第57話 ― 英雄の剣と赤く染まる耳
第57話 ― 英雄の剣と赤く染まる耳
高所から、
リセイラは闇の軍勢を見下ろしていた。
数千の紅い眼。
絡み合う気配。
蠢く憎悪と欲望。
だが彼女の口元には、
微塵も揺らがぬ英雄の笑みが浮かんでいた。
「ふぅ……
どうせなら、まとめて来てくれた方がいいんだけどね。」
その言葉が終わるより早く——
闇が先に動いた。
無数の敵が同時に咆哮し、跳びかかってくる。
空気が裂け、影が重なった。
その瞬間。
リセイラは一歩、踏み出した。
そして——
ただ一度の剣閃。
閃光。
光が闇を切り裂き、
水平線のように広がっていく。
次の瞬間、
一帯が崩壊した。
地面は割れ、
空間は揺らぎ、
数十、数百の敵が同時に宙へと吹き飛ばされた。
まるで、嵐に巻き上げられた塵のように。
少年は彼女の背中の上から、
その光景を静かに見下ろしていた。
そして——
リセイラの耳元に口を近づけ、低く囁いた。
「……凄いですね。」
瞬間——
「——きゃあっ?!」
リセイラはびくりと身を震わせ、勢いよく振り返った。
「ちょ、ちょっと待って!
耳、耳がくすぐったいでしょ! 急に何なの!?」
顔が一気に赤く染まった。
バランスが崩れる。
「え——?!」
二人の身体が空中で大きく揺れ——
そのまま落下した。
「うわあああ——!!」
ドンッ!!
土煙と闇が舞い上がる。
しばらくして——
リセイラは素早く体を起こし、
少年は彼女の腕の中から転がり落ちた。
互いの顔が、至近距離で向かい合う。
一瞬の静寂。
少年はきょとんと彼女を見つめ——
やがて、ほんのわずかに目を細めた。
「……あ。
こうすると、動揺されるんですね。」
「ちょっと、あんた——
今、わざとやったでしょ?!」
リセイラはさらに顔を赤くして叫んだ。
少年は答える代わりに、
小さく笑った。
「データ取得です。」
「何のデータよ、このクソガキ!」
だが、その軽口も長くは続かなかった。
闇が、再び蠢いた。
倒れていた敵たちが、
まるで最初からそうだったかのように立ち上がる。
そして——
数が増えた。
より密集し、
より鋭く、
明らかに強くなっていた。
リセイラは剣を握り直した。
「……数で押すつもりか。」
彼女は低く笑う。
「いいね。
ちょうど私の好きなやり方だ。」
序盤は、依然として圧倒的だった。
剣が振るわれるたび、
多くの敵が斬り伏せられ、
空間は次々と崩れていく。
だが——
時間が経つにつれ、
彼女の呼吸が、ほんのわずかに荒くなっていった。
「……感じる。」
剣を振るいながら、リセイラは歯を噛みしめた。
「敵が……
確実に、数も力も増してきてる。」
少年は彼女の背後で、
その変化を正確に読み取っていた。
リセイラは歯を見せて笑う。
「はは……
だからこそ、面白いんだよ。」
彼女は一歩、前へ出た。
「さあ、どこまで付いて来られるか——
見せてもらおうじゃない!」
闇の軍勢が、
再び咆哮しながら押し寄せる。
英雄と災厄の衝突。
大激突が、ここに起こった。
そしてその只中で——
少年は静かに、
次の一手を計算していた。




