第61話 ― 始めてみようか
第61話 ― 始めてみようか
少年は確信していた。
――想定以上だ。
数の問題ではない。
正体不明の、理解しきれない“強さ”が混じっている。
「リセイラ様。」
少年が低く言った。
「もし耐えられそうになければ、すぐに教えてください。」
だが、その言葉は途中で途切れた。
リセイラはすでに、
一片の迷いもない英雄の表情をしていた。
視線は正面を射抜き、
口元には余裕の笑みが浮かんでいる。
「今じゃない。」
彼女は短く答えた。
その時――
正体不明の強者が、ゆっくりと前へ出てきた。
「下がれ。」
淡々とした声だった。
「ここは、俺が引き受ける。」
その言葉が終わるや否や、
周囲の配下たちは一斉に散開した。
命令というより、それが当然であるかのように。
その男は、ゆっくりとリセイラへ近づいた。
そして――
軽い一撃。
速度は単純、動作も簡潔。
だが、その内に込められた圧は、決して軽くなかった。
――ドンッ!
リセイラは一切揺らぐことなく、剣で受け止めた。
衝突と同時に、空気が破裂したかのような轟音が走る。
「ほう。」
男が興味深そうに呟いた。
「なかなか、やるな。」
少年は歯を食いしばった。
「もう少しだけ、耐えてください。」
彼は素早く言った。
「本当に――あと少しでいいんです。」
男は片手を持ち上げた。
空間が歪み、
一振りの“槍”が彼の手に形成された。
金属でもなく、魔力でもない――
一目で、ただならぬ代物だと分かる武器。
「気に入った。」
男が言った。
「こちらへ来る気はないか?」
リセイラは即答した。
「ない。」
男の口元に、笑みが浮かぶ。
「ならば――餞別だ。」
「上位の方から賜った武器で、礼儀正しく殺してやろう。」
槍を構える前に、
男は一瞬、首を傾げた。
そして、問いかける。
「おそらく……
お前が、我々の計画に狂いを生じさせた原因だな。」
「この地域だけでなく、
中央王国……いや、帝国全体にまで影響を与えている。」
「実に――
賢いガキだ。」
その言葉を聞いて、
少年は思わず、こくりと頷いた。
「はい。」
瞬間――
「ちょっと待って!」
リセイラの顔が一気に赤くなった。
「なんで頷くのよ?!」
彼女は少年を振り返って叫ぶ。
「そこで、なんで認めるのよ?!」
少年は少し考え、
何でもないことのように答えた。
「事実ですから。」
「このガキ、本当に――!」
男はその光景を見て、
小さく笑みを漏らした。
そして、再び問いかける。
「ところでだ。」
「お前の背中にいる、そのガキは……何者だ?」
リセイラは答えなかった。
だが――
彼女自身も、同じことを考えていた。
――この子は……一体、何なんだ?
彼女の視線が、自然と少年へ向かう。
やがて、
リセイラは笑って言った。
「敵にするには――
惜しすぎるわね。」
男も、同じように笑った。
「同感だ。」
彼は槍を真っ直ぐに立てた。
空気が沈む。
戦場が、息を止めた。
そして――
「さあ。」
男が言った。
「始めてみようか。」
次の瞬間、
すべてが爆発する直前の静寂に包まれた。




