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必殺技図鑑

【必殺技図鑑】鳴り指立て・月縫い(『特防美少女騎士ミロック』ep42より)

作者: 特防美少女騎士(ナイト)ミロック
掲載日:2026/03/04

 魔法都市ターミナルバークの外れ。朝方の冷たい風が黒潮を巻き上げる、曇り空の唸り湾。

 街の玄関口である港おゝ橋とは同じ海に接した地ではあるが、厳しい潮風と荒れた海流により、唸り湾の砂浜はついぞ港口として発展することはなかった。

 そんな寂れ砂浜を見下ろし、道路上の特防隊員カブラヤナは艶やかな美しい髪を潮風に揺らし、また可憐な美貌を時が進むにつれ暗く暗く沈めていく。


「……っ」


 額には平たいシャッタード・ゴーグルを上げ、甚平型の隊服に胸鎧を合わせ、ミニ丈の袴と靴鎧。見慣れた装いをした小柄な彼は、しかし常に持ち合わせていた相棒の歪な背丈こん棒を今日は不在にして、両手は不安げに腰の横に下げたり胸や腹の前で握ったりするばかりだった。

 異常魔物多量発生イベントに対して中央市から発令された対処シナリオ、再鎮(ふたしず)めの儀。今日はその3日目だ。


 こうしている間にもターミナルの街は全域で魔物が現れ続け、ミロックやマシリーザが頑張っているだろう。あの不動の支部長ドシュナーさえ駆り出されているかもしれない。

 特防の戦闘員カブラヤナとしては居ても立ってもいられないのだが、中央市長の権力がそれを許さなかった。


 カブラヤナは自然と横に目をやる。


 そこには寂しく広い道路へりに不釣り合いなパラソル付きのティーテーブル席、そして座ってマカロンなど摘まむ中背の娘がいた。

 薄色の前下がり髪に小振りな輪郭、美しくもあどけない顔立ち。肩留め型の古代服と肘手甲、頬まで達する高襟のケープに身を包み、編み上げサンダルを履き、頭頂には小振りな閉じ型の王冠。


 やはり見慣れた出で立ちをしたこの娘は、唸り湾の防衛を一身に引き受けた中央市長……シャル・シュルナ・ヤナ・シャンディラだ。


 市長は指についた粉をナプキンで拭きながら、透けた睫毛に縁取られた虚ろな瞳で、カブラヤナへと微笑んだ。

 座らないのですか? そう言っているようだったが、とても気分じゃなかった。


「いえ……」

「……そうですか」


 市長は少し寂しそうに目線を逸らした。


「時にカブラヤナくん。あなたの得意技──神通弓とは、誰かに教わったのでしょうか」

「……家の秘伝です。祖母からは勇者と歩き司祭の神話時代より代々受け継いだ、アトウットの神秘と聞きました。正直……眉唾ですが」

「そうですか……ふん……」


 市長は微笑みを消し、顎に手をやって考え込んだ。それは今の事態にではなく、どう見ても心ここにあらずの回想の様子といったところだ。


「あの……何か?」

「ああ、いえ……」


 市長は少しの迷いを見せ、それからカブラヤナへと見上げるように向き直った。


「その技──神通弓に、誇りは持っていますか? カブラヤナくん」

「……」


 は? と口から出そうになったが、市長の手前それは飲み込んだ。

 しかし沸き上がるムカつきまでは抑えられない。この市長のがらんどうな瞳は昔から苦手だったが、こうも人の心を容易く踏みにじった物言いができるのか。


「……育ててもらった両親から教わった技であり、私は今日までこの技で日々の港区防衛に、微力ながら全霊を尽くしてきました。この技、神通弓は私の誇りと自負しています」

「そう、です……か……」


 なるべく慎重に言葉を選んだ。それきり市長は黙り込み、カブラヤナの怒りもよそに顔を伏せたきりになった。

 この市長は昔から苦手だった。あまり関わりのない権力者であるのもそうだが、カブラヤナの幼い頃から少しも格好を変えずに中央市長であり続ける得体の知れない相手だからだ。公的な記録は20年を遡った辺りで調べる気が失せた。


