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(8)最終回

「あーっ、朝か。鳥のさえずりが聞こえる。何時間寝たんだ? それにしても、寝ている間に何か体が誰かに動かされた様な気がしたけどな。あれは夢だったのか?」

 幹夫は寝ている間の事が夢か現実か良く分からなかった。それほど熟睡していたのである。

「起きた?」

 目を覚ましたばかりの早苗が幹夫の方を向いて言った。


「えーっ!」

 またも二人とも一緒に叫んだ。確かに昨夜は普通の布団に入って眠った筈である。しかし今見るとボロボロの掛け布団である。敷布団もボロボロ、枕も毛布もだった。しかも何やら茶色の毛が沢山落ちている。


「ウワーッ! 気味悪い!」

 二人は飛び起きて枕元に置いてあった、自分達の着て来た服に着替えた。

「服はあったわ、ああ、私のバックも、貴方の鞄もある」

「ウワーッ、この部屋全部がボロボロだぞ。何だこりゃ、狸の毛か? 兎に角逃げよう!」

「うん!」

 二人が襖を開けると、昨夜は閉まっていた玄関や帳場のある方の防火扉はすっかり開いていて、逆に露天風呂の方の防火扉は閉じていた。やはり廊下におまるは無かった。小走りに廊下を行くと来た時とは違って、荒れ果てている。


「うひゃーっ、来た時には綺麗だった筈だよな」

「そうねえ、私達、狐か狸に化かされたのかしら?」

「ま、まさか、でもひょっとすると……」

 直ぐに玄関に着いて、脱いだままになっている靴を大急ぎで履くと、一度だけ振り返って、誰も居ない事を確認してから外に出た。

 愛用の軽自動車に飛び乗って、必死の思いで帰宅した。財布の中身も車のガソリンの量も全く確認する余裕は無かったのである。


「ふふふ、上手くいったわね」

 二人が車に乗ってほうほうの体で逃げ出したことを確認して、帳場に現れたのは女将の京香である。

「ああ、しかし結構疲れるな」

 しんどそうに言うのはここの主人青木次郎だった。


「しょうがないわよ、必要経費を一日千円以下に抑えるにはこれ位しかないのよね。お陰で今までやって来れたんですから」

「でもなあ、ガソリンを抜き取ったり、財布の中身を枯葉に摩り替えるというのはちょっと、犯罪だし……」

「大丈夫よ、ここでの話を何て言うの? 掛け布団が襲って来たって言うの? トイレが無かった、おまるで用を足したって言うの? 普通の旅館があばら家に変わったって?」

 京香は自信満々である。


「へへへ、兄さんは気が小さい」

 玄関から現れたのは、幹夫の会社のアルバイトの野村だった。

「三郎、だ、誰かに見られなかったか?」

「大丈夫だって。もう次のアルバイト先は決まったし、またカモを見つけてここに来させるからさ。しかし、部屋のトリックが見破れる奴はいないだろうね」

「絶対大丈夫よ、ここに来るのは一回限りなんだし、幾つも並んでいる部屋を三つだけ使って表札だけ変えてるなんて気が付かないわよ。

 入り口も中も家財道具なんかは違うけど、造りは同じ。何が何だか訳が分からないと思うわ。最後に寝ている所を動かすのがちょっとしんどいけど、まあその位は努力しないとね」

