を遊んでいるのか。

(この人達は――どうかしてる)

 悠斗は何を恐れればいいのかわからないまま、レジナと共に「ビハイブス」を出た。



「た、助けてくださいっ! ごめんなさい! 俺が悪かったです!」

 悠斗達が「端木ビル」の中に入ると、上の階から男の叫び声が聞こえた。

 二人は顔を見合わせて、声のした場所へと急いだ。

「お、俺が調子に乗ってました! この女は好きにしていいですからっ!」

「あ、あんたが勝手にケンカ売ったんじゃない! 死ぬなら勝手に死になさいよ!」

 場所は二階の角の部屋で、女の声も聞こえてきた。

 悠斗達は部屋の前で息を潜め、中の様子をうかがっていた。

 二人は言い争っていたが、もう一人の声――少年の大声が、それをかき消した。

「うるっせーぞクソども! おい、そこに隠れてる二人。ばれてっから出て来い」

 音や気配なのか、それとも別の理由か。とにかく悠斗達の存在はすぐにばれた。

 レジナは悩む様子もなく部屋の中へと入っていったので、悠斗もそれに続いた。

 がらんとした部屋の中には、スーツを引き裂かれたホスト風の男が床に転がっており、となりには、男に負けじと派手な女が座り込んでいる。

 そして、その二人を見下ろすように、一人の少年が立っていた。

 その少年を見たとき、悠斗の背中にぞくりと悪寒が走った。

 間違いない。この少年だ。

 嘉神町に混乱をもたらした元凶であり、悠斗を襲った犯人――バレット。

 悠斗を襲ったときはパーカーのフードをかぶっていたが、今は顔を見せている。

 短く、ツンツンと立てた髪。退屈と凶暴性に飲み込まれた冷たい目。

 慎重は百六十センチぐらいだろうか、意外なほどに小さかった。

「――何見てんだ? おら、さっさと金出せよ。おまえ、ウェイの使いだろ?」

 悠斗がバレットを観察していると、いらついた声で催促をしてきた。

「おまえがバレットで、間違いないな?」

 悠斗がどう答えようか迷っていると、代わりにレジナが答えた。

「ああ? そーだよ、俺様がバレットだよ――って……なるほどな……ジジイめ」

 バレットはレジナの姿をまじまじと眺めると、突然に表情をこわばらせた。

「――おい、乳のでけー姉ちゃん。おまえ、ずいぶんいい匂いすんな。しすぎ。バレバレ」

「香水などはつけていないが」

「ちっげーよ。おまえの中から血が匂うんだよ――おまえ、あれか。八課のレジナだろ」

「ほう? 私のことを知っているのか?」

「俺様はかしこいから、なんでも知ってんだよ……にしても、金持ってきたやつを殺せってなあ……まさか、八課を寄こすとは……俺を売りやがったか、ジジイ……クソっ!」

 バレットが足下の男を蹴っ飛ばす。男は「ぐえ」とうめいて、泣き始めた。

「やめろ! バレット! そいつは一般人だろ! 離してやれ!」

「ああ? こいつが肩ぶつけてきて、ケンカ売ってきたんだよ。悪いの、こいつじゃね?」

「だとしても、それだけ痛めつけたんだから、もういいだろう!」

「そうなあ――よし、おまえ、あいつに向かってこう言ったら、助けてやる」

 バレットが男を持ち上げて、耳元で何かをささやく。男はうんうんと必死で頷いたあと、悠斗の方を見て、情けない声で叫んだ。

「た、頼よむ! 俺を助けてくれよ! 俺の代わりに死んでくれよ! あんた達って、警察なんだろ? 市民を助けるのが仕事だろ! 俺、税金払ってんだよ! 頼む、死んでくれ!」

