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第59話 ― 壁の向こうへ

第59話 ― 壁の向こうへ



戦場は、なおも揺れ続けていた。


剣が通り過ぎた跡ごとに

闇は裂け、敵は崩れ落ちる。

リセイラは一切の乱れもなく、

ただ前へ、前へと進み続けていた。


少年はその背中を見つめながら、

静かに思った。


――どこまで成長できる人なのだろう。


今この瞬間でさえ、

彼女はすでに「完成された強者」に見えた。

だが少年の目には、はっきりと見えていた。


微かに乱れる呼吸。

剣を握る指先に蓄積していく疲労。

そして――

本人ですら気づいていない、“壁”の影。


少年は静かに口を開いた。


「リセイラ様。」


彼女は敵を斬り伏せながら答えた。


「ん?」


「もしかして……

最近、壁を感じていませんか?」


リセイラの剣が、

ほんの一瞬だけ止まった。


少年は言葉を続ける。

意図的に、柔らかく――しかし鋭く。


「強くはなっているのに、

それ以上、前に進めていない感覚。」


「身体はついてくるのに、

その先が、どうしても見えない感覚。」


少年は首を傾げた。


「それが――

あなたの成長の限界だとしたら?」


リセイラの口元が、

ゆっくりと吊り上がった。


「……ふん。」


彼女は剣に付いた闇を振り払い、笑った。


「私を、馬鹿にしてる?」


少年は、何も答えなかった。


リセイラは笑い続けた。

だがその笑みには――

明確な“興味”が宿っていた。


「私にそんなこと言えた奴が、

初めてだと思う?」


彼女は闇の奥を見据えて言う。


「私にそう言えた連中?

指で数えられるくらいしかいないよ。」


しばしの沈黙。


そして――


「面白い。」


彼女の眼差しが、

完全に変わった。


「見せてあげる。」


リセイラは深く息を吸い込んだ。


今度は、ただの剣撃ではない。

剣を中心に――

彼女自身の“存在”が凝縮され始めた。


空気が重くなる。

闇が圧縮されるように縮こまった。


少年は直感した。


さっきより――

遥かに危険な一撃だ。


リセイラの足が、

一歩、前に出た。


そして――


黒と光の狭間を裂き、

連続する爆発が起きた。

凄まじい威力だった。


敵は、

抵抗する間すら与えられなかった。


悲鳴も、形も残せぬまま、

完全に消滅した。


闇は一瞬、

完全な空白となった。


リセイラは剣を下ろし、

荒く息をついた。


「……はぁ……。」


汗が顎を伝って落ちる。

彼女は一瞬、膝に手をついた。


少年は近づき、

静かに言った。


「見事です。」


その言葉に、

一切の打算はなかった。


「本当に。」


リセイラは顔を上げた。


そして――


意外なほど、

明るく笑った。


「……本当?」


少年は頷いた。


「はい。」


彼女はしばらく黙り、

やがて小さく笑って言った。


「こういう褒め言葉……

思ったより、悪くないね。」


だがすぐに――

彼女の表情は、再び引き締まった。


少年は静かに付け加える。


「もうすぐ、来ます。」


「今度は――

さっきより、敵が強いですよ。」


リセイラは呼吸を整え、

再び剣を握った。


「……まだ本隊も来てないのに、この程度か。」


だが今回は、

すぐに飛び出そうとはしなかった。


彼女の視線は、

闇の向こうを見据えていた。


――もっと強くなるには。


――次の段階へ進むには。


――自分に、何が足りないのか。


その問いが、

彼女の胸の奥深くで、

ゆっくりと――しかし確かに、

芽吹き始めていた。


戦場は、

ひととき息を潜めていた。


だがその静けさは、

次なる激変のための

ただの前触れに過ぎなかった。

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