「しかし、今回の掛け布団の動きは凄かったな」

 改まった感じで次郎が言った。


「あら、狸の毛から作った形状記憶繊維を使って、動く布団を作った御本人の操縦が一番上手だったんじゃないの?」

 京香は意外だという風に言った。

「それにしても熱風で上手く動くもんだね。兄貴の頭の良さは大したもんだ。上から吊るすんじゃあ、とっくにばれてるしね」

「部屋のあちこちからノズルで熱風をリモートコントロールして動かすんだけど、何時もはあんなに上手く行かないんだけどな」

 次郎はちょっと首を傾げた。


「夫婦の気が合っているから上手く行ったんじゃないのか。リモコンは二人で隣の部屋から覗き穴で見ながらコントロールするんだろう?」

「そうよ、動きが複雑で大変なのよ。まさか掛け布団が飛ぶとは思わなかったわ」

「ええっ! お前がやったんじゃないのか?」

「あら? 私は貴方がやったって思ったけど?」

「変だな、まあ偶然という奴か。さて、次のカモを向かい入れる準備をしなくちゃな。先ずは玄関の掃除からだ」

 次郎は、吹っ切れた様に言った。三人は真面目な(?)犯罪者だった。


 それから半年ほど後の事である。夕食後に寛いでいた相川幹夫は気になる新聞記事を見つけた。

「ええと、何々、ええっ! 元温泉旅館で三人惨殺?」

「元旅館って?」

「ら、楽珍旅館!」

「どれどれ!」

 早苗も新聞を覗き込んだ。

「ああ、ニュースの時間だ。テレビをつけてみよう」

 暫くしてその関連のニュースが始まった。


「元温泉旅館の楽珍旅館で、通り掛った人が三人の半ば白骨化した遺体を発見致しました。発見したのは地元の男の人です。

 無人の筈のこの元旅館で、しばしば奇妙な物音を聞いていて、思い切って入ってみたところ、布団にぐるぐる巻きにされた遺体を発見しました。

 巻き方が非常に強く、三人とも身動きが取れずに、餓死したものと思われます。尚詳しい死因は今後の遺体解剖によって判明するものと思われます。

 この三人は指名手配中の詐欺グループ、青木次郎とその妻京香、弟の三郎と見られており……」

 新聞には記事だけで写真が無かったが、テレビの画面には三人の顔がデカデカと映し出された。


「ああーっ! あいつ等だ! それにこいつは野村!」

「野村って、あの貴方に楽珍旅館を勧めた男よね。辞めたって聞いたけど、グルだったのね!」

「どうりで! あれはやっぱり狐や狸に化かされたんじゃなかったんだ!」

「そうよ、れっきとした犯罪だったのよ!」

「損害賠償は無理か」

「三人とも死んだんじゃねえ……」

 その後で、遺体を発見した人のインタビューがあった。


「その時の経緯をお聞かせ下さい」

「はい、もう半年位前になるんですがあの楽珍旅館の方から、狸の腹鼓みたいな音が二時間位聞こえて来まして、地元じゃあ大変な話題になっていたんです」

「狸の腹鼓ですか?」

「はい、それも二匹、夫婦狸と言いますか、良い調子で聞こえて来たんですよ」

「しかし、御伽噺おとぎばなしならいざ知らず、狸が腹鼓を打ちますかね?」

「多分、相当の古狸、まあ、化物狸だろうって専らの評判でした」

「それでどうされました?」

「皆怖がって誰も寄り付きはしませんよ。私もそうでした。ところがその次の日からぱったりと聞こえなくなったんです」

「聞こえなくなった?」

「ええ、それまでは、狸の腹鼓こそ無かったけど、何やら物音は色々していたんですが、何にもしなくなりました」

「へえーっ、それは変ですね」

「そうなんですよ、それで気に掛ってはいたんですが、怖くてねえ、そばを通っても中を調べる勇気が無かったです。でも数日前とうとう入ってしまったんです。半年何にも無いんだから、多分大丈夫だろうってね」

「そしたら遺体があった訳ですね」

「はい、三人は小さな掛け布団一枚に巻かれていたんです」

「小さな掛け布団一枚?」

「そうです、奇妙な光景でした。見ようによっては三人はその布団に食われていた様にも見えるんですよ」

「ええっ、まさか!」

「いえいえ、きっとそうです。それで動けなくなって餓死したんじゃないかと……」

「へえーっ、信じられないお話ですね」

「私だって信じられませんよ」

「今日は貴重なお話を有難う御座いました。これでインタビューを終ります」


 相川夫妻は顔を見合わせた。自分達の腹鼓が逆効果になっていたのだ。しかもとんでもない事になっている。

「私達は化物狸に思われているようよ」

「ああ、酷い話だ。これじゃ恥ずかしくてとても名乗り出られないぞ」

「そうだわね、良い勉強になったと思って諦めるしかないわね」

「うん。ただ一応痩せたよな」

「そうそう、すっかりスリムになったわ」

「一週間だけな」

「そうなのよ、あの後、約束どおり一週間で痩せていなければもう一度行く積りになっていたのにね」

「ああ、酷い目にあったけど、確かに痩せたからな」

「八日目からだわ、少しずつ太りだしたのは」

「うん、そうだった。二週間目にはすっかり元に戻ったからな」

「いっその事あの掛け布団に食われれば良かったかもよ」

「そいつは駄目だろう」

「どうして?」

「次の日の朝に狸の毛らしいものが落ちてたよな?」

「ええ、そう言われれば何か毛がごそごそ落ちてたわね」

「俺の推理じゃ、あの掛け布団は狸と因縁があるんじゃないのかな?」

「ええっ、うーん、どうなのかしら?」

「俺達が狸だと思って、たとえ食っても、共食いだと感じて吐き出すんじゃないのか?」

「まあ、酷いわね。でも案外そんな所かもね」


 あれほどの事があったのにも拘らず、僅か二週間ですっかり元の体形に戻った二人の肥満パワーは、人を食らう化物狸かもしれない妖怪掛け布団でも逃げ出す様な迫力があった。

 勿論二人は相変わらずダイエットに精を出しているが、伝説の様になっている化物狸の腹鼓を生み出した、見事な狸腹は未だに健在である。


                           完

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