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第56話 ― 闇に縛られた兵力

第56話 ― 闇に縛られた兵力



空間が折り畳まれるように歪み、

少年とリセイラは正体不明の闇の中へと跳び込んだ。


それと同時に——

地上では都市全体が巨大な影に覆われた。

光は呑み込まれ、空と街路の境界は意味を失った。


闇は単なる現象ではなく、

まるで生きた意思のように都市を覆っていた。


二人はほどなくして、

地面なのか床なのかすら判別できない暗い領域に着地した。


リセイラはほとんど反射的に少年を背負い、

周囲の暗黒へと身を潜めた。


「……まずは、見つかる前に状況を確認しよう。」


その言葉が終わるより早く——

闇の中で無数の気配が蠢き始めた。


形は一定ではない。

正体不明の敵たち——。


最初に浮かび上がったのは、眼だけだった。

赤いもの、蒼白なもの、ひび割れたもの。


数え切れぬほどの、得体の知れない敵だった。


リセイラは低く息を吸い込んだ。


「この数……

都市一つ飲み込んでも、まだ余るね。」


少年は彼女の背に身を預けたまま、

すでに視線を遥か遠くまで伸ばしていた。


そして静かに口を開く。


「リセイラ様。

これからお伝えすることが重要です。」


その声は驚くほど落ち着いていた。

恐怖も、焦りも、そこにはなかった。


少年は指先で、

闇の中に見えない線を描くように示した。


「あそこに見える地点から——

あの反対側の地点まで。」


リセイラの視線が、それをなぞる。


「その線の内側には、

決して敵を侵入させないでください。」


少年の口調は断定的だった。


「その範囲は、現在稼働中の術式の中核領域です。

侵入されれば計画に支障が出ます。

面倒な事態が、いくつも発生するでしょう。」


リセイラは目を細め、笑った。


「ずいぶん面倒な条件だね、少年。」


少年は頷いた。


「だからこそ、今この空間に

敵の“予定されていた兵力投入”を、ほぼ全て縛り付けています。」


「……ほぼ全て?」


「はい。

本来であれば、この兵力は

都市全域へ同時に雪崩れ込んでいたはずです。」


少年の視線が、闇を横切った。


「ちなみに——

今見えている敵は、ほんの一部に過ぎません。」


リセイラの笑みが、わずかに硬直した。


「これだけでも十分な数なのに……一部?」


「これから先は、

今とは比べものにならないほど

さらに増え、さらに強くなります。」


しばしの沈黙。


やがてリセイラは、軽く息を吐いて笑った。


「はぁ……

本当に、面白い状況だね。」


だが、その眼差しは鋭かった。


少年は続ける。


「ですが、ご心配には及びません。

無限に耐える必要はありません。」


「条件があるんでしょ?」


「はい。」


少年は再び、その線を指し示した。


「私が『大丈夫です』と言うまで、

完全に持ちこたえてください。」


「それで?」


「その瞬間、

その線を越えてください。」


リセイラは即座に理解した。


「敵が全て、この空間の中に

完全に入り切った後……ってことだね。」


少年は微笑んだ。


「その通りです。」


リセイラは、これ以上は問わなかった。


彼女は少年を背にしっかりと固定し、

空気を蹴って高く跳躍した。


その瞬間——

闇の中の敵たちが、異変を察知し始めた。


「……何かがおかしい。」

「配置がずれている。」

「これは……聞いていた計画と違う。」


混乱が広がる。


だが、その混乱の上で——


リセイラは、

まるで戦場の主であるかのように高所に立っていた。


剣を肩に担ぎ、

英雄らしい笑みで下界を見下ろす。


「さあ……

それじゃ、少し遊ぼうか!」


闇の中で、

無数の視線が彼女に集中した。


そして、その背中で——

少年は静かに呼吸を整え、考えていた。


——まだだ。

——もう少しだけ。

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