 男の必死な叫びを聞くと、バレットは大笑いして男を放り投げた。

「うひゃひゃっ! 正義の味方はクズのために死ねってよぉ! 悲しいねぇ、せっかくASHになったのに、やることはクズの身代わりかぁ?」

 バレットが男を悠斗達のほうへ蹴っ飛ばすと、男は逃げるようにして部屋を出ていった。女も悠斗達を見ることすらなく、続いて部屋を出ていく。

「守ろうとしたクズに、死んでくれと言われる感想はどーだい?」

「……クズはおまえだっっっ!」

 悠斗は叫ぶと同時に、腰から「ニコラ」を抜いてバレットに飛びかかった。

 七メートルほどは離れていたが、ほんの一瞬でバレットに接近する。

 その動きは、悠斗自身が想像すらしていない程の機敏さ――これがASHの動きだった。

 だが、バレットはにやにやしながら、悠斗の人を超えた攻撃をかわす。

「おおっとぉ! 急にきたなぁ! 怒っちゃいまちたかぁー? ごめんねぇー?」

「おまえは――おまえは許せない!」

「俺は現実を教えてやっただけだ! 正義の味方は難しい、ってな!」

「俺は正義じゃないとしても、おまえは間違いなく悪だ!」

 逃げるバレット追いながら、二本のナイフを振るう悠斗。

 直刃の「フラメル」でフェイントをかけ、曲刃の「ヴェロワ」で引き裂こうとする。

 しかし、その攻撃はバレットにかすりもしなかった。

「遅いなぁ! しょぼくて弱くて、なにより遅いぜ八課ぁ!」

 バレットは、にやりと笑うと、一瞬で悠斗から距離を取った。

「な――」

 まばたきの間にバレットを見失う。まるで消えたかのような速さ。

 バレットは部屋の端から、馬鹿にした口調で話しかけてくる。

「なあ、おまえの名前はなんつーんだ?」

 悠斗は迷ったが、バレットの勢いに押されて、思わず名乗ってしまった。

「――玖藤悠人だ」

「ちげーよバカそうじゃねーよバカ頭使えバカ。ASHとしての名前――って、玖藤悠人ぉ? おまえ、あれか? 俺が殺そうとした玖藤悠人か? いや、手加減はしてやったけどよ」

「ああ、そうだ。おまえに殺されかけた、玖藤悠人だよ」

 悠斗の返事を聞くと、バレットは手を叩いて爆笑した。

「おまえ、ASHになったのか! なるほどね、そりゃ怒るわ! おまえ、最高!」

 ゲラゲラと笑い転げながら、バレットは悠斗を指差した。

「バレット! 何がおかしい!」

「ギャハッ! 何でもねーって! どうせ死ぬんだから、知らなくてもいいだろ!」

 バレットがパーカーをめくると、腹とズボンの隙間に、何丁もの拳銃がささっていた。

 暗くて良くは見えないが、トカレフのようだった。両手でそれぞれ引き抜き、構える。

「これ、中華マフィアからもらったんだよ。死体からだけどな。あいつら、持ってる銃はこればっかりだよ。おかげで、弾には困らないんだけどさ」

 バレットが持っていたのは、トカレフの中国製コピー品、「(ヘイ)(シン)」だった。嘉神町でよく見かける武器として、悠斗はリノスに教わっていた。貫通力が高く、安全装置の怪しい黒星を腹に入れているというのは正気の沙汰ではない。暴発しても死なない自信があるのだろう。

(ASHってのは、どいつもこいつも一本切れてるな)

 緊張する悠斗とは反対に、バレットは拳銃を指先でくるくると回して遊んでいる。これだって下手したら、自分に向かって弾が飛んでくる行為だ。

「なー、気になってんだけどさ。レジナはどうして戦わないわけ? こいつ死ぬよ?」

 悠斗がバレットに襲いかかってから今まで、レジナは二人の戦いを見ているだけだった。

 しごくもっともなバレットの質問に、レジナは退屈そうに答えた。

「一人でどこまでやれるかを見てる。駄目ならそこまでだ。殺せるなら殺していいぞ」

「――ぶふっ! いや、わりいわりい。さすがに玖藤ちゃんがかわいそうで、笑っちったよ」

 悠斗を見捨てたようなレジナの答えに、バレットがつばを飛ばして吹き出す。

(――死ななきゃいいんだろ、死ななきゃ)

 レジナの言葉を一々真に受けていたら身が持たない。悠斗はレジナの物言いに慣れてきた。

 悠斗はニコラを握り直して、バレットが向けている銃口に集中した。

「んじゃ、玖藤。これで死ぬか試してみようぜ。ほら、バーン――バンバンバンバン!」

 バレットはためらうことなく引き金をひいた。一度ではない。あるだけ撃ってきた。

 弾が無くなれば銃を捨て、別の銃をズボンから取り出して、それも撃ち尽くす。

 黒星は連射に向かない拳銃だが、バレットは簡単にやってのけた。 

 悠斗は、とにかく全力で横に逃げ続ける――それでも、弾の何発かが身体をかすめた。

 だが、どれもたいした傷ではない。頭に直撃でもしていたら、さすがにまずかったが。

 パンパンと、渇いた大きな音が鳴り続け、悠斗は地面を転がり続ける。

 三十発か四十発か――とうとう、銃声はやんだ。悠斗は生きている。

(――よし、避けきった!)

