漏れ出た言葉
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
「なにをいっているんだ、こいつ?」
生活を送っていて、このようにいいたくなること、みんなにはないか?
相手が場にそぐわない、突拍子もないことをいい出して、その意図をただしたくなる瞬間だ。
多くは寝言とたとえられる。寝ている最中なら変なことをいうのもおかしくないから、寝てからいえとね。実際、夢が記憶や思考の整理をしている時間であるなら、へんてこなことが思い浮かんでもおかしくない。口を突いて出ることだって、だ。
それを起きながらにして耳にすると、あっけにとられたり、ちょっと腹が立ったり……平常であるべき自分の心や空気が侵略されるかのようで、良い心地はしないだろう。
とはいえ、そいつを100%うっとおしがって無視するのは、気持ちは理解できても、実行にはうつさないほうがいいかもしれない。ひょっとしたら万が一、億が一くらいにはガチものが潜んでいるかもしれないからね……。
僕の昔の話なのだけど、聞いてみないか?
あれは中学2年生くらいのときだったか。
当時の数学の先生の授業は、いっちゃあ悪いけど猛烈につまらなかった。
なんというか、吟遊詩人系? 教科書にあることをべらべら喋るし、そこへ自分語りなオリジナルの話が入るのだけど、自慢話が大半で全然興味が湧かない。
いや、分かるよ? 語りたい気持ちそのものは。けれど、自分が気持ちいいだけで相手があんま興味なさそうなら、切り替えていただけるとありがたいってこと。
おかげで先生の授業は居眠りしたり、ぼーっとしたり、内職したりする人がちらほらといた。僕はそういう子たちを見て「やってるなあ……」と微笑ましく観察するタイプ。
朝起きたら学校行って、部活やって、人によっちゃあ塾とかの習い事へいって、いったいいつ休んでいるんだっていいたくなる生活もあるだろう。
若さゆえにどうにかなっているんであって、こいつが大人になってからはしんどいだろうなあ……とか、子供ながらにもう考えていた。で、本当に大人になったらしんどかったというわけ。
そうして、その日の授業も三分の二が経過。
お昼を食べて、一発目の午後の授業ということもあり、先生の語りによる催眠効果はほぼ最大限に到達。起きていたのはおそらく、僕を含めて片手の指で数えるほどだったろう。
そう判断できるほど、机に突っ伏している生徒は多かった。先生はそれらに構うことなく、今度は教科書に書かれていることを読み上げていく。
教科書を忘れた子へ、徹底的に配慮しているといわんばかりの忠実ぶり。さすがの僕も、聞く価値がどれほどあるのかと、大あくびを噛み殺しかけたところで。
「……ほんとうに?」
それは朗々と語る先生の声を、圧倒的にさえぎるほどの声だった。
ぴたりと、先生も話すのを止める。寝ていたと思しきみんなも、ぱっと跳ね起きる。
あくびをしながらも周囲をうかがっていた僕だけれども、誰が発したかは分からない。でも声質として候補にあがる子たちはしぼられる。
――もし、今の声を漏らしていたなら、それらしい気配があるはずだ。
こうも空気を一変させる発言。自らがしたのなら、地雷を踏んだと思い、気まずさがにじむはずだ。それをごまかしきれるほどの演技力は、クラスメートにいないと思ったけれど……。
いた。おそらくは彼だ。
先生の直近、最前列という案外、先生側からは死角になるポジション。
そこで顔を伏せ続けている子がいるんだ。突っ伏すんじゃなく、うつむき続けているかっこうだね。
意外だったのが、確かに聞いた声質の候補に入っていたものの、授業を睡眠時間にあてているメンツじゃなかったことだ。
結局、先生はひとしきり注意をしたのみで授業を続行。残りもすべて終わらせてチャイムが鳴る。
休み時間、僕はその子に声をかけて尋ねてみる。
案の定、先ほどの声は彼だったらしい。授業中は、ちょうどいいタイミングで先生の話へガチに疑惑の念をぶつける形でかぶったから、ああも空気が凍ってしまったのだけど。
けれども、先生の言葉に対しての答えじゃなかったらしい。授業を聞いている最中、先生の声とは別に耳へ飛び込んできたほかの声。それに驚いて、つい口走ってしまったという。
いったい、何を聞いたのか。それはこの場では教えてくれなかった。ちょっと失礼だし、縁起でもないことだから、と。
もし実現したら話す、とも。
そして翌日。
数学の先生が急きょ変わることになった。その次も、その次も、僕たちが学校を卒業するまで、あの先生は帰ってこなかったんだ。
卒業生となってから、あの子がそっと話してくれたよ。あのときの自分は、頭の中で「こんな授業、なくなっちゃえばいいのに」としきりに思っていたそうだ。
これまでそう思うことは多々あったけれど、あの日はいよいよ堪忍袋の緒が切れそうになっていて。授業はじまりから、ずっと同じことで頭がいっぱいだった。
それがあのタイミングで、声が届いたんだ。
「今日限り、だよ」と。
妙な声だった。先生の声もはっきりととらえながら、それをいささかも邪魔することなく頭の中へ響くものだったとか。
自分の想像が生み出したものだったのかと、不意打ち気味なタイミングとイメージとの合致ぶりに、つい声を漏らしちゃったらしい。そして、その通りになったのだとか。
来なくなった先生のその後は、誰も知らない。