 怒りで顔を逸らしたカブラヤナに、市長は目を伏せたまま、蚊の鳴くような小さな声で言う。


「……それは……ごめん、なさい……すみません……」

「何か仰いましたか? 中央市長」


 カブラヤナは聞こえなかったフリをした。権力者相手に不躾ながら、この女からは謝罪さえ受け取るのも嫌になったからだ。


 すると、市長はやおらに席を立った。


「特防使令局、カブラヤナ隊員」

「はい」

「これより更なる不動の待機を命じます。魔法の行使も禁止。この場から動く等、また自衛以外の戦闘行動は特に厳しい処罰の対象とします」


 カブラヤナは叫び出したい気分に陥った。この市長は正気なのだろうか。なにせ何十年前から市長なのかも分からないのだ。

 いい加減、歳なのかもしれない。カブラヤナはミロックほど血の気に溢れてないので、この場は従順に振る舞った。


「了解しました。市長」

「よろしい。では、カブラヤナくん。これは知人としてのお願いですが──」


 市長は道路をしずしずと歩き、砂浜へ降りる前に振り向いた。その微笑みさえ、頭に血が上ったカブラヤナにとっては気持ち悪いものだった。


「今から私がすることを、ようく見ておいてください。瞬き厳禁です」


 市長が砂浜へ降りていくと、ようやくカブラヤナは気がついた。白んだ海の水平線。沖の波向こうから、何か来る。

 その魔力の揺らぎを感じ取る前に、射手ゆえ目のいいカブラヤナは見てしまった。


「……はっ? え……?」


 波を蹴立て、跳ねるように互いを押し合い、海向こうから砂浜へと殺到してくる。頭の膨らんだ異形、目玉が膨張した異形、人間を醜悪にデフォルメしたり、動植物をまぜこぜにしたような悪意を伴った造形。

 100や200ではない。1000や1万でも足りない気がする。折り重なり、押し合い、おびただしい数の魔物が水平線から押し寄せてくる。


 黒い線が見渡す限り、湾いっぱいから迫り来る。カブラヤナは今度こそ吐き気を催し、心の臓を高く跳ねさせ、禁止された武器を編んでしまいそうになった。


「……っ、市長!」


 呼びかけたが、返事はない。市長は今や砂浜に降り立ち、脆弱な無形の弓を片手に佇んでいるばかりだ。

 マジでおかしくなったのかもな。長年の市長業に、再鎮(ふたしず)めの重圧。加えて迫り来る魔物たちの気にあてられて、それがトドメになったのかもしれない。


 カブラヤナは命令に背いて魔法で背丈こん棒の原型を歪に伸ばし、いつでも取り出せるように編み上げた。

 魔法の武器とはこのように見えない原型から、形を持たせて初めて威力を発揮する。それをしないで前に出ていく、あの市長はやはり正気を失ったのだろう。


 市長は潮風に淡色髪と裾を吹かれ、薄く上品な唇から、静かな声量ながら嫌にはっきりと聞こえる、流れるような言葉を述べた。


神通(じんつう)紙撫(かみな)ぜ噛みあれかしと鳴り立て月雲(つくも)縫わることなし──」


 海は荒れ立ち、潮風は吹きすさび、魔物たちは盛んに喚いて爆進してくる。

 市長は何の魔法も声には込めず、また唱えたからと何が起こることもない。これは祝詞でも魔法詠唱でもない。ただの一人言だ。いよいよカブラヤナはインカムに防衛線崩壊の報せを入れるべきか迷った。


 市長は胸に軽く握った手を当て、なおも澄んだ声で続ける。


空前(くうぜん)八方御幣(はっぽうごへい)山河野(さんがの)割って塗り溢せれどなべて一間に遺憾と思い散りて常世(とこよ)はむべなるからに紙撫ぜ月縫(つくぬ)い戻ることなし──」


 つ、と市長は無形弓を持つ片手を上げ、もう片手を添えて魔法の弦を多重に張った。

 そして爪弾くように指を当て、


「良く見てくださいね、カブラヤナくん」


 瞬間、カブラヤナは魔物を見失った。いや沖向こうには相変わらず元気な姿が見えているが、魔力的に居場所が分からなくなった。

 まるで、辺り一帯が別の魔力に塗り潰されたような──


「神通弓とは、これなるもの」


 澄んだ、転がるような音がした。


 直後、明らかに音速ではない、おぞましい速度で浄めの音が放たれ、沖へと消えた。

 轟音を伴い一面は反転し、眩い白が立ち上がり、炎熱が潮風を食い破り、水平線から空の果てまでを高く白壁が燃え登る。ほんの瞬刻の間に黒縄地獄は、純白の太陽に塗り替えられた。


「……!」


 道路上のカブラヤナは口を開けて、目を見開いた。今のは人間業か? 鍛えた魔法の極致でさえ、これだけの規模は見たことがない。聞いたこともない。あの勇者と歩き司祭のお伽噺の中でさえも。

 燃え続ける眩い白壁から振り向いて、シャンディラ市長はカブラヤナへと微笑んだ。


「──さ、戻りましょうか。カブラヤナくん。まだ再鎮(ふたしず)めは、これからですからね」


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