怪奇事変 タクシー
深夜帯、普段なら混雑する道も今ではガラリと空いていて、走りやすくなっている。
そんな中、道さながら手を挙げる人物を見かけ車はゆっくりと停車した。
後部座席の扉を開くと若い女性が乗ってきた。
「どちらまで?」
と尋ねる運転手に女性は意外な場所を指定したのだった。
「**霊園までお願いできますか?」
思わず顔を凝視してしまった。
何故ならばこの時間帯に若い女性がそんな場所に訪れる理由など本当はないと思うからだ。
「あの…何か?」
「い、いえ。霊園ですね、畏まりました」
急いで前を向き直す運転手。
戸惑いを隠せないまま車はゆっくりと進む。
いちよ会社のルール的なもので搭乗されたお客様に確認も兼ねて聞かなければならないことがある。
「室内の温度はいかがですか?」
「はい、ちょうどいいぐらいです」
「そうですか、寒かったりしましたらお声かけ下さい」
運転手はバックミラーを見ながら女性の様子を伺うも、女性は至って普通の人である。
その時、運転手はとある“噂”のことを思い出していた。
この業界をやっていると稀に“噂”が流れ込んでくることがある。
それは今に始まったことではなく、特にタクシー業界ではよくある怪談の類になる話であった。
夜遅くに女性が~とか、今まさにそんな状況下でそれを思い出してしまったがために必要に女性を見てしまうのであった。
「ふぅ、疲れた~」
女性は伸びをするぐらい緊張を解いており、少なくとも“噂”の類ではないと運転手は確定づけた。
しばらくすると女性から声をかけてくるようになった。
「運転歴長いんですね」
「ええ、もうこの歳なので」
「え?まだ若く見えますよ??」
「良く言われます、でもこれでも今年で還暦を迎えまして」
「それはおめでたいことですね!あ…これ嫌味になりますか」
「ハハ、大丈夫ですよ。それも良く言われますので」
そんな他愛もない世間話をしながら車は進んで行く。
徐々に街灯が少ない道になっていき、車の光だけが頼りとなっていく。
その間も車の中では話題が途絶えることはなかった。
「それで~」
「ハハ、それは面白い」
女性は話上手な方だった。
こんなに真っ暗な道路の中でも笑顔を絶やすことのないお客様を引き当てたのはとても良かったと思う。
気のせいか真っ暗な道も少し明るくなってきたような気がした。
だがそんな話題付きない話も、望まれる場所に着きそうになれば話は別だ。
「あ、そろそろです」
「はい、どちらで止まりますか?」
「もう少し先に行った辺りで」
「畏まりました」
そうして目的に到着したタクシーはハザードランプを点灯させてお会計に入る。
「それでは料金の方は2400円です」
だが、そこには静寂だけが残されていた。
反応を伺うと先ほどまで乗車していたはずの女性の客は——居なくなっていた。
車のドアを開けて外を確認するも、後部座席の扉は万が一の為に勝手に開かない様な仕様になっている。
慌てて車に引き返すも、辺りは墓石の集合住宅となっており、急に鳥肌がたってきた。
再度後部座席をバックミラーで確認するも、そこには誰もおらず、勢いよく振り返って確認するも…居ない。
失礼だが座っていた席を手で触ると温もりも感じなく、いよいよ運転手の顔は青ざめる。
急いでその場を離れる様にスピードを出して立ち去る。
「あのー」
「ヒィ!?」
急に声をかけられ急ブレーキをかけてしまい、勢いよくハンドルに額をぶつけてしまう。
恐る恐る振り返ると……そこには先ほどの女性が座っていた。
「目的地、もうちょっと手前なんですけど」
「……お、お客様」
「私の家、もう少し手前なんですけど……」
「……」
その日、また不思議な怪談話が1つ増えた。
同僚の話で還暦を迎えた運転手が道で拾った女性が、目的地を霊園に指定した事。
そして、目的地についた途端、先ほどまで会話していた女性が居なくなり、不気味に感じた運転手は急いでその場を離れようとしたにも関わらず、離れた途端女性の声がし、振り返ると先ほどの女性が乗車していたこと。
女性は目的地は手前とだけ言い、更にはそこを自分の家と発言したこと。
そこには——○○家と言う名前が掘られた墓石が置かれていたこと。
だがそんな噂も時が過ぎれば忘れていく。
「はい、どこまで?」
「こんばんは!○○霊園までお願いします!」
「畏まりました、シートベルトのご協力をお願いします」
「はい!」
今夜もまた怪異は起こっているのかもしれない。
心霊タクシーは車種も人も選ぶことはない、今日も目的地まで生者は誘う。
目的は——不明。
第三十五怪 心霊タクシー
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