 さあ反撃だと、体勢を立て直してバレットの姿を確認するが――いなかった。

「えっ――」

「こっこでぇーす」

 顔の下から声が聞こえた――悠斗がすぐに下を見ると――そこには、自分の腹に大型リボルバーの銃口を当てているバレットがいた。悠斗の全身から、一瞬で血の気が引く。

「あんなまっすぐ弾が飛ぶかもわかんねえ銃、本気で使うと思うか?」

 あの大量の銃弾すべてがフェイントだったというのか。

(しまった――)

 悠斗が逃げようとしたが、バレットが見逃すはずもない。

「弾丸から逃げられっかよぉ!」

 ダンっ、と。重い音がしてリボルバーが火を吹いた。

 悠斗は目をつむり、衝撃や痛み――それから、もっとひどい何かを覚悟していた。

 しかし、それら一切が悠斗の身体を襲うことはなかった。

(無事――なのか?)

 悠斗が目を開けると、バレットの腕をひねりあげているレジナがいた。

 リボルバーの銃口は、天井に向かって静かに煙を吐いている。

「バレット、おまえの勝ちだ。かといって、悠斗を見殺しにすると寝覚めも悪いのでな」

「――もうちょっと見てれば、面白いもんが見られたのによ」

「なに、今からもっと面白いものを見せてやるさ」

 レジナの腕を振り切り、バレットが再び距離を取る。

「悠斗、下がっていろ。おまえの出番はおしまいだ」

 レジナは悠斗に下がるよう指示し、自分がバレットの前に立った。

「レジナ……ごめん」

 悠斗はレジナの言うことに、黙ってしたがう。

 レジナはバレットに視線を合わせたまま、悠斗に返事をした。

「実戦を経験させたかっただけだ。あとは、見て学べ」

 レジナがゆっくりと息を吐くと、彼女の身体が少し大きくなったような気がした。

 それとともに、彼女の金色の瞳が、段々と赤くなっていく。

「悠斗、見ていろ。おまえに――おまえとバレットに――ASHの戦いを教えてやる」

 レジナの瞳が真っ赤になり、全身から強い気配を発する。

(これが――力の解放――)

 悠斗は暗闇に光る、紅い瞳を見つめていた。

 バレットもレジナの雰囲気が変わったことに気がつき、さすがに動揺していた。

「おんもしれーな……さすがは本物の女王様ってことか……」

 バレットは持っていたリボルバーを捨てると、背後に置いてあったダンボール箱から、サブマシンガンを二丁取りだして、それぞれの手にもった。

 MP5。世界中の特殊部隊が愛用するサブマシンガンだ。小型で扱いやすくはあるが、さすがに片手で使うようなものではない。だが、ASHであるバレットにとっては、MP5の反動など無いに等しかった。

「レジナよぉ。この部屋には色んな場所に銃を隠してあるんだ。稼いだ金は、ほとんど銃に使っちまったからなあ。よかったら探してみるか? お宝が眠ってるかもしれないぜ?」

「なんだ? ハンデが欲しいのか?」

「はぁー? 銃をやるって言ってんのぉー。素手のやつをぶっ殺してもつまんないからぁー」

「その程度の武器――持っていても、邪魔になるだけだっ!」

 レジナは姿勢を低くすると、真っ直ぐバレットに飛びかかった。

「避けねーとはな! なんか勘違いしてんじゃねーのかぁ? 女王様よぉ!」

 バレットは両手のMP5をフルオートで発射する。

 銃口から無数の弾丸が飛び出し、レジナに向かって吸い込まれていく。

「はい命中ぅ! 肉と鉛を入れ替えて死ねやぁ!」

「レジナっ!」

 悠斗が思わず叫ぶが、すでに弾丸はレジナの身体に届いていた。

 しかし、レジナの動きが止まることはなかった。あっという間にバレットに肉迫する。

「――軽いな、バレット。その弾は軽い」

 そしてレジナは、バレットの首を右手でがっちりと掴んだ。

「う、嘘だろっ……ぐぇっ……」

 何発かが命中したにも関わらず、レジナにはまったく効果がない。さすがのバレットも、レジナの強さに恐怖するしかなかった。

「て、てめえの皮膚は鋼鉄で出来てんのかっ!」

「皮膚の傷なんかすぐに治る。力を解放すれば、その程度の弾が骨や筋肉を通過することはない。防護服だって頑丈なんだ――おまえよりもな」

 レジナが右手に力を込めると、バレットの首がミシリと嫌な音を立てた。もう少し力を加えれば、彼の喉は潰れてしまうだろう。

「バレット、おまえには聞きたいこともある。降伏すれば命は助けてやろう。断れば、このまま殺す――できれば、おまえは殺したいんだ。そのまま黙ってていいぞ」

 バレットはレジナに喉を押えられているために声が出ない。口からはガラガラとしたうめき声が漏れるだけだった。それを知っていて、レジナはわざと悲しそうな顔でバレットを見る。

