真・トトロ異伝Ⅰ~翼を授ける
成長した姉妹。姉サツキの旅立ちのシーン。
田舎の緑深いバス停。
雲一つない快晴の空の下、サツキの足元には大学の寮へ持っていくための大きなトランクが置かれていた。
「それじゃあ、行ってくるね、メイ。お父さんをよろしく」
「うん! メイ、もう子どもじゃないもん。しっかりお留守番できるよ!」
寂しさを隠すように胸を張るメイ。
その時、突風と共に、あの懐かしい「ニャーーーオン」という鳴き声が響き渡った。
行き先表示に「だいがく」と掲げたネコバスが、目をらんらんと輝かせて滑り込んでくる。
「えっ、ネコバス……!? どうして……」
驚くサツキだったが、ネコバスは嬉しそうにびょんとドア(わき腹)を開けた。
サツキがトランクを抱えて車内へと乗り込む。
「待って、サツキ姉ちゃん!」
背後からメイの鋭い声が響いた。
振り返ると、メイは地面に置いたサッカーボールの前に立ち、真剣な眼差しでネコバスを見据えている。
「これ、持っていって!!」
メイは激しい助走から、右足を振り抜いた。
ドゴォッ!!!
「ニャフッ!?」
メイの強烈なキックは、見事なまでにネコバスのふかふかの車体を直撃。ボールはボヨヨンと虚しく跳ね返り、メイの足元へ転がっていった。ネコバスが「何するんだニャ」と言いたげに、目を白黒させている。
――と、その時。
バス停のすぐ脇にある大きな楠の幹から、ぬうっとグレーの毛並みが覗いた。
トトロだ。
こんなに気持ちよく晴れ渡っているのに、なぜか手にはあの黒い傘をしっかりと握りしめている。
そして、やっぱり前に出るわけでもなく、傘を開いたまま、体の右半分(半身)だけを木から乗り出すようにして、じっとこちらの様子をうかがっている。なぜ頑なに半身で、なぜ傘を差しているのかは誰にもわからない。
「……あ、ごめん! テイク2(ツーー)!!」
メイはトトロの謎のプレッシャー(半身+快晴の傘)を浴びながら、すぐさまボールをセットし直した。深く呼吸を整えるその佇まいは、まるでどこかの猛虎のよう。
「今度こそ……届けェェッ!!」
ドッ!!!
放たれたボールは美しい弧を描き、開いたネコバスのドアへ吸い込まれるように飛び込んできた。
サツキはそれを胸で綺麗にトラップし、しっかりと腕に抱きかかえる。
「やったぁぁ! ナイスゴール!」
大喜びで飛び跳ねるメイ。
半身のトトロも、心なしか嬉しそうに、差した傘をピコピコと上下に揺らしている。
ネコバスはエンジン(心臓)をふかふかしながら、ゆっくりと走り出した。
「ありがとう、メイ! 大切にするね!」
走り去る車内。窓の外へ大きく手を振りながら、サツキは抱きしめたサッカーボールに目を落とした。
(あの子、いつの間にあんなキックができるようになったのかしら……)
寂しさが一気に吹き飛び、胸が温かくなる。
サツキはボールの表面にマジックで書かれた文字を読んだ。
『 ボールはともだち 』
太いマジックで、力強くそれだけが書かれていた。
……他には誰も何も書いていない。
(いや、普通……そこは『がんばってね』とか、みんなの寄せ書きが欲しいところよね……)
思わず苦笑いしながら、サツキがふと窓の外へ目をやると、去りゆくバスをやっぱり快晴の中で傘を差したまま、半身で見送っているトトロと目が合った。本当に何なんだ、あのポーズは。
サツキはボールをもう一度ぎゅっと抱きしめた。
窓の外では、全力で手を振るメイと、傘を差した半身のトトロの姿がどんどん小さくなっていく。
行き先表示を「だいがく」にしたネコバスは、風を切り、今日も一陣の突風となって青空を駆け抜けていった。
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