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第64話 ― 越えなかった線

第64話 ― 越えなかった線



ラインは、すでに目の前にあった。


空間の質が変わる地点。

あと一歩、足を踏み出せば——

この闇の戦場と外界を分かつ境界。


少年は息を整え、

初めて声を張り上げた。


「今です!」


リセイラは反射的に動いた。

彼の言葉が終わるより早く、

彼女はラインを越えていた。


その瞬間——


空気が変わった。


圧迫が断ち切られ、

闇の重力が解けた。


同時に、

少年の手が装置へと降ろされた。


その時だった。


「……え?」


リセイラは目を見開いた。


少年の体温が——

背中から感じられない。


「ちょっと……。」


彼女は振り返った。


少年は——

ラインの向こうにいなかった。


彼はまだ——

闇の内側に立っていた。


「なに……?」


心臓が、沈むのを感じた。


「ねえ、今なにしてるのよ?!」


彼女は即座に引き返した。

ラインの内側へと

再び足を踏み入れようとした瞬間——


——ガン。


見えない壁に、

身体が弾き飛ばされた。


「……っ!」


結界だった。

完全に閉じられた、一方通行の境界。


「これ……開けなさい!」


リセイラは剣を振り上げ、

結界へ向けてそのまま叩きつけた。


火花が散った。

だが——


揺らぎ一つ、起きなかった。


「なんで……どうして開かないの!」


声が震えた。

怒りよりも先に、

理解できないという感情が噴き出していた。


その向こうで、

少年は微笑んだ。


ほんのわずかに。

まるで「ごめんなさい」の代わりのように。


「敵です。」

彼は落ち着いた声で言った。

「少し——思っていたより強くて、

繊細でした。」


リセイラは激しく首を振った。


「なに言ってるのよ、これ!」

「今すぐ戻ってきなさい!」


少年は首を横に振った。


「確実性のためには——

まだ、やることが残っています。」


彼の視線は、

闇の中で次第に輪郭を得ていく本隊へと向いていた。


「あなたは、役割を果たしてくれました。」


その言葉に——

リセイラは息が詰まった。


「……やめて。」

「そんな言い方しないで。」


目元が、濡れた。


「これ、開けなさい!」

「今すぐ——!」


再び剣を振り下ろした。

今度は全力で。


だが——


結界は、微動だにしなかった。


その光景を見て、

少年の目が、ほんの一瞬揺れた。


「……あ。」


彼は小さく呟いた。


「その程度では——壊れませんか。」


冗談めいたその言葉に、

リセイラは、かえって崩れ落ちそうになった。


「今——

冗談言ってる場合じゃないでしょ……!」


少年は頭を下げた。


そして、言った。


「ここから出ていく敵の残党がいるはずです。」

「ですが、十分に弱体化しているでしょう。」


彼はラインの向こう——

リセイラを、まっすぐに見据えた。


「すでに伯爵たちには状況を伝えています。

彼らと合流し、派遣された部隊と共に——

被害を最小限に抑え、

時が来たら、迎え撃ってください。」


リセイラは唇を噛んだ。


「……あんた。」


「どうして、こんな選択を——

そんな平然とできるのよ……。」


少年は、しばし沈黙した。


そして、とても低い声で言った。


「平然としてなど、いません。」


彼の足元で、

闇がうねり始めた。


本隊は——

完全に、入り込んできていた。


少年は最後に思い出す。

リセイラは、格式ばったやり方が好きではないと言っていた。


彼は衣服の裾を整え、

格好よく微笑み、

しかし親しみを込めて言った。


「リセイラ、ありがとう……。」

「アラヤを、頼みます……。」


その言葉と共に——

彼は、闇の奥へと

さらに一歩、踏み込んだ。


リセイラは、その場に崩れ落ちた。


「……ばか。」


結界の向こうで、

少年の姿が——

圧倒的な闇に、飲み込まれていった。

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