第60話 ― 耐え抜くべき時間
第60話 ― 耐え抜くべき時間
少年は呼吸を整えながら言った。
「もう少しで大丈夫です。」
その声は低かったが、確かな確信が込められていた。
「本当に……
あと少し、耐えればいいだけです。」
彼は一瞬、自分自身を見下ろすように視線を落とした。
疲労に汚れた服、震える手、荒い呼吸。
今の状態では前線に立てないことを、誰よりも理解していた。
「僕も戦いたいんですが……」
少年は短く笑った。
「ご覧の通り、こんな体調でして。」
リセイラは彼をちらりと見た。
その視線には警戒よりも、
次第に膨らんでいく好奇心が宿っていた。
――この子は……
一体、どこまで見えているんだ?
その瞬間――
闇の向こうで、
再び無数の気配が一斉に立ち上がった。
敵が押し寄せてくる。
「来る。」
リセイラは短く言い、剣を握り締めた。
次の瞬間、
彼女は一切の躊躇もなく前へ飛び出した。
剣光が闇を切り裂く。
敵は散り、砕け、倒れていった。
一度。
二度。
三度――
幾度もの激突が続き、
時間は重く流れていく。
どれほど経っただろうか。
少年の計算の中で、
一つの結論が導き出された。
――最後だ。
「これで終わりです。」
少年が言った。
「この波を越えれば――
本隊が到着します。」
リセイラは大きく息を吸い込んだ。
全身は傷だらけだった。
血が流れ、筋肉が悲鳴を上げている。
それでも――
彼女は剣を下ろさなかった。
「覚悟は十分だ。」
だが、その時だった。
空気が――
変わった。
これまでとはまったく異なる、
次元の違う圧迫感が
空間全体を押し潰すように広がった。
リセイラの表情が硬くなる。
「……何だ。」
肌がひりつき、
剣が微かに鳴った。
「この強さ……
今までとは、別物だ。」
少年の瞳が、一瞬揺れた。
少年自身も、わずかに動揺している。
「リセイラ様。」
彼は即座に言った。
「もし耐えられそうになければ、すぐに教えてください。」
「別の策を立てます。」
リセイラは笑った。
疲労に濡れた顔だったが、
その笑みには余裕があった。
「変える必要はない。」
「この程度なら――
問題ないよ。」
そう言って再び、
彼女は敵陣の中へと飛び込んだ。
激突が続く。
その瞬間――
空間を引き裂くような、
常識外れの攻撃が
立て続けに降り注いだ。
敵の形が一瞬で吹き飛び、
衝撃波が戦場を薙ぎ払った。
そして、ふと――
リセイラと少年、
二人は同時に動きを止めた。
――次の瞬間。
闇の奥から、
聞き慣れぬ声が響き渡った。
「何だ……お前たちは。」
余裕を帯びつつも、重く響く声音。
「こんなガキ相手に、
ずいぶん大掛かりな舞台を用意してるじゃないか。」
一つの気配が、
ゆっくりと姿を現す。
「本隊が来る前なのが妙で、
様子を見に来たんだが……。」
リセイラは即座に剣を構えた。
本能が警告を発している。
――危険だ。
その者は微笑んだ。
「意外と、やるじゃないか。」
そして少年を一瞥し、付け加える。
「……ガキにしては、な。」
少年の心臓が、
静かに脈打った。
――予想以上に、強い。
敵は、
想定していた以上に
入念な準備を整えていた。
そしてこの戦場は、
今この瞬間――
新たな局面へと踏み込もうとしていた。




