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第62話

第62話



「さあ——始めてみようか。」


その言葉が終わった瞬間だった。


空気が、先に裂けた。


リセイラは本能的に身を躍らせた。

避けようと意識するよりも早く、身体が反応した。


――シュッ。


何かが彼女の喉元をかすめて通り過ぎた。

風ではない。

それは“死”だった。


「……っ!」


遅れて、冷や汗が背筋を伝い落ちる。


――今のを、避けられなかったら。

首が、飛んでいた。


リセイラは着地と同時に体を捻り、距離を取った。

心臓が激しく脈打つ。


「とんでもなく速いな。」

彼女は歯を食いしばって言った。

「今の速度……反応が少しでも遅れてたら終わりだった。」


男は笑った。


「ほう。」


軽く、余裕のある笑み。


「それを避けるとは……本当に、面白い。」


次の瞬間――


男の脇腹から、血が弾けた。


「……?」


男は自分でも首を傾げ、傷口に視線を落とす。

薄いが、確かに刻まれた傷。


「避ける瞬間にも——」

男はゆっくりと言った。

「この速度で、斬り返したというわけか。」


リセイラも、同時に呟いた。


「面白いじゃない。」


二人は、それ以上言葉を交わさなかった。


その瞬間から——

本格的な血戦が始まった。


剣と槍がぶつかるたび、

空間そのものが悲鳴を上げた。


リセイラの剣撃は速く、直線的だった。

一閃、二突。

その合間に差し込まれる蹴り、体当たり。


男はそれをすべて受け止めた。

防ぎ、流し、弾き、捻じ曲げる。


――ドン!

――ガキン!


床が割れ、

闇の空間そのものが揺れ動いた。


リセイラの呼吸は、次第に荒くなっていく。


強い。

いや——おかしい。


男は、まだ全力を出していなかった。


攻撃は致命的だが、

どこかに余裕が残っている。


まるで——

試しているかのように。


「くっ——!」


リセイラの身体が、壁を砕きながら弾き飛ばされた。

口元から血が零れ落ちる。


それでも、彼女は笑った。


「楽しいじゃない……!」

血を吐きながら叫ぶ。

「このくらいで——やっと本気の戦いよ!」


彼女は再び、突進した。


剣が槍を押し返し、

身体と身体が激突する。


至近距離の乱闘。


拳、肘、膝。

血と血が混じり合う。


リセイラの全身は、次第に満身創痍となっていった。

視界は霞み、

肺が焼けるように痛む。


だが——


彼女の剣は、

ついに決定打の軌道へと入った。


「終わりだ——!」


――ガァン!


剣撃が、男の中心を貫いた。


男は後方へ押し退けられた。

床に深い足跡が刻まれる。


リセイラは荒く息をつきながら立っていた。

血まみれだったが——

確かに、勝ったと思った。


しかし——


男は、笑った。


低く、

不快な笑みだった。


「……やはり。」

男は呟く。

「ここまで、か。」


彼は一歩、後ろへ退いた。


そして——


身体が、歪み始めた。


骨が軋み、

形が崩れていく。


空気が、腐臭を帯びた。


「な——!」


リセイラは歯を食いしばり、再び踏み込もうとした。


その瞬間——


「止めてください。」


少年の声だった。


低く、断固とした——

これまで一度も揺らいだことのない声音。


「本隊です。」

少年が言う。

「もう——入り始めています。」


リセイラは歯を強く噛み締めた。


一瞬の逡巡の末——

彼女は、頷いた。


「……分かった。」


彼女はゆっくりと、しかし確実に後退した。


数歩——

身体が、ふらつく。


その時——


感じた。


これまでとは、次元の異なる気配。


空間の奥深くで、

巨大な何かが息を吸い込むかのような圧迫感。


リセイラの背筋が、ぞくりと冷えた。


「これは……」

彼女は息を呑む。


少年が低く言った。


「本隊です。」

「ついに——入ってきます。」


闇が、唸った。


そして——


無数の存在の影が、

ゆっくりと空間の向こうから姿を現し始めた。


戦場は、

ついに“本当の戦争”の顔を露わにしていた。

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