表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/5

3話 “再現”

 ゴブリンは、命令された通り床に座り込んでいた。


 その姿は、生きていた頃と何一つ変わらない。

 目は開き、口は半開きで、今にも唸り声を上げそうなのに——そこにあるのは、沈黙だけだった。


 イツキは、床に落ちていたペンを拾い、ゴブリンの腕を突いた。


 抵抗はない。倒れもしない。

 ただ、触れられた部分がわずかに揺れた。


「……すげぇな」


 乾いた笑いが漏れる。

 笑っていい状況じゃないのに、口元だけが勝手に動いた。


「ゴブリン、立て」


 半信半疑で命じる。


 次の瞬間、ゴブリンはぎこちなく立ち上がった。

 関節が噛み合っていないのか、動くたびに骨が擦れるような不快な音が響く。


「……一歩、前」


 右足が前に出る。

 操り人形のような動きだが、それでも確かに“命令を理解している”。


「……もう一歩」


 左足。


「じゃあ」


 イツキは、今度は声を出さずに念じた。



 ——その場で座れ。



 ゴブリンは座り込んだ。


「……なるほど。音声と、脳内指示の両方が通るってわけか」


 思考が、自然と編集者のそれに切り替わる。


 イツキは椅子に腰を落とし、深く息を吐いた。


「材料じゃない……やっぱり、設計だな」


 ゴブリンの核。

 あれは消費されたのではなく、“分解”された。


 魔物の構造そのものが、自分の中に落とし込まれた。

 そう考えれば、辻褄は合う。



 再構築にした際に脳内に流れた声によれば、このゴブリンは26%の再構築率らしい。


 およそ四分の一ほどしか再現できていない。

 この数値でも、見た目だけの再現はできたって感じだろうか。


「……いや、低いな」



 イツキは心の中で唱えた。


 ——ゴブリンの分解。



 その瞬間、ゴブリンの身体は霧のようにほどけ、消えた。


 《睡眠時間を2時間使用——残り36時間》


「……やっぱ、消費するか」


 頭が、じわりと重くなる。

 だが、確信した。


 再構築は“復元”であり、“理解”だ。

 分解することで、構造がより鮮明に刻まれる。


「もう1回だ」


 同じ姿。

 同じ構造。


 念じた瞬間、空気が歪み、魔力の靄が立ち上る。


 二体目のゴブリンが、形を成した。

 核がなくとも、予想通り再構築は成功した。


 《再現率38%——ゴブリンの再構築に成功しました》


 輪郭は安定し、皮膚の色も均一だ。


「……上がったな」


 だが、直後に強烈な眠気が叩きつけられる。


 《睡眠時間を3時間使用——残り33時間》


「はぁはぁ、再現率が上がれば代償も増えるのか」


 額を押さえながらも、視線はゴブリンから離さない。


「……38%」


 そこまで来て、知識が追いついた。


「——ゴブリンの固有スキル」


 低位魔物ながら、ゴブリンの生存率が異様に高い理由。


「《俊敏》……だよな」


 試しに命じる。


「俊敏を使え」


 ゴブリンは動かない。


「……未完成、か」


 今の再現率では足りないらしい。

 構造は再現できても、機能までは届かない。


「同時に増やすのは……」


 もう1匹のゴブリンを再構築を試みた瞬間、頭の奥がじくりと痛む。

 魔力は反応しなかった。


「今のところは1匹が限界ってことか」


 イツキが頭を悩ませた時、ゴブリンは指示なく動き始めた。


「びっくりした……」


 ゴブリンは廊下の奥へと顔を向けたまま、微動だにしなくなった。


 だが、それだけで十分すぎるほどだった。

 “何かがいる”と悟るには。


 床を擦る音。

 湿った呼吸音。


 闇の中で、二つの赤い光が瞬いた。


「……ブラッドウルフ、か」


 中位の魔物。

 そしてゴブリンを獲物として捕食する天敵のような存在。

 嗅覚、俊敏性、そして血に反応する特性。


 知識が、次々と恐怖へ変換されていく。


「頼む、寝てないんだ。こっちには来るなよ……」


 願いは、当然のように裏切られた。


 闇が動いた。

 次の瞬間には、イツキの本能が叫んでいた。


「……行け!!」


 命令と同時に、ゴブリンがブラッドウルフのいる廊下へ飛び出す。

 イツキ自身も、反射的に反対方向にある出口へと駆けて、そのまま廊下へと飛び出した。


 背後で、低い咆哮。

 肉が裂ける音。


 《睡眠時間を1時間使用——残り32時間》


「……っ、くそ……!」


 倦怠感が、足に絡みつく。

 だが、立ち止まれば終わりだ。


 編集部を抜け、非常灯だけが点る廊下へ。

 昼間なら見慣れたはずの通路が、別物のように歪んで見える。


「この廊下、こんなに長かったっか……!」


 肺が焼ける。

 息が、喉に引っかかる。


 背後から、爪が床を削る音が近づいてくる。


「くそ、まだ追ってきてる……!」


 イツキは走りながら、必死に念じた。


 骨格。

 筋肉。

 関節。


「こいっ!」


 《再現率52%——ゴブリンの再構築に成功しました》

 《睡眠時間を4時間使用——残り28時間》


 3匹目のゴブリンが、廊下の中央に現れた。

 倦怠感を振り払い、イツキは足を止めることなく、ゴブリンへ指示を出す。


「いけ!」


 それと同時。

 再び脳内に声が響いた。


 《一定数値を超えたため、ゴブリンの固有スキル——“俊敏”の使用が可能になりました》


「まじかよ! それなら——」


 ——俊敏を使用して、できるだけブラッドウルフの足止めをしろ。



 3匹目のゴブリンは固有スキルのしようが可能になった。

 スキルの使用を指示したものの、あまり期待はしていなかった。


 再現率100%のゴブリンを主食としている捕食者が相手だ。即席のゴブリンじゃ、時間を稼げてもほんの数十秒が限界だろう。


 走り続け、ゴブリンが見えなくなった時。

 破壊を知らせる倦怠感と脳内に響く声が、イツキを襲った。


 《睡眠時間を3時間使用——残り25時間》


 頭が、重く揺れた。

 着実に残りの残り時間は減っている。


 イツキの身体もそろそろ限界を迎えていた。

 視界の先に、エレベーターホールが見えた。


「……頼む、動いてくれ……!」


 上下のマークが描かれたボタンを叩く。

 反応はない。


 表示灯は消え、パネルは沈黙したままだった。


「……停電……? いや、ダンジョン化の影響か……?」


 背中を、冷たいものが撫でる。

 振り返る。


 暗闇の向こうで、赤い光が確実に近づいていた。


「……行き止まり、かよ……」


 逃げ場はない。

 階段も、非常口も、すでに通り過ぎている。



 イツキは壁に手をつき、そのまま膝をついた。

 頭が、割れるように痛い。

 身体が、言うことをきかない。


「でも、やるしか……」


 ブラッドウルフが闇からその姿から表した。


 まだ残り時間は残されている。

 歯を食いしばり、短剣を手に取ってイツキは立ち上がる。


「今は、戦うしかないよな……」


 覚悟を決めたイツキはブラッドウルフと睨み合う。

 ダンジョンに安息などないことを実感しながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