第65話 ― 閉ざされた進軍
第65話 ― 閉ざされた進軍
大軍は、完全に入り込んだ。
闇の空間は、もはや膨張も収縮もしなかった。
まるで巨大な呼吸が止まったかのように——
すべてが固定された状態だった。
その時だった。
「……なんだ?」
後列にいた一体が、背後を振り返った。
「後ろが……動かない。」
空間の果て。
戻るべき境界は、すでに消えていた。
「塞がれている……。」
「帰還できない。」
ざわめきが広がる。
黒き軍勢の間を、不安が感染するように伝播していった。
だが、すぐに——
冷たい声が響いた。
「動揺するな。」
指揮官と思しき存在たちが前に出た。
その形は定かではなかったが、
放つ気配だけは、明確に“意志”を宿していた。
「この空間は、我らが展開したものだ。」
「遮断されたのなら——前進すればいい。」
彼らは手を掲げた。
「進軍せよ。」
闇が再び動いた。
よろめいていた軍勢が、ひとつの命令で再び方向を定める。
その様子を見つめながら——
少年は静かに息を吐いた。
「……やはり。」
彼の足元には、
先ほど正体不明の強者が落とした槍が横たわっていた。
少年は腰を屈め、それを拾い上げる。
冷たい。
金属でありながら、金属ではない。
生きているかのように、微かに震えていた。
「高位から授かったと言っていましたね。」
少年は槍を見つめ、呟いた。
「面白い代物だ。」
彼はゆっくりと、槍を持ち上げた。
その瞬間——
結界の向こうで、
リセイラはその光景を見ていた。
少年の背中。
闇に向き合う小さな体躯。
その前に広がる、圧倒的な数の敵。
それでも——
彼は、揺るがなかった。
まるで、
この場面が初めてではないかのように。
リセイラの息が詰まった。
「……。」
身体から力が抜けていく。
意識が、遠のいた。
空間が反転し、
彼女はラインの外——地上へと弾き出された。
燃える空気。
崩壊した都市の匂い。
彼女は地面に手をついたまま、
しばらく動けなかった。
脳裏には——
なおも、あの少年の姿が焼き付いていた。
「……私も。」
リセイラは歯を食いしばった。
「まだまだ……先は長いわね……。」
目元が熱くなった。
「だから——」
彼女は顔を上げ、闇の方を睨みつけた。
「死んだら……許さないから。」
短く息を吸い込み、
彼女は身体を起こした。
そして——
すでに定められていた計画どおり、走り出した。
一方その頃、少年の眼差しが、静かに光った。
「計画——
開始。」