「そうか、話す気はないか――なら、さよならだバレット。弱く、醜く、遅いバレット」

「……っぜるがよぉ」

「ん? 何か言ったか?」

「……っせるかよぉ!」

 バレットが叫んだ瞬間、室内は大きな音と光に包まれた。

「くっ――」

 音と光の直撃を浴びたレジナは、反射的にバレットを離すと、目を押えてしゃがみこんだ。 いくらASHといえども、網膜の仕組み自体が変わっているわけではない。むしろ、レジナは光に弱かった。

「――スタンか!」

 レジナが反射的に目を押えながら、憎々しげに叫ぶ。

 バレットは隠し持っていたスタングレネードを、レジナの目の前で爆発させたのだ。

 スタングレネード――音響閃光弾とも呼ばれるそれは、普通の手榴弾のように、殺傷が目的で使われるものではない。大きな音と光で、人間の動きを麻痺させるのが目的だ。人質のいる室内に突入するときなどに使われる。それを目の前で、バレットに使用されたのだ。

 バレットは直前で目を閉じていたが、レジナの目には直撃だった。

 だが、耳に関しては二人とも同じ。どちらも耳をふさいではいなかった。

 二人とも、今は鼓膜が破れて何も聞こえはしないだろう。

「へっ! 俺の手を空けておいたのが間違いだったな! じゃあな、女王様!」

 バレットは捨て台詞を吐くと――レジナにも、自分にも聞こえていなかったが――窓ガラスを破って逃げていった。バレットも鼓膜をやられており、ふらふらの状態だったが、地面を転がるようにして、必死で逃げていった。

「――何だ? 何が起こった! レジナ! 大丈夫かレジナ!」

 離れてはいたが、耳も目もふさぐことが出来なかった悠斗は、レジナと同じく、目を押えてうずくまっていた。通常は、悠斗ぐらいの距離で十分に効果があるものだ。

 だが、悠斗はレジナほどのダメージではなかったため、短時間で回復した。傷付いた目も耳も、ASHの再生能力で、今はまったく問題がない。

 悠斗は辺りを見回し、うずくまっているレジナを見つけた。そして、バレットがすでにいないことを確認してから、レジナの元へと走り寄った。

「レジナ! 大丈夫か!」

 レジナは、座り込んだまま片手を空中にばたばたとさせている。

「聞こえるか? レジナ?」

 悠斗が何度も呼びかけ続けると、そのうちにレジナは聴力が回復し、返事をした。

「悠斗……か? バレットはどうした?」

「もういないよ。窓が破れているから、多分、そこから逃げた」

「そうか……ちょっと、目のダメージが大きくてな……もう少し待て……」

「わ、わかった。それにしても、バレットは何をしたんだ?」

「スタングレネード――音響閃光弾だ。大きな音と光で、相手を行動不能にする。室内を制圧する際に使われるものだ。私にとっては、弾丸よりきついな……」

 悠斗もリノスに教わってはいた。だが、黒星のように簡単に手に入るものだろうか。

「そんなものまで持ってるのか……」

「嘉神町は、金さえ積めば何でも手に入る……よし、もう大丈夫なようだ」

 レジナは、ゆっくりと目を開けて、視力が戻っていることを確認した。

 悠斗はレジナの瞳が、金色に戻っていることに気付いた。

「レジナ……目……」

 レジナはそれを聞くと、悔しそうにため息をついた。

「ああ、時間切れだ――これでもう、三日は戦えない」

 レジナは視力と聴力が回復すると、すぐ久慈に連絡をし、後処理を依頼した。

 久慈はすぐに特殊部隊を引き連れて、「端木ビル」にやってきた。

 バレットの姿が無いことを確認すると、久慈は感情もなく、悠斗達に言った。

「失敗か。これで三日間――バレットが何をしても、僕達は死んだふりだ」



「そんなぼろぼろになって逃げ帰ってくるとは――無様ね」

「何とでも言えよ――認めたくねえが、レジナには勝てねえ。あれはマジのバケモノだ」

「勝てるわ――三日以内なら」

「ああ? どういうことだ?」

「レジナは力を使うと、回復までに三日かかるの。その間なら、あなたでも勝てるわ」

「マジか……でも、八課だってそれは知ってるだろ? 三日間は逃げるんじゃねえか?」

「逃げられないようすればいいのよ。方法はあるわ。いい? これからすぐに――」

「――なるほど。それならいけるかもな。来ても来なくても、ダメージになる」

「でしょう?」

「しかし、良くもまあ、そんなえぐいことを思いつくな。あれは、おまえの――」

「無駄口はいいから、さっさと行ってきなさい。今なら間に合うはずよ」

「へっ――わかったよ。簡単な仕事だ、すぐに済ませてくる。で? いつ呼び出すんだ?」

「あなたが戻ってきたら、すぐにやるわ――早ければ早い方が良いのだから」

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