file.001『コカトリス食害事件』
発生日時:聖王歴22年9月7日未明
発生場所:シエ村近郊
被害状況:死者1名、負傷者1名
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コカトリスによる食害の記録はとても少ない。
その理由はいたって単純なものである。
もしもコカトリスと不意に遭遇した場合、生還できる可能性は極めて低いからだ。
だが幸運にも、かの凶鳥の襲撃から奇跡的に生還した者がいた。
もっとも、彼にとっては不幸以外のなにものでもなかったのだが。
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9月7日早朝、腕に大きな傷を負った半裸の男が、詰め所の扉を激しく叩いた。
男の名はホリス・コーンズ(22)、シエ村の木工所で働く下男である。
衛兵の一人がどうしたのかと尋ねると、ホリスは真っ青な顔で叫ぶように言った。
「助けてくれ! 森で化け物に襲われたんだ!」
衛兵長は錯乱するホリスをなんとか落ち着かせると、詳しく話を聞くことにした。
まず彼を襲った怪物は体長4mほどの雄鶏であったという。
またそのほかの特徴として、長い尾が蛇のようにうねっていたとのことだった。
多少は誇張されているように思われたが、特徴から察するにコカトリスの成鳥で間違いなかった。
詰め所には数名の衛兵が待機していたが、相手がコカトリスであるならば兵力が足りない。
そう判断した衛兵長は、すぐさま近隣の町に遣いを走らせた。
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次に衛兵長は、なぜまだ夜も明けきらないこんな時間に一人で森へ入ったのかとホリスに訪ねた。
しかしこれがどうにも要領をえない。
薬草を摘みに行ったのだとか、夜風にあたるため散歩をしていたのだとか。
ホリスの話は二転三転していた。
ホリスの傷から見て、コカトリスに襲われたこと自体に嘘はない。
しかしこの男は、なにかを隠している。
そう確信した衛兵長は、部下にホリスを見張っておくよう命じた。
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その日の昼過ぎには、衛兵および有志あわせて50名からなるコカトリス討伐隊が結成され、シエ村近郊の森へと出立した。
討伐隊はホリスから得た証言をもとに、彼が襲撃された現場を特定する。
森の中の少しひらけた空間には焚火のあとがあり、近くの木にはホリスのものの他、女性ものの衣類がかけられていた。
討伐隊はそこから円を描くように捜索範囲を広げていく。
すると間もなく、襲撃現場からわずか200mほどしか離れていない地点で、食事中のコカトリスを発見した。
コカトリスに対し、衛兵たちが一斉に毒矢を射かける。
放たれた矢の一本が喉の動脈を貫き、コカトリスは大きな抵抗を見せることもなく大地に倒れ伏した。
コカトリスは体長4mほどの雄の成鳥であり、ホリスの証言とも一致していた。
ホリスたちを襲ったのは、この個体で間違いない。
件のコカトリスを討伐せしめたことで、騒ぎは解決したかに思われた。
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しかし、本当の問題はここからであった。
なぜホリスは幸運にもコカトリスの襲撃を免れることができたのか。
ホリスの衣類とともに発見された女性ものの衣服の持ち主はどこへいったのか。
その答えはコカトリスが捕食していた“餌”にあった。
衛兵が確認したところ、それは『人間の女の姿をした石像』であることが判明したのだ。
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コカトリスは狩りを行う際、弱らせた獲物に対してガスを吐きかける。
このガスを浴びた生物は体表が徐々に変質し、最終的には全身が石像のように硬化してしまう。
この習性は捕食対象を攻撃するためのものではなく、“保存”するための行動である。
ひとたび硬化した獲物を、コカトリス以外の生物が摂食することは極めて困難だ。
すなわち、キラーアントやワーウルフといった同じ森に生息する捕食者に横取りされる心配のない“保存食”となる。
コカトリスはそうして狩った獲物を独占したのち、悠々自適に食事を行う。
硬いくちばしで獲物を砕き、そのまま飲み込んで強靭な胃で消化するのだ。
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この習性を知る衛兵たちはすぐに気づいた。
すなわち発見された女の石像は、コカトリスの襲撃を受けた犠牲者の、変わり果てた姿だったのである。
残念なことに、彼女は助からなかった。
石像はほぼ生前の姿を残していたものの、頭部が大きく欠損していたのだ。
ホリスを問い詰めたところ被害者の身元はすぐに割れた。
カーラ・ストルム(28)、ホリスが勤める木工所の主人の妻であった。
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さらにホリスを尋問した結果、事件の全容が明らかになった。
木工所で働くホリスは、雇用主の妻・カーラと恋に落ち、肉体関係をもつに至った。
しかし当然のことながら表立って逢瀬を重ねるわけにもいかず、ふたりはシエ村近郊の森で人目を忍んで会っていたのだ。
だが不運なことに、彼らの密会現場はコカトリスの餌場であった。
そしてあろうことかコトの真っ最中に襲撃を受けたホリスは、カーラを置いてか、あるいは囮にして着の身着のまま逃げ出したのだ。
いっぽう置き去りにされたカーラは、コカトリスから逃げおおせることができなかったというわけだ。
これが事件の全容である。
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コカトリスによる食害事件そのものは不運な事故として扱われた。
しかし事件後、ホリスは裁判において、既婚者との姦淫の罪を問われることになる。
ホリスはカーラのほうから誘惑してきたのだと強く主張した。
しかし訴えは認められず、愚かな男は鞭打ち20回の刑を受けたのち投獄された。
なお討伐されたコカトリスは解体したのち競売にかけられ、売上金はカーラの夫に弔慰金として支払われることになった。
カーラの墓には、今でも首の無い石像が埋まっている